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第七章
一炊の夢04
しおりを挟む青年は、歩き出した魔王の背を追いながら声をかけた。
「魔王さま……さすがに金貨三枚は、渡し過ぎだと思うんだけど」
こちらの硬貨の価値基準は、実は出掛ける前にマールから聞いている。
それを考えると、さっきゼーゼが言っていた通り、あんな若造がそんな大金を持っていれば盗んだと思われかねないし、それを聞きつけた輩に襲われる可能性もある。
身の丈に合わぬ物を持てば、ろくなことがない。
だからこそ、魔王のあの行動には少し引っかかるものがあった。
「ん? いや、あれでいい。あそこにあった魔晶石は、相場より高すぎる」
「え?」
「あとでカミルラに伝える。彼女たちから指導が入るだろう」
青年はチラリと背後を振り返った。
あの店は、すでに通りの向こうに遠ざかっている。
(ゼーゼのやつ……なにやってんだ、あのアホ)
正直、今すぐにでも戻って問い詰めたい。
「それに、あの値段で堂々と表に並べていただろう。あれではいつ盗まれてもおかしくない。つまり、実際はその程度の価値しかない」
「へ、へぇ……」
「あの値段で商売したいのなら、もっとまっとうな品を揃えるべきだ。そのためには設備も必要になる。つまり金がかかる」
「……うん?」
「カミルラの指導を受けたあと、どう動くかはあの店しだいだが――店側にそのつもりがあるなら、今度はハクイが手を入れる。それに必要な費用と〝その印〟だ。あの金貨は」
「でも、あの人、雇われてるだけかもよ?」
店主が別におり、ただ雇われてる身であるなら金貨を猫ババしたっておかしくはない。正直ゼーゼがそうしないとは言い切れなかった。
「その心配はない。あの店は元々高齢の男性が一人で切り盛りしていたんだが、住み込みで働いていたあの若者へ〝自分は老い先短いから〟と譲ったんだ」
「お爺さんは?」
「心臓が悪くてな。急な病で亡くなった」
それを聞いて、青年は内心で驚く。
魔族も病を患って亡くなることがあるのかと。
「……もし明日までに金貨を遣ってしまったら?」
「そうはならん。あれは本物だが、金貨を出されても、本物かどうか判断できる者の方が少ないからな。銀貨と銅貨は主流だが、金貨はほとんど馴染みがない。釣りを出すにも硬貨が足りず、断るだろう。釣りが不要なら話は別だがな。だが、あれは商売人だろう。金には細かいはずだ」
「大きな取引のときは、どうしてるんです?」
「ほとんど手形を使う」
「あぁ、それで金貨に馴染みがないのか」
「そういうことだ。だから〝印〟代わりになる」
つまり、ゼーゼの店は政府に目をつけられたと。
「……魔王さま。まさか明日からあのお店、商売できなくなるんじゃ」
そうなると、さっきの首飾り十個の件がなかったことになってもおかしくない。
だが魔王は否定した。
「指導は入るだろうが、それはない。確かに相場よりは高いが、そもそもあれに規定価格を定めてはいないからな。店側の事情で閉めざるを得ないなら話は別だが……とはいえ、あの店は魔晶石以外にも商品を扱っているだろう。規定価格のある商品でその基準を超えているなら、営業停止ということもあり得る」
「なるほど……」
ゼーゼはバカではない。きっとその辺は心得ているはずだ。
おそらく営業停止になることはないだろう。青年はそう考え、少しほっとした。
そして、魔王のやり方も見えてきた。彼はおそらく、いろんなことを直接出向いて確認・把握するタイプなのだろう。
それに、今まで曖昧だったハクイとカミルラの立ち位置がハッキリと見えてきた。
おそらくハクイが文官なら、カミルラは武官に当てはまるだろう。政治・行政の仕事はハクイ、カミルラは軍の指揮や治安維持を総括しているのだ。
さらに、魔族は血筋を重んじる習慣はないようだから(そもそも血筋の判断がつかない)、人間側のように役人が王族や貴族でしめることはない。
いわば個人の実力主義なのではないか。
(んー、そんなやり方もあるのか。さすがに俺のところではちょっと難しいなぁ)
少なくとも、王族や貴族から反感を買うのは必須だ。
よっぽどのことがない限りは……。
「ところで」
魔王が振り向きざまに手元をかざすと――その掌には、透き通るような紫の石が一瞬きらりと光る。
「え?」
「欲しいと言っていただろう。私ので悪いがな」
青年はそれを受け取って、もう一度「え?」と言った。
それに対し魔王は「ん?」と首をかしげる。
「どうした?」
「私のって……まさか、今作ったの?」
「ん? そうだな?」
「なんで疑問系」
「そうだな」
「そんな簡単に作れるんですか」
「少なくとも私の魔力を込めている。あの店の品より、よっぽど効果があるはずだ。持っておいて損はないと思うが」
「でしょうね」
そりゃそうだ。
イェンの魔晶石だけでも、ゼーゼはあの反応だったのだ。
今これをゼーゼに見せれば、どんな反応をするか――見たいような、見たくないような。
「そのままだと落としてもいかん」
魔王は石を受け取り、近くの工房へと入って行く。
なんとなく察して、青年もついて行くと、やはり魔王は店主へ加工を頼んでいた。
(薄々分かってはいたけれど……)
話が終わったのか、魔王が戻ってきた。
「少し時間がかかるらしい。芝居が始まるまでもう少し余裕もある。他に見たいところがあるなら行ってみるか?」
特に気を遣ってる様子でもなく、ごく自然にそう言って、にこやかに微笑む。
青年はじっと魔王を見詰めた。魔王は特に気にするでもなく、彼の返答を待っている。
そのとき、ふと何かに気付いたようだった。
「……問題はないだろうが、やはり目立つな」
魔王がすっと手を伸ばして、帽子のつばをさっと持ち上げる。
青年の髪を軽く撫でるようにして、すっぽり帽子の中に押し込んでしまった。
「これで良し」
魔王は満足そうに、頭をぽんぽんと叩いた。
「やはり、どうしてもその髪色は視線を集めてしまうようだからな。少し心配になってきた。悪いが暫くそれで我慢してくれ」
だが青年は何も言わず、ただ魔王を見詰め、彼はようやく「どうした?」と問いかける。
すると、ようやく青年の口が開いた。
「魔王さまって……なんか、優しすぎません?」
(優しい、というか意外と面倒見がいい? いや、人に甘い……?)
魔王は少し目を見開いて驚く。
「そんなことを言われたのは初めてだな」
彼は笑って、
「良い意味か悪い意味か分からんが、有り難く受け取っておくとしよう」
そう言った。
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