私の赤い糸はもう見えない

沙夜

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【彼視点】簡単なゲーム

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僕の世界は、単純なルールでできていた。

物心ついた時から、僕の容姿は周りの人間の欲望を映し出す鏡だった。向けられる好意の目には、いつも僕という人間ではなく、「格好いい彼氏」というアクセサリーを手に入れたいという、浅ましい光が宿っていた。
だから、僕は早くに学んだ。人間関係なんて、所詮は利害と体面で成り立つ、簡単なゲームなのだと。本気で人を信じるなんて、馬鹿げたことだと割り切っていた。

だから、君が僕に告白してくれた時も、最初は「またか」と思った。
君の瞳の奥にも、他の人間と同じ、僕の外面への欲望の色が見えたから。
でも、何かが違った。ぎこちなくて、不器用で、計算というものを知らない、まっすぐな瞳。その奥に、僕が今まで見たことのない「何か」が揺らめいていた。
僕は、ただの興味本位で、君との関係を始めることにした。

付き合い始めて間もない、ある雨の日が、僕にとっての決定的な瞬間となった。
その日はいつも通り「完璧な彼氏」という役割を演じるため、完璧なデートを計画していた。でも、その計画は、突然の豪雨で全て台無しになった。
これは失敗だ。「完璧なデート」という価値を提供できなかった。だから、君は失望し、僕への興味を失うはずだ。人間関係とは、そういうものだ。

そんな僕を見て、君は、突然笑い出したんだ。
「すっごく楽しいね!」
「え…?」
「だって、こんなデート、絶対忘れられないよ!」
その笑顔は、僕が今まで見てきたどんな作り笑顔よりも、圧倒的に輝いて、本物だった。

結局、そのあとは僕の部屋で雨宿りをすることになった。失敗した計画の「埋め合わせ」をどうしようかと考えている僕に、君は温かいお茶を差し出しながら、こう言ったんだ。
「ずっと言おうと思っていたんだけど、計画通りじゃなくても、私は、君と一緒にいられるだけで楽しいよ」
衝撃だった。僕の信じていた、利害と計算で成り立つ人間関係のルールが、根底から覆された。

あの時だ。僕の君への単なる「興味」が、どうしようもなく深く、重い「執着」に変わったのは。
この世界で、たった一つの本物。絶対に、手放してはいけない。

その日から、僕の世界は君を中心に回り始めた。
そして、必死に君を見つめるようになったからこそ、気づいたんだ。時折、君の瞳の奥に、奇妙な不安の色がよぎることに。
それは、僕が他の女の子と話している時や、僕が少しだけ君から離れた時、一緒にいる時でさえも、ふと現れる影だった。僕には、その不安がどこから来るのか、全くわからなかった。

僕は、その正体不明の不安を消し去りたくて、必死だった。君が少しでも気にしていた作家の本は、すぐに手に入れて渡した。君のスケジュールを把握し、疲れていそうな日には、周りから邪魔が入らないように立ち回った。
僕の愛情は、これだけの行動や態度で示せば、必ず伝わるはずだ。君の不安を消せるはずだ。そう信じていた。
なのに、僕がそうすればするほど、君の瞳の不安の色は、消えるどころか、むしろ濃くなっていくようにさえ見えた。そのもどかしさが、僕を少しずつ苛んでいた。
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