私の赤い糸はもう見えない

沙夜

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視線の先

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私から伸びる、細く頼りない一本の糸。その先には、ひときわ目を引く彼がいる。
(……やっぱり、ただの面食いってことか)
自分のことながら、その単純さに呆れてしまう。高校時代、男子と隔絶された生活を送っていたせいで、理想ばかりが高くなった自覚はあった。彼に惹かれたのだって、きっとそのせいだ。

糸は感情の引力。ならば、この糸も私の「興味」が作り出しただけの、刹那的なもののはず。放っておけば、そのうち消えるだろう。
私はそう結論づけて、意識して彼を視界に入れないようにした。サークル活動やバイトに打ち込み、新しい友人との時間を楽しむ。そうやって過ごしていれば、小さな恋心なんてすぐに消え去ると思っていた。

けれど、彼は意地悪なくらい、私の視界に飛び込んでくる。
広い学食で、友人に囲まれて笑っている姿。図書館の返却カウンターで、偶然隣に並んだ時の、ふわりと香った香水の匂い。
ある時、講義室へ向かう途中で教科書の束を落としてしまった私を、黙って拾うのを手伝ってくれたこともあった。
「大丈夫?」
そう言って笑いかけた彼の顔を、私はまともに見られなかった。「ありがとうございます」とだけ言って、足早にその場を去った私の背後で、彼へと繋がる糸が一瞬、強く輝いた気がした。

秋になる頃には、彼に彼女ができたという噂が流れてきた。法学部の、誰もが振り返るようなとびきりの美人らしい。
噂は本当だった。中庭のベンチで、仲睦まじげに話す二人を見かけた。彼女の小指からは、私が見ても嫉妬するほど、太く鮮やかな赤い糸が彼へと伸びている。それは、私の細い糸とは比べ物にならない、確かな好意の証だった。

(ほら、やっぱり)
これでよかったんだ、と自分に言い聞かせた。叶うはずのない恋だったのだ。
私と彼を繋ぐ細い糸は、それからもすぐには消えなかったけれど、その存在を意識しないように努めた。見なければ、存在しないのと同じだ。そうやって私は、再び自分の能力に蓋をした。



季節は巡り、大学二年生の春。
新しい学期が始まる少し前、友人との会話の中で、偶然彼の近況を耳にした。
「そういえば、綾辻くん、彼女と別れたらしいよ」
「えっ、そうなの?」
「うん、冬休み前にはもうダメだったみたい」
心臓が、小さく音を立てたのがわかった。

そして、新学期。私は掲示板に張り出された実験クラスの名簿を確認していた。必修科目だから、メンバーは選べない。
私の名前の、二つ隣。
そこには、とっくに忘れたはずの彼の名前が、はっきりと記されていた。
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