エキセントリックな恋

朝飛

文字の大きさ
3 / 10

2

しおりを挟む
 鹿島柊介という男を連れていると、否が応でも目立つということを失念していた。
 いるだけでただでさえ人目を引く容姿だというのに、鹿島は無駄に愛想がいいので女性社員のみならず男性社員にも人気だ。

 ついでに言うと、それに反比例して浅原へ向けられる視線も常以上に殺気立っている。視線で射殺すというのはこういうことかと、首を竦める。

「浅原さん」
 呼ばれて顔を上げると、女性社員に囲まれていた鹿島が彼女たちに手を振り、笑顔で近付いてきた。
 その際、浅原を見た彼女たちの数々の視線が憎々しげに、「なんで私たちじゃなくてあんなおっさんと」と言っていた。

「ごめんなさい、もう用は済んだので」
「あ、ああ」
 このやり取りも悠に5回は繰り返した。逃げる隙はありすぎるほどあった。
 それなのに、鹿島を置いて帰ることができないのは、単に唯一の友人と呼べる存在が彼ぐらいしかいないせいだろう。

 ようやく会社の外まで来たところで、ぱらぱらと降り出した雨が頬を打った。夕焼けが雲間から覗いている。通り雨だろう。

「浅原さん、傘持ってる?」
「いいや」
 鹿島の方に視線で問いかけるが、持っていないらしい。
「あーあ。せっかくの相合傘が」
 心底残念がっている。鹿島のこれは冗談なのか何なのか分からないが、答えを求めたらいけないということは分かる。

「浅原さんの住んでいるところって、歩いて何分ぐらい?」
「本気で来るつもりなんだ」
「当然でしょう。これを口実に……おっと」
「え?」
「ちょっと雨が本降りになってきた。浅原さん、走ろう」

 雨が本降りになったのは事実だが、言いかけて逸らしたのはわざとに違いない。
 要するに、鹿島は他人の行為を盗み聞きするよりも浅原の部屋に来たい別の理由があるのだ。それは知りたいような、知るのが怖いような。

「浅原さん、早く。ほら」
「わっ」
 強引にぐいと腕を引っ張られたかと思うと、そのまま走ろうとした鹿島。しかし、すぐに立ち止まって振り返った。

「そっか、俺が先に行ったら意味ないんだ。浅原さん、先に立って俺を引っ張って」
 引っ張る必要はないだろうと思ったが、反論する前に雨脚が強くなり、するりと下りてきた鹿島の手が浅原の手を握ってきた。
 その高い体温を不思議に思いながらも、振り払う気は湧いてこなかったので言われた通りに走り始める。

 幸い、5分とかからずに雨は上がり、見上げると薄っすらと虹が架かっていた。手は自然と離れたが、温もりだけが残る。

 そのままほとんど言葉を交わすことなくアパートまでの道筋を歩いたのだが、もうすぐで着くということを伝えた時、鹿島はふいに訊いてきた。

「隣の人って、顔は見たことあるの?」
「え?うん、まあ越してきた時に、挨拶をしたくらいだけど」
「本当に男だった?」
「うん」

 改めて問いかけられて思い出すのは、ピアスをいくつもつけた派手な髪色と顔立ちの男だった。
 鹿島も整った顔立ちなのは同じなのだが、それとはまるで違う。例えるならば、そう。ビジュアル系バンドでもやっていそうなタイプで、それこそ自分とは無縁そうな。

 それを説明すると、鹿島はふうんと言った後に、やや不機嫌そうな顔で言った。

「その男が、浅原さんの好きな相手?」
「ん?」
 一瞬、何を言われたか分からなかった。枯れた自分に恋だの好きだのといったピンクな話は、隣人と同じくらい無縁だ。

「だから、声が」
「あ、あれは別に好きなわけでは」
 慌てて否定するも、動揺が出てしまった。それを見て、鹿島はますますムッツリとする。

「で、その人は違うの?」
「ち、違う。と、思う。鹿島君、近い近い」
 ずいっと怖い顔を近づけられて、反り返るようにして離れた。
「ふうん。じゃあそいつの恋人か……」
「鹿島君、着いたよ」

 さらなる追求を逃れるために到着を知らせる。鹿島は不機嫌そうな顔はそのままだが、一旦は矛を収めてくれる気になったらしい。

 浅原の後をついて来ながら、興味深そうにアパートを見回していた。そして、部屋に入る前は隣人の表札をチェックしていたようだ。
 呼び鈴でも押してしまわないか冷や冷やしたが、一通り眺めて満足したのか、浅原の自宅に入ってきた。

「お邪魔します」
「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」
 人を招くことがないうえに、突然押しかけられてしまったせいか、掃除も整理も行き届いていない雑多な部屋が少し気恥ずかしい。

 目についた物から軽く片付けながら、取り敢えず壁に立て掛けていた丸テーブルを用意し、座布団を引っ張り出して座ってもらった。

「浅原さん、俺今日泊まるから」
 コーヒーを用意しようと腰を浮かしかけた時、鹿島は当たり前のように言った。泊まらせてでもなく、泊まるからというのは、もはやそれは鹿島にとって決定事項なのだ。

