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「38度3分……」
頭痛を覚えて、体が発火している気がしたので急いで体温計で計れば、案の定熱があった。
夏風邪には十二分に気を付けていたつもりだった。体が無理をするほど働いてもいない。
信じられないが、きっと悩み過ぎが原因だ。ネットで齧った情報だと、知恵熱というのは普通大人は出ないらしい。ストレスの原因を取り除く他ない。
「ストレスの原因……」
とは言え、現状を打開するために悩んでいたために、それを解決するにも考える以外にないのだ。しかし、熱を出してまで考えても答えは出ないというのは。
「やっぱり私は流されていただけなのか……?」
植村に言われた言葉が思い出され、芋づる式にここ最近の出来事を思い浮かべる。そもそも鹿島には気持ちを伝えられてはおらず、ただ「アリ」だと言われただけだ。
そして、実際に最後まで事故でやってしまった禅宮時なんかは、過去には一方的に想っていたかもしれないが、今もそうかというと分からない。無論、禅宮時からの好意など鹿島より感じられない。
「結論。悩むだけ無駄だ。たとえ私が二人を好きだとしたところで、二人が私を想っているとは限らない」
そうだ、そうに違いないと、一人狭い部屋でうんうんと頷く。そして、せっかく会社は休んだのだからもう一眠りしようとベッドに横になりかけ。
「意気地なし!」
突然怒鳴り声が聞こえてきて、頭に響いた。驚いてベッドから転がり落ちかけ、なんとか踏み止まると、さらなる声が続いた。
「お前に言われる筋合いはねえよ」
「ああ、そうだね。俺はあんたの恋人でも何でもない、ただの行きずりの男さ。それでもずるずる関係を続けてきたからな。嫌でもあんたが見た目に似合わず臆病だって知ってるさ」
「なんだと。そもそもお前が余計なことしなけりゃ、俺はあいつと……」
「あいつと、何?あんたがあの人と寝たのは俺のせい?そうやって何でもかんでも人のせいにしてるから、十何年も引きずることに」
「だったら何だってんだよ。それがお前に何の関係があるんだ。手伝ってくれなんて、俺がいつ頼んだ」
「もういい。これじゃあ平行線だから、本人に話を聞いてもらう」
「はあ?!おいっ、ちょっと待っ……」
何やらドアのすぐ近くでドタバタと音がして。インターホンが鳴った。浅原の部屋のインターホンだ。
ぼうっとする頭で、そう言えば喧嘩していた二人のうち一人は禅宮時の声だったなあと思う。禅宮時の声だけは聞き分けられるのだ。
のっそりと起き上がり、ふらつきながらドアの方に向かっていく途中、もう一度インターホンが鳴った。病人を急かさないでくれとは思えど、相手はそれを知らないので致し方ない。
「おい舘宮、今日は平日だ。あいつは仕事じゃないか?」
「あ、そうか。でもいるような気がするんだよね」
素直に出る必要はないような気がしてきた。もしかしてこのままいない振りをすればやり過ごせるのでは、と思った時。
「それなら、俺はドアの外で張り込みしているよ。ほら、刑事ドラマでよくあるだろ?」
それは困る。立てこもり事件の犯人にされたくはない。やり過ごすことを諦めてドアを開けた。
「あ、やっぱりいたんですね」
「こいつが度々悪いな」
ぱっと顔を輝かせた舘宮と苦笑気味な禅宮時がいた。
「いえ……」
「お前、なんか顔が赤くないか?」
禅宮時が眉根を寄せ、自然な動作で浅原の額に手を伸ばしてくる。ひんやりとして気持ちいい。
「熱いな……。ちょっと上がらせてもらうぞ。いいな?」
「あ、はい……」
「なに?浅原さんは風邪でも引いちゃったんですか?」
「いえ、たぶん風邪ではない、です」
よもや禅宮時と鹿島のことで悩み過ぎて熱を出したとは言えまい。二人を招き入れながら、曖昧に濁した。
「浅原、冷蔵庫を見ていいか」
「はい、どうぞ」
「禅宮時、何か作るの?足りない物があったら俺が買ってくるよ」
冷蔵庫を覗いていた禅宮時が、舘宮に指示を出す。
「材料は一通りあるから、スポーツドリンクを頼む。できればでかいやつを」
「はいはいっと」
「え、そんな悪いですよ」
「いいから。お前は病人なんだし、騒いで叩き起こした詫びだ」
