私の赤い糸はもう見えない

沙夜

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これから、二人で

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翌朝、彼の部屋で目を覚ました時、私はひどく気まずい思いでいっぱいだった。
昨夜、私が泣き疲れて眠ってしまった後、彼は私をベッドに運んで、自分はソファで寝たらしい。借りたスウェットの袖から、彼の匂いがする。
「おはよう」
キッチンから顔を覗かせた彼は、少しだけ眠そうに笑った。その気遣いが、申し訳なくて、嬉しい。その二つの感情が、私の胸の中でぎこちなく混ざり合った。

私たちの「お試し期間」は、そんな風に、少しぎこちなく始まった。
恋人同士だった頃のように、毎日メッセージを送り合うわけじゃない。授業で顔を合わせても、少しだけ会釈するだけ。周りから見れば、私たちはただの友人に戻ったように見えただろう。

最初のお試しデートは、近所の公園をただ散歩するだけだった。
何を話せばいいのか分からず、俯きがちになる私に、彼は焦るでもなく、ただゆっくりとした歩調を合わせてくれた。ふと、彼が私の手を、ためらうように、そっと握った。
びくりと肩が跳ねる。でも、彼の指先は、それ以上力を込めずに、ただ触れているだけだった。おそるおそる、私もその手を握り返す。温かかった。
もう、糸は見えない。けれど、この手のひらから伝わる温もりは、本物だ。そう、思った。

私たちは、一歩ずつ、本当にゆっくりと距離を縮めていった。
今まで私が知らなかった、彼のことを、たくさん聞いた。好きな音楽のこと、子供の頃の夢のこと、少しだけ苦手な食べ物のこと。私が糸を見ていた頃には、深く知ろうとしなかった、彼という人間そのものの輪郭が、少しずつ、でも確かに、私の心に刻まれていく。

お試し期間が始まって、一ヶ月が経った頃。
私たちは、あの夜以来、初めて彼の部屋にいた。前のような気まずさはもうない。穏やかな空気が、私たちを包んでいた。
不意に、彼が私の手を取り、その指をそっと絡めた。ドキリとする私に、彼は優しく微笑んだ。
「焦らなくていいからね」
「……え?」
「紬が、心から僕といたいって思ってくれるまで、いくらでも待つよ。僕は、紬に『しないといけない』じゃなくて、『したい』って思ってもらいたいから」

その言葉を聞いて、私は、ようやく心の底から、彼を信じることができた。
彼が私にくれるのは、絶対的な「確証」なんかじゃない。ただひたすらに、誠実で、揺るがない、信頼だった。

私は、彼の胸にそっと顔をうずめた。懐かしい、大好きな匂いがする。
「……私も、好きだよ」
それは、今、この瞬間に生まれた、私の本当の心だった。

もう、私に糸は見えない。
けれど、彼と繋がる、この温かくて確かな絆を。

今度はもう、見失ったりしない。
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