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先輩との再会
しおりを挟むその後、俺は友達も彼女も作らず、完全に孤立していた。
だがその甲斐あって、それからラッキースケベが起こることもなく、俺は無事に大学を卒業できた。
それが三ヵ月前。
周りが就職する中、さすがにラッキースケベの原因がわからない状態で就活することはできず、俺はフリーターになった。
先輩と話さなくなってから教授に『人と関りが少ない仕事』として紹介された、深夜のコンビニバイトでそのまま働いている。
仕事中はなるべくカウンターから出ずに気配を消し、客とは事務的な会話以外せず、さっき帰ったサラリーマンの時みたいに目さえ合わさず見送ることを徹底。
普段も外出といえば出勤で家とコンビニの間を行き来するだけに留め、たまにスーパーで買い物もする時も下を向いて目的の物を買ったらすぐに帰るようにした。
――最後にラッキースケベが起きたのは三年以上前なのに、未だに俺は人と接するのが怖かった。
屋上で俺に向けられた先輩の目が、言葉が、表情が、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。
俺を心の底から軽蔑した、憎いとすら思っていそうな、そんな顔。
優しく頼りがいがあって、みんなに好かれていた、……俺も、慕っていた先輩。
「はあ……なんで突然、こんな体質になっちゃったんだろう……」
誰もいない店内でぼやいても、聞いているのは自分だけ。
正直そろそろ精神的に限界だった。
棚に商品を詰めながら目の奥が熱くなる。
ここで泣いても、もう俺を気にかけてくれる人は誰もいないのに。
でももし、俺に優しくしてくれる人が現われたら、その人は社会的に死んでしまう。
そんなのは駄目だ。
『ラッキースケベ』なんて、どこにラッキー要素があるんだよ。
俺にとってはまさに『アンラッキースケベ』でしかない。
溢れそうなほど目尻に溜まった涙を袖で拭おうとした時、来客を告げるチャイムが聞こえて思わず固まった。
時刻は深夜を過ぎ、もちろん電車も終わっている。こんな辺鄙な場所にあるコンビニに、この時間客が来るなんて初めてで油断した。
客が近くに来る前に早くカウンターに避難しないと。
俺は乱暴に涙を拭って素早く立ち上がり、客がどこにいるのか確認しようとした。
その時――
「あの、すみません」
背後から男の声がした。
低くて張りのある自信に満ちたその声はどこかで聞いたことがある気がしたが、今はそれを思い出す余裕なんてない。
マズい……っ、もうこんなに近くにいたなんて。早く離れないと……っ!
俺は客を無視し、カウンターへ向かって走りだそうとしたのだが、何故かその客に腕を掴まれ阻止された。
勢いを止められた身体は、反動で後ろに倒れる。
重力に従って背中から倒れている最中、掴まれたままの腕を軸に俺の身体が器用に回転して、何故か綺麗に正面から男の胸にダイブした。
これがラッキースケベマジック。
あ、終わった。
男の逞しい胸筋に顔を埋めながら、俺の三年間耐えた孤独な日々が水の泡になるのを悟った。
しかし、すぐに男が怒って俺を引き剥がすと思ったのに何もしてこなくて困惑する。
すでに俺の顔は、男の盛り上がった立派な胸筋に挟まれてしまっているため、確実に有罪だ。
下手に動いてこれ以上罪が重くなることを防ぐためにも、男の方が俺を何とかしてくれるのがベストなんだけど……それを待つのがすごく気まずい。
これは男に話しかけた方がいいのか?
それともこのままゆっくり後ろに下がれば、スッと抜けられないだろうか。
……もういっそ殴られた方が気が楽かもしれない。それほどシュールな時間だった。
よし決めた。後ろに下がろう。
実はさっきから男の胸に息が掛からないよう気をつけてゆっくり呼吸をしているせいで、ちょっと酸欠気味になっていた。
このままだとあと五分以内に気絶するかもしれない。
覚悟を決めろ。そっとやれば大丈夫。
もうどちらにしろ手遅れだ。ゆっくり、慎重に重心を後ろに下げるんだ。
追い詰められて集中力が上がったおかげで、無事後ろ脚に重心が乗り、そのままもう片方の脚も後ろに引く。
いいぞ、その調子だと、一瞬気を抜いたのがいけなかった。
「あっ」
足裏で固いものを踏んだ。
たぶん男に倒れ込んだとき、手が棚の商品に当たって床に落としてしまったのだろう。
完全に乗り上げてしまった俺は、男から離れることに成功したものの、今度は頭から床に倒れていく。
さすがに後頭部を打ったら無事ではすまない。
しかし命の危険よりも、ひらけた視界に映った男の顔が信じられなくて目が離せなかった。
俺が男の名前を口にするよりも先に、力強く逞しい腕に引き寄せられて、再び立派な胸筋に顔を埋める。
なんで忘れていたんだろう。
三年前は毎日のように俺を包んでくれていた匂い。俺が躓くたびに飛び込んだ胸、支えてくれた腕。
「おっちょこちょいなのは変わらないな。亮太」
俺が何度迷惑を掛けても「気にするな」と言ってくれた優しい声。もう二度と聞けないと思っていた、大好きだった声。
「まぁっ、まえじまぜんばい……っ!」
「あははっ、すごい声だなー」
前よりもかなり逞しく大人になった前島悟(まえじま さとる)先輩が、仲が良かった頃と同じ調子で話しかけてくれて、俺の涙腺は決壊した。
再開の衝撃が強すぎて身体の力が抜け、カクンと崩れ落ちそうになったところを先輩が支えてくれる。
背中にまわされた腕が俺を強く抱きしめた。
色んな感情が一気に溢れてきてしゃくり上げる俺をあやすように、先輩の大きな手が何度も何度も俺の頭を優しく撫でる。
「大丈夫か亮太。ゆっくり息吐け、ほら」
「まえ、まえじ……ませんぱ……っ、ふぅ……う、ほ、ほんもの……?」
「俺の偽物がいてたまるか」
ーーああ、本当に本物の前島先輩だ。
じわじわとその事実が俺の中に馴染んでいって、胸が締め付けられる。
「ああ……おれ、ずっと、先輩に謝りたくて……っ、優しくしてくれてた、のに……傷つけて、ごめんなさい……っ!」
「……お前は悪くない。俺の方こそ、お前のせいじゃないってわかってたのにあんな態度取っちまってごめん。もうお前のことを置いて行ったりしない。ずっと傍にいる。約束だ」
「ふぅ……ぜんばい……っ、ぜんぱいぃ!」
俺の好きだった優しい先輩が来てくれた。
俺のラッキースケベを許して、受け入れてくれていた先輩が今、俺の前にいるんだ……っ!
溢れ出る涙が止まるまで、俺は先輩にしがみついて泣き続けた。
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