「じゃ、じゃあせめてスポーツドリンクの代金を……」
財布を取り出そうとするが、舘宮も禅宮時も首を横に振った。
「俺も趣味で音楽やってるけど、スポーツドリンク買えないほど貧乏じゃないから大丈夫ですよ」
本当にバンドマンだったのか。
「じゃあ、行ってきます。他にいるものあったら連絡して」
舘宮が行ってしまうと、腕まくりをした禅宮時が料理の準備を始めた。なんだか申し訳ない気がして何か手伝えないかと見ていたが、禅宮時に見られるとやりづらいと言われ、すごすごと引き下がる。
禅宮時と二人になったのは体を重ねて以来だ。あの時と状況がだいぶ違うのだが、禅宮時が自分のために何かを作ってくれているというのは妙な感じがする。
材料を刻む子気味いい音を聞いていると、学生時代のことを思い出された。コンビニのバイトでも先輩だった禅宮時は面倒見がよく、何でも教えてくれていたのだが、とにかく何事もそつなくこなし、特に揚げ物の扱いは完璧だった。
あれは単にバイト歴を積んだおかげと思っていたが、もしかしたら昔から料理が得意だったのだろうか。
期待を膨らませてしまいながら待っていると、インターホンが鳴った。舘宮が帰ってきたのだろうと腰を浮かしかけたが、代わりに禅宮時が出た。
「おい、鍵なら開いて……」
「浅原さん、突然ごめんな……って、なんで禅宮時さんがここに」
「鹿島君?」
聞き慣れた声に驚いて禅宮時の後ろから覗き見ると、鹿島がスーツ姿で手にビニール袋を下げて立っていた。
「あれ、鹿島さんも来たんだ」
ほぼ同じタイミングで舘宮も帰ってきて、この中で一番間の抜けた声を上げる。
「舘宮、お前知って?」
「いんや、偶然だけど。てか俺、このメンツではお邪魔っぽいから帰りますね。お大事に、浅原さん」
舘宮はそれだけ言うと、鹿島にスポーツドリンクの入った袋を押し付けて自分の部屋に行ってしまった。
気まずい沈黙が三人の間に流れる。舘宮に戻ってきてほしいと泣きつきたくなっていると、鹿島がビニール袋を全て差し出してきた。
「これ、りんごとヨーグルト。何がいいか分からなかったから適当に選んだんだけど、浅原さんはりんご平気?」
「う、うん。大丈夫、食べられるよ」
ずしりと重いそれらを受け取ろうとすると、横から禅宮時が代わりに受け取った。それを見て、鹿島は複雑そうな顔で苦笑いする。
「じゃあ、俺はこれで」
「鹿島君、待っ……」
踵を返そうとする鹿島の腕を掴むと、鹿島は足を止めたが振り返らない。
「鹿島君……」
言いようのない切なさが込み上げてきて、ぐっと堪えていると、後ろから低音の男らしい声が言った。
「鹿島、上がっていったらどうだ?浅原、いいよな」
その声に何度も頷いていると、ようやく振り返った鹿島が固い表情を僅かに緩めて口元だけで笑った。
「美味しい」
あれから数分とせずに禅宮時は雑炊を作ってくれ、卵や野菜を細かく切り刻んで入れられたそれは、どこか郷里を思い出すような優しい味がした。自分でも作ることはできるだろうが、やはり人に作ってもらうと何倍も美味しく感じる。
「それは良かった」
禅宮時が目を細めて笑う。そうすると、過ぎ去ってしまった年月が取り戻されたように若く見えて、思わずドキリとする。
「禅宮時さんも料理できるんですね」
「これは料理ってほどじゃねえよ。お前でもできるはずだ」
「いや無理です。お湯を沸かすのでやっとなので」
軽い笑い声が上がり、思ったよりも緊迫した空気にならないで済んでいることに胸を撫で下ろしていると。
「俺は浅原に話があるんだ。真面目な話になるが、聞いてくれるか」
ふいに禅宮時が真剣な目つきになり、部屋の空気が変わる。一体何の話だろうか。
「は、はい。いいですが……」
「俺、席を外しましょうか」
空気を察して鹿島が腰を浮かしかけるが、禅宮時は手で制した。
「鹿島も無関係じゃねえはずだ。もし違ったら悪いが、鹿島も浅原が好きなんだろう?違わないならお前も話を聞いてほしい」
浅原と禅宮時の視線が鹿島の動きに集中する中、鹿島は浮かしかけた腰を下ろして挑むような目で禅宮時を見た。
「も、ということはあなたもなんですか?」
「それの答えは、俺の話を聞いてくれたら答える」
