エキセントリックな恋

朝飛

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 レンタルショップで、いかがわしい棚からスタイルが好みの女性が出演するDVDを選ぶ。
 緊張しながらレジに持っていくと、ありがたいことに学生風の店員はろくに反応しなかった。やたらと彫りが深い顔立ちだったので、留学生か何かだろうかと思ったが、日本語は流暢だった。

 店を出た途端に緊張が解れ、沈みかけた夕陽を背に自宅へ向かって歩く。時刻はまだ午後六時を指している。いつもならこんな時間に帰宅することは叶わないのだが、事情が変わった。

 鹿島から上司に進言することを勧められたのを思い出して、思い切って改善を求めたところ、案外あっさりと上司は了解してくれたのだ。
 そして、これからは一人でこなしきれないと感じたらすぐに言うように言われた。

 その後すぐに鹿島に報告しようとしたのだが、なにかと女性の邪魔が入って近付くことさえ叶わなかった。
 特に植村の妨害ぶりは甚だしく、鹿島の元へ行こうとすると睨みをきかせられ、視界さえ遮られた。他の女性陣さえ使っているように見えた。

 いっそ滑稽なぐらいの徹底ぶりだったが、果たしてそれまでもそうだったかと言うと、そうではなかった気がする。
 しかし忘れかけていたが、鹿島は男女共に人気があるのだ。これまでそうならなかった方が不思議なくらいなので、むしろこれが自然なのだろう。

 そうは言っても、自覚したばかりの感情をどうすることもできずに、鬱憤を晴らすべく思い付いたのがAV鑑賞だった。
 女性のあられもない姿を見ることで、最近の自分の同性との間の出来事をひとときでも忘れようと思ったのだ。

「よし」
 一人で力強く頷き、アパートまで辿り着いたのだが。
「あ、浅原さん。お帰りなさい」
「か、鹿島君?」

 よりによってこのタイミングでなくてもいいだろうと嘆いても仕方がない。浅原の部屋の前で待ち構えていた鹿島が、眩しい笑顔を見せた。

「待ち伏せなんてして、気持ち悪いよね。ごめんなさい」
「い、いや。そんなことはない、よ」
 態度が不自然に見えなかっただろうか。極力目線は合わせたまま、手に持った袋を背中に隠しながら近付く。

「会社では沙奈の奴が邪魔してくるから。それに、浅原さんと二人で話がしたくて」
「そ、そう。入って」
 沙奈というのは、植村の下の名前を指すのだろう。それほど親しいのかと思うと、今度は別の意味で動揺したが、辛うじて袋を取り落とさずに済んだ。

 浅原の後に続いて入って来た鹿島は、以前の図々しいまでの態度はどこにいったのか、借りてきた猫のように大人しい。
 どこか緊張した面持ちの鹿島に引きずられて、浅原もがちがちに緊張し始めた。気持ちを自覚し始めた直後の二人きり、という状況のせいでもある。

「あの、浅原さん。俺……」
「なっ、何?」
 慌てて袋を鹿島の視界から見えないように隠していると、鹿島は真剣な顔で詰め寄ってきた。

「引かないで聞いてほしいんだけど、実は俺、特殊な性癖というか、趣味というか、があって」
「趣味?」
「うん。と言うより、タイプと言えばいいのかな。おじさんが好きなんだ」
「………は?」

 彼は今、何と言ったのだろうか。浅原の願望が募って、遂に幻聴まで聞こえてきたのだろうか。

「最初は小学生の頃かな。俺、小さい頃はよく女の子に間違われていたんだけど、そのせいで変質者に襲われそうになって。そこを助けてくれたのが、近所のおじさんだったんだ。自分の親よりも年上の、頭は禿げてるしタバコや酒の匂いや加齢臭もすごいし、だらしのないおじさんだったけど、俺にとってはヒーローだった」
 それが後の鹿島のオヤジ好きに繋がる出来事になったらしい。

「だけど浅原さんは若過ぎるから、対象外だったんだ。けど」
「け、けど?」
 鹿島の芸能人ばりの上品な美貌がぐっと近付き、唇に吐息がかかる。耳の奥で高鳴る鼓動が期待に打ち震え。

