私の赤い糸はもう見えない

沙夜

文字の大きさ
15 / 15

【彼視点】ゲームの終わり

しおりを挟む
やがて、君の嗚咽が静かな寝息に変わった。
僕は眠ってしまった君をそっとベッドに運び、自分はソファに横になった。
これでいい。全ては僕の描いた筋書き通りに進んでいる。

翌朝、君はひどく気まずそうに、そして少しだけ怯えたような瞳で、僕を見ていた。
僕は君が罪悪感を抱かないように、できる限り優しく振る舞った。そして、君がずっと言えなかったであろう、心の奥の秘密を、話してくれるのを待った。

君が語ってくれた「糸」の話。
それを聞いた時、僕は、心の底から歓喜した。

ああ、そうか。それだったのか。
君の瞳の奥で、ずっと揺らめいていた不安の正体。僕がどれだけ完璧な愛情を注いでも、決して消すことができなかった影の理由。
君も、僕と同じだったんだ。
普通の人とは少し違う世界を見て、そのせいで、誰にも理解されない孤独を抱えていた。
僕たちがすれ違ったのは、お互いが自分の孤独に必死で、相手の孤独に気づけなかっただけなんだと。
僕たちは、出会うべくして出会った、唯一無二の存在なのだと、確信した。

だから君が「やり直せない」と首を振った時も、僕は落ち着いていた。
「じゃあさ、お試し期間はどう?」
僕は、君が決して断れない提案をした。
これは、君の罪悪感を和らげるための、優しい嘘だ。君を、もう二度と僕の腕の中から逃さないための、心地よい鎖。

お試し期間が始まってから、僕は完璧な恋人を演じた。
君が不安にならないように、決して焦らず、急かさず。君が心地よいと感じる距離を保ち、君が求めるだけの優しさを与えた。
君が、僕のいない世界ではもう息ができないと、無意識のうちに理解するように。
ゆっくりと、時間をかけて、君の世界を、僕だけで満たしていく。

そして今、僕の隣で、君が純白のドレスで笑っている。

もう、君が何かに怯える必要はない。
君を傷つける面倒な人間関係も、君を惑わせるくだらない選択肢も、全て僕が取り除いた。
君はただ、僕が作ったこの完璧な世界で、純粋に、無垢に、笑っていてくれればいい。

僕の人生で初めて見つけた、唯一の本物を。
静かすぎた僕の世界を、初めて心地よい色で満たしてくれた君を。
その笑顔を曇らせるものは、どんな小さなものでも――たとえ君自身の迷いだったとしても――僕が全て摘み取ってみせる。

それが、君が僕に教えてくれた「愛」という感情の、本当の形なのだから。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

貴方の幸せの為ならば

缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。 いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。 後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

蛇の噛み痕

ラティ
恋愛
ホストへ行かないかと、誘われた佳代は、しぶしぶながらもついていくことに。そこであった黒金ショウは、美形な男性だった。 会ううちに、どんどん仲良くなっていく。けれど、なんだか、黒金ショウの様子がおかしい……? ホスト×女子大学生の、お話。 他サイトにも掲載中。

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...