熱に浮かされていたはずの浅原だったが、そのだるさもすっかり忘れてしまいながら禅宮時を、それから鹿島を見ていた。
頭痛を覚えて、体が発火している気がしたので急いで体温計で計れば、案の定熱があった。
夏風邪には十二分に気を付けていたつもりだった。体が無理をするほど働いてもいない。
信じられないが、きっと悩み過ぎが原因だ。ネットで齧った情報だと、知恵熱というのは普通大人は出ないらしい。ストレスの原因を取り除く他ない。
「ストレスの原因……」
とは言え、現状を打開するために悩んでいたために、それを解決するにも考える以外にないのだ。しかし、熱を出してまで考えても答えは出ないというのは。
「やっぱり私は流されていただけなのか……?」
植村に言われた言葉が思い出され、芋づる式にここ最近の出来事を思い浮かべる。そもそも鹿島には気持ちを伝えられてはおらず、ただ「アリ」だと言われただけだ。
そして、実際に最後まで事故でやってしまった禅宮時なんかは、過去には一方的に想っていたかもしれないが、今もそうかというと分からない。無論、禅宮時からの好意など鹿島より感じられない。
「結論。悩むだけ無駄だ。たとえ私が二人を好きだとしたところで、二人が私を想っているとは限らない」
そうだ、そうに違いないと、一人狭い部屋でうんうんと頷く。そして、せっかく会社は休んだのだからもう一眠りしようとベッドに横になりかけ。
「意気地なし!」
突然怒鳴り声が聞こえてきて、頭に響いた。驚いてベッドから転がり落ちかけ、なんとか踏み止まると、さらなる声が続いた。
「お前に言われる筋合いはねえよ」
「ああ、そうだね。俺はあんたの恋人でも何でもない、ただの行きずりの男さ。それでもずるずる関係を続けてきたからな。嫌でもあんたが見た目に似合わず臆病だって知ってるさ」
「なんだと。そもそもお前が余計なことしなけりゃ、俺はあいつと……」
「あいつと、何?あんたがあの人と寝たのは俺のせい?そうやって何でもかんでも人のせいにしてるから、十何年も引きずることに」
「だったら何だってんだよ。それがお前に何の関係があるんだ。手伝ってくれなんて、俺がいつ頼んだ」
「もういい。これじゃあ平行線だから、本人に話を聞いてもらう」
「はあ?!おいっ、ちょっと待っ……」
何やらドアのすぐ近くでドタバタと音がして。インターホンが鳴った。浅原の部屋のインターホンだ。
ぼうっとする頭で、そう言えば喧嘩していた二人のうち一人は禅宮時の声だったなあと思う。禅宮時の声だけは聞き分けられるのだ。
のっそりと起き上がり、ふらつきながらドアの方に向かっていく途中、もう一度インターホンが鳴った。病人を急かさないでくれとは思えど、相手はそれを知らないので致し方ない。
「おい舘宮、今日は平日だ。あいつは仕事じゃないか?」
「あ、そうか。でもいるような気がするんだよね」
素直に出る必要はないような気がしてきた。もしかしてこのままいない振りをすればやり過ごせるのでは、と思った時。
「それなら、俺はドアの外で張り込みしているよ。ほら、刑事ドラマでよくあるだろ?」
それは困る。立てこもり事件の犯人にされたくはない。やり過ごすことを諦めてドアを開けた。
「あ、やっぱりいたんですね」
「こいつが度々悪いな」
ぱっと顔を輝かせた舘宮と苦笑気味な禅宮時がいた。
「いえ……」
「お前、なんか顔が赤くないか?」
禅宮時が眉根を寄せ、自然な動作で浅原の額に手を伸ばしてくる。ひんやりとして気持ちいい。
「熱いな……。ちょっと上がらせてもらうぞ。いいな?」
「あ、はい……」
「なに?浅原さんは風邪でも引いちゃったんですか?」
「いえ、たぶん風邪ではない、です」
よもや禅宮時と鹿島のことで悩み過ぎて熱を出したとは言えまい。二人を招き入れながら、曖昧に濁した。
「浅原、冷蔵庫を見ていいか」
「はい、どうぞ」
「禅宮時、何か作るの?足りない物があったら俺が買ってくるよ」
冷蔵庫を覗いていた禅宮時が、舘宮に指示を出す。
「材料は一通りあるから、スポーツドリンクを頼む。できればでかいやつを」
「はいはいっと」
「え、そんな悪いですよ」
「いいから。お前は病人なんだし、騒いで叩き起こした詫びだ」
「じゃ、じゃあせめてスポーツドリンクの代金を……」