「俺、浅原さんもいけるみたいなんだ。浅原さんは、俺とかどう?やっぱり男は無理?」
「む、無理じゃな……」
 その時、浅原の声に被さるようにチャイムが鳴った。
「はい」

 宅配便か何かだろうと思って、鹿島を置いて立ち上がる。なんとも間が悪いと思いながら、覗き穴から来訪者を確認すると。

 バンドマンならぬ舘宮が立っていた。まさか昨日のことがもうバレたのかと肝を冷やしながら、恐る恐るドアを開いた。

「こんにちは。ほら禅宮時も」
 何やらにこにこ、いや、にやにやした様子の舘宮が、隣にいた男を引っ張ってぐいぐいと浅原の前に押しやろうとする。
 禅宮時は困った様子でそれから逃れようとしているが、舘宮は何としてでも浅原の前に禅宮時を出したいらしく、強引に押し付けてきて。

「あ、あの?」
 状況がうまく読めないまま、舘宮に問うように視線を当てた時。背後から何も知らない鹿島が声をかけてきた。

「誰?知り合い?」
「あれ、今日は誰か来てるんですか?」
「ええ、まあ」
「あらら。残念だったな禅宮時。せっかく二人にしてやろうと思ったんだけど」
「余計なこと言うんじゃねえ」
「はいはい。あ、こんにちは」

 二人で軽快なやり取りをしていたところへ、舘宮はふいに浅原の背後に向かってあいさつをした。
「こんにちは」

 浅原の真後ろから降ってきた声はどこか刺々しい。振り返ると、声の通り不機嫌そうな顔を隠しもしないで、鹿島が立っていた。ふとその手に何かを持っていることに気が付き、見下ろすと。

「あ」
 例のDVDが入った袋だ。慌てて奪い取ろうとしたが、鹿島はそれをうまく避けて、浅原を押しのけて二人の前に仁王立ちした。

「すみませんけど、今お楽しみの最中なんで、またの機会にしてください」
「鹿島君、お楽しみって」
 あらぬことを思い浮かべて一人慌てたが、うまく鹿島の背中に隠れていたおかげか、訪問者の二人には見られることはなかった。

「ふうん。お楽しみ、ですか。それ、俺たちも混ぜてもらっていいですか」
「は?」
 見事に浅原、鹿島、禅宮司の三人の声がはもった。
「だから、そのお楽しみとやらは、二人じゃなくてもできますよね?」
「いや、それはできるできないの問題では」
「どっちにしろ、隣の俺たちに聞かれるんですから、構いませんよね」
「そ、それは……」

 先に盗み聞きしていたのは浅原と鹿島の方で、それを舘宮たちが知るはずもないのだが、鹿島も反論を言いにくくなったようだ。

「よし、ちょっと狭いかもしれないけど、お邪魔します」

 どうしてこうも、自分の周りは押しが強い人間ばかりなのだろうと頭を抱えたくなりながら、鹿島と共に苦笑いを交わした。

 かくして、浅原、鹿島、舘宮、禅宮時の大の男四人が狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めに納まることになった。
 これでお楽しみも何もないだろう、いっそ聞かれてもいいから舘宮と禅宮時には帰ってもらいたいと思う浅原の願いは叶わず、何故か鹿島が例のDVDを取り出し、鑑賞会が始まろうとしていた。

「へえ、鹿島さんはこんなのが好きなんですね」
「いや、これは俺じゃなくて浅原さんが」
 自己紹介を済ませた二人が、幾分穏やかな空気でDVDケースを眺め、浅原に視線を向ける。  
 一体何の罰なのだろうか。浅原は無言を貫いた。

 一方、禅宮時は部屋に入ってすぐにタバコを吸っていいか訊いてきて、了解を得られると、それきり台所の換気扇の下で一人静かに吹かしている。
 こちらには出来れば話しかけたくない理由がいろいろとあるので、必然的に浅原は一人で手持ち無沙汰になった。