「え?何で……」
「だって、隣の人のアレは大抵夜中なんでしょ」
「ああ、それはそうだけど」
 てっきりそれは口実で他に理由があると思っていたが、違ったのだろうか。
「浅原さんが良ければ、ベッドに一緒に……」

 鹿島が何か言いかけた時、隣の部屋から物音がした。ドアを開閉するだけの音だったが、途端に鹿島は口を噤む。そして一瞬、二人して黙って耳を澄ませる。

「へえ、やっぱ壁が薄いのかな。あまり大声は出せないね」
 小声でそんなことを呟いたかと思うと、鹿島は立ち上がって浅原を手招きした。近付くと、浅原の肩をぐいと引き寄せて体を密着させ、そのまま壁に耳をつけてしまう。

「鹿島く……」
「しぃっ」
 鹿島の指が浅原の唇を塞いで黙らせる。しかし、浅原が黙り込んでも、鹿島は指を離さない。心なしかなぞられているような気がして、剥がそうとした時だった。

「やっ、待って。いきなりッ……ン」
 隣人の行為が始まったようだ。二人の人間がもつれ合うような音がする。今日は深夜までたっぷり余裕があるのだが、何もセックスの時間を毎回決めているわけではあるまい。
 
 耳元でゴクリと生唾を飲み下す音がして、その時ようやく鹿島との密着度合いが増していることに気が付く。隣を振り仰いだら唇が触れてしまいそうだ。

「そんなとこ、舐めないで。汚いっ……から」
 隣人の行為をリアルに想像してしまい、体が火照ってきた。
「すご……」
「……っン」

 まずい。鹿島が耳元で囁くだけで、その吐息も刺激になって体が震えた。鹿島はまだ隣に夢中になっていて気付いていないようだが、時間の問題だ。
 なんとか悟られないように宥め、せめて腕から逃れようと身をよじるが、それに気付いたのか、鹿島はますます強く引き寄せてきて。

「ひゃッ……」
 耳をぬるりと湿ったもので舐められ、高い声が漏れる。鹿島の舌だと気付き、押し返そうとするが、腕力では叶わない。
「や、やめっ……ンぁ」

 鹿島の指が服の中に潜り込んできて、乳首を探り当ててつままれた。それだけで漏らしそうになってしまい、内股を擦り合わせて堪える。

 その時、隣からもベッドが軋む音と高い声が聞こえてきて、クライマックスに突入していることを知る。
 もし隣人が2ラウンドに入らずにそのまま終わってしまえば、逆にこちらの音を聞かれてしまうのではないか。それに思い当たると、羞恥と共に確かな興奮を覚えてしまい。

「か、しまくん」
「何?」
 胸元を舌で舐めていた鹿島が、自分と同じように熱で潤んだ目を上げる。
「ベッド行こう」
 自分でも信じられない提案を口にすると、鹿島は情欲に溺れた目で微笑んだ。
 
「ひ、あっ」
 ベッドに押し倒された後、鹿島の熱い手のひらで両方の乳首をきゅっとつまみ上げられる。
 その時には既に、どんな手品を使ったのかというくらいあっという間にスーツとカッターシャツ、それからスラックスを脱がされていた。辛うじて身に着けているのは、頼りないボクサーパンツ1枚だ。

 対する鹿島もとうに下着1枚になっているが、その引き締まった体と自分の貧相な体を比べてしまい、惨めさと恥ずかしさの板挟みになる。

「浅原さん、顔を隠さないで」
「やっ、むり……んぁっ」
 鹿島が優しく撫でるようにボクサーパンツの上から膨らみをなぞった。それだけで痛いほど張り詰めた屹立から先走りが溢れてしまうのを感じた。

 鹿島にいっそう優しく、壊れ物でも扱うようにそっと屹立を包まれると、隣人に聞かれているかもしれないという背徳感とは別に、怖くなるほど鹿島の情を感じたせいか、どんどん張り詰めていく。
 それを知られたのか、鹿島の優しい手つきはそのままだが、動きが大胆になった。

「やっ、待って。出る、からぁっ」
 下着の上から擦りあげていた手が、十分に水音を立て始めてぱんぱんに張り詰めた頃、ふいに潜り込んできて直にぐりっと亀甲を押した。
「ンンッ……!」

 咄嗟に唇を強く噛んで声を抑え込んだが、それでも悲鳴のような矯声を完全には消せなかった。
「浅原さん、可愛い」
 鹿島が嬉しそうに言って、より一層浅原の体を愛撫しかけたかに思われたが。
「……ん?」

 いつまでも降ってこない刺激を待ちかねて顔を上げると、鹿島は深く溜息をついていた。
「鹿島君?」
「ああ、もう。浅原さん、お腹空いてない?空いてるよね。俺は空いた。何か買ってくるから、その前にシャワーと着替え借りるね」
 それだけ言うと、鹿島は髪を乱暴に掻きむしりながら苛立たしげに浴室に消えた。

「え?鹿島君、待っ……」

 我に返って呼び止めようとしたが、その時には既に水を使う音がし始めていた。
 何が何だか分からないが、急にその気がなくなってしまったのだろう。
 やはり、自分のような中年相手では勃つものも勃たないのかもしれない。
 落胆するような、ほっとしたような、どっちつかずのもやもやとする気持ちを抱えて溜息をついた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...