財布を取り出そうとするが、舘宮も禅宮時も首を横に振った。
「俺も趣味で音楽やってるけど、スポーツドリンク買えないほど貧乏じゃないから大丈夫ですよ」
本当にバンドマンだったのか。
「じゃあ、行ってきます。他にいるものあったら連絡して」
舘宮が行ってしまうと、腕まくりをした禅宮時が料理の準備を始めた。なんだか申し訳ない気がして何か手伝えないかと見ていたが、禅宮時に見られるとやりづらいと言われ、すごすごと引き下がる。
禅宮時と二人になったのは体を重ねて以来だ。あの時と状況がだいぶ違うのだが、禅宮時が自分のために何かを作ってくれているというのは妙な感じがする。
材料を刻む子気味いい音を聞いていると、学生時代のことを思い出された。コンビニのバイトでも先輩だった禅宮時は面倒見がよく、何でも教えてくれていたのだが、とにかく何事もそつなくこなし、特に揚げ物の扱いは完璧だった。
あれは単にバイト歴を積んだおかげと思っていたが、もしかしたら昔から料理が得意だったのだろうか。
期待を膨らませてしまいながら待っていると、インターホンが鳴った。舘宮が帰ってきたのだろうと腰を浮かしかけたが、代わりに禅宮時が出た。
「おい、鍵なら開いて……」
「浅原さん、突然ごめんな……って、なんで禅宮時さんがここに」
「鹿島君?」
聞き慣れた声に驚いて禅宮時の後ろから覗き見ると、鹿島がスーツ姿で手にビニール袋を下げて立っていた。
「あれ、鹿島さんも来たんだ」
ほぼ同じタイミングで舘宮も帰ってきて、この中で一番間の抜けた声を上げる。
「舘宮、お前知って?」
「いんや、偶然だけど。てか俺、このメンツではお邪魔っぽいから帰りますね。お大事に、浅原さん」
舘宮はそれだけ言うと、鹿島にスポーツドリンクの入った袋を押し付けて自分の部屋に行ってしまった。
気まずい沈黙が三人の間に流れる。舘宮に戻ってきてほしいと泣きつきたくなっていると、鹿島がビニール袋を全て差し出してきた。
「これ、りんごとヨーグルト。何がいいか分からなかったから適当に選んだんだけど、浅原さんはりんご平気?」
「う、うん。大丈夫、食べられるよ」
ずしりと重いそれらを受け取ろうとすると、横から禅宮時が代わりに受け取った。それを見て、鹿島は複雑そうな顔で苦笑いする。
「じゃあ、俺はこれで」
「鹿島君、待っ……」
踵を返そうとする鹿島の腕を掴むと、鹿島は足を止めたが振り返らない。
「鹿島君……」
言いようのない切なさが込み上げてきて、ぐっと堪えていると、後ろから低音の男らしい声が言った。
「鹿島、上がっていったらどうだ?浅原、いいよな」
その声に何度も頷いていると、ようやく振り返った鹿島が固い表情を僅かに緩めて口元だけで笑った。
「美味しい」
あれから数分とせずに禅宮時は雑炊を作ってくれ、卵や野菜を細かく切り刻んで入れられたそれは、どこか郷里を思い出すような優しい味がした。自分でも作ることはできるだろうが、やはり人に作ってもらうと何倍も美味しく感じる。
「それは良かった」
禅宮時が目を細めて笑う。そうすると、過ぎ去ってしまった年月が取り戻されたように若く見えて、思わずドキリとする。
「禅宮時さんも料理できるんですね」
「これは料理ってほどじゃねえよ。お前でもできるはずだ」
「いや無理です。お湯を沸かすのでやっとなので」
軽い笑い声が上がり、思ったよりも緊迫した空気にならないで済んでいることに胸を撫で下ろしていると。
「俺は浅原に話があるんだ。真面目な話になるが、聞いてくれるか」
ふいに禅宮時が真剣な目つきになり、部屋の空気が変わる。一体何の話だろうか。
「は、はい。いいですが……」
「俺、席を外しましょうか」
空気を察して鹿島が腰を浮かしかけるが、禅宮時は手で制した。
「鹿島も無関係じゃねえはずだ。もし違ったら悪いが、鹿島も浅原が好きなんだろう?違わないならお前も話を聞いてほしい」
浅原と禅宮時の視線が鹿島の動きに集中する中、鹿島は浮かしかけた腰を下ろして挑むような目で禅宮時を見た。
「も、ということはあなたもなんですか?」
「それの答えは、俺の話を聞いてくれたら答える」
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