「浅原さん、ここにおいで」
 DVDをセットして見る体勢になった鹿島が、ベッドに胡座を掻いて膝を叩いている。そこに座れと言うのだろうか。正直、魅力的な誘いではある。しかし、それはこんな状況でなければの話だ。
「ほら」
「あっ」

 鹿島が浅原の腕を引っ張って強引に膝に座らせた途端、DVDが広告を流し始めた。そこから既に肌色のてんこ盛りだ。

 そこで、禅宮時がタバコを吸い終えたのか、台所から出てきてベッド脇に腰掛けた。足が禅宮時の背中に当たる。何もこんな近くに座らないでもと思ったが、この狭い部屋ではやむを得ない。

 禅宮時の背中にちらりと視線を向けていると、鹿島の手が不穏な動きをしていることに気が付かなかった。

 忘れていたが、浅原も鹿島もまだ仕事中の服装をしていたのだが、ふいに腹部をするりと風が通った。そして、直に高い体温の手のひらが触れてきて、臍回りを撫でられる。

 はっと目を向けると、ベルトからワイシャツを抜き取られ、そこから侵入した鹿島の手があらぬ動きをしているのを見た。

「かし……」
「しぃっ……黙って。気付かれないように」
 耳元の囁き声に従い、唇を噛みながら耐える。後の二人を見ると、幸い画面に見入っていて気付いていない。これで気付かないふりなどされていても、それはそれで恥ずかしいのだが。

「あいつらは見ないで。テレビを見て」
 言われた通りに視線をテレビの中に向けると、浅原好みのツンと澄ました黒髪の女が、電車の中で痴漢に遭いながら助けも呼べずに堪えているシーンだった。
 内容をしっかり確認していなかったのだが、マニアックな物を選んでしまったようだ。

「ああいうのが好きなんだ?」
 耳元を舐め上げながら、笑みを含ませた声で囁き声を流し込まれる。違うと言いたかったのだが、ぞくりと背筋が震え、何も言えなくなった。それをいいことに、鹿島はテレビの中の痴漢の動きをそっくりそのまま真似てきた。

「っん……」
 浅原には女優のように豊満な乳房はないが、ワイシャツのボタンをいくつか外された隙間から胸筋を揉みしだくようにされ、あたかも今まさにあの女優になって痴漢されているような心地がした。

 鹿島はテレビの痴漢役が女優のブラジャーの中に手を入れれば、その通りに浅原の服の中に手を入れて、乳首や乳頭を丁寧に弄び、女優のショーツの中に手を入れれば、その通りに前を寛げて屹立に触れてきた。

「っ……」
 初めて触れられた時と同じかそれ以上に、泣きたくなるほど鹿島の愛撫は優しい。いやらしいことをされていて、確実に高められていっているというのに、まるで神聖な行為をされているような錯覚に陥る。

「ふっ……ン……」
 水音を立てれば流石に気付かれると考えたのか、少し触れ方が遠慮がちになった。それにもどかしさを覚えて、自分でも慰めようと鹿島の手のひらに重ねた時だった。

「あれ、故障かな?急に止まったよ」
 DVDが停止してしまったらしく、舘宮がこちらを振り向く直前。瞬時に鹿島が反応し、タオルケットを引っ掴んで浅原の下半身を隠した。

 しかし、残念ながらそれだけでは隠しきれなかったらしい。
「何やっていたんですか?お二人さん。特に浅原さん、ワイシャツからおっぱいが覗いてますよ」
「!」

 ニヤニヤしながら指摘されて、急いで乱れたシャツを手繰り寄せるが、もう遅い。
「お楽しみは俺たちも混ぜてくれないと。ねえ、禅宮時?」

 舘宮に話を振られた禅宮時は、浅原の方にちらりと視線を向けた。どこか傷付いたような顔つきに見えた気がして、ドキリとする。

「舘宮、俺はもう帰る。お前ももう帰れ」
「え、どうしようかな。これからが面白くなりそうなのに」
「いいから」
 そうして、禅宮時は舘宮を引きずるようにしながら帰って行った。

 後に残された浅原がぼうっとしていると、
「これ、一時停止してるだけじゃないか」
 と、鹿島がDVDの調子を見ながら言った。
 
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