私の赤い糸はもう見えない

沙夜

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不誠実な努力

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後輩―――村田くんとの交際は、とても穏やかに始まった。
私は、「糸に頼らず、自分の心で人を好きになる」という、自分に課したリハビリに真剣に取り組んでいた。

彼が「行きたいです!」と言う賑やかなアミューズメント施設にも、本当は苦手だったけれど、笑顔でついて行った。彼が面白いと言うお笑い番組を一緒に見て、彼のジョークに声を出して笑おうと努力した。彼のことをもっと知ろうと、たくさん質問もした。
彼は、私のそんな努力に気づく様子もなく、「先輩、今日めっちゃ笑いますね!」と無邪気に喜んでいた。

彼は、太陽みたいに明るくて、裏表のない、いい人だった。
でも、私たちはあまりにも違いすぎた。
彼が夢中になって話す、サークルの友人たちとふざけた話。私が好きだった、静かなカフェや古い映画の話をしても、彼は決まって退屈そうな顔をした。
ふとした瞬間に、前の彼を思い出している自分がいた。彼なら、この話をどんな顔で聞いてくれただろう。彼なら、この景色を見て、何と言っただろう。
思い出しては、罪悪感に苛まれる。今の彼氏に、あまりにも失礼だ。私は必死に、その感傷を頭から追い出した。

関係が深まるのに、時間はかからなかった。
彼の家に誘われた日、私は断らなかった。これを乗り越えなければ、前に進めないと思ったからだ。もしかしたら、触れ合うことで、何かが変わるかもしれない。そんな、淡い期待を抱いて。

けれど、現実は残酷だった。
キスをされ、その先に進もうとした時も、私は彼の気持ちに応えようとした。ただ、されるがままになっていた。その時だった。
不意に、彼が動きを止めた。
「……どうしたの?」
私が尋ると、彼は気まずそうに顔を逸らした。
「……ごめん、先輩」
「……え?」
「なんか……俺だけが舞い上がってるみたいで、虚しいっていうか……。ごめん、やっぱ無理だ」
その言葉は、どんな罵倒よりも深く、私の胸に突き刺さった。

その日は、それ以上何もなかった。気まずい沈黙の中、私は彼の家から逃げるように飛び出した。

翌日、彼から連絡があった。
「ごめん、先輩。昨日のこと、謝りたくて。でも、やっぱり俺、無理みたいだ。先輩のことは好きだけど、虚しくなるのはもう嫌なんだ。だから、別れてください」
驚きはなかった。ただ、申し訳なさでいっぱいだった。彼のまっすぐな好意に、私は最後まで応えることができなかった。
「…うん。私の方こそ、本当にごめん。今までありがとう」
それが、私の返せる、精一杯の誠意だった。

一人きりの部屋で、ベッドに倒れ込む。
“糸”に頼らず、人を好きになろうとした結果が、これだった。
私の不誠実さは、彼にも伝わってしまっていた。
結局、私は彼を利用し、そして深く傷つけただけだ。
別れた今も、彼に対して抱く感情は恋心ではなく、ただ「申し訳ない」という罪悪感だけだった。

誰かをちゃんと好きになる資格なんて、初めから私にはなかったんだ。
涙も出ず、私はただ、天井をぼんやりと見つめていた。
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