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鬼神
都市案内人2
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その声に、女性たちがざわつく。
一歩、また一歩と後ずさりし、ため息をつきながら散っていく者もいる。
声の主――都市案内人と名乗った女性は、それを確認すると、今度は俺の方へと振り返った。
レンガ色の髪が、陽光を受けてふわりと揺れる。
肩にかかるくらいのボブカット。
瞳は大きく、金に近い琥珀色。
目が合った瞬間、その丸い瞳がパッと笑う。
細身の身体に、旅装風の軽装ジャケットとショートブーツ。街娘らしい簡素な服だが、胸元がわずかに開いていて、無意識に視線が引き寄せられる作りになっていた。
男性と出会うことの少ない世界。
本人はおそらく、そのことに無頓着なのだろう。
「こんにちは~。聞いていたと思いますが、私は都市案内人のリーネット・アルマリアです」
にっこりと笑って、手を振りながら近づいてくるその姿からは、まるで悪意を感じられない。
可愛いと、無意識でそう思っていた。
「あなたは男性……ですよね。護衛の方はどちらでしょうか?」
リーネットは柔らかく笑いながら、けれど当たり前のような口調でそう尋ねた。
「護衛……ですか? いませんけど……」
「ご、護衛がいないんですか!?」
彼女の声が一段階跳ね上がる。
そして、目をぱちくりとさせてから、信じられないものを見たかのように、俺を見つめた。
「それでよく今まで無事でしたね……!?」
無事……というのはそうか、命ではなく、貞操とかそういう話か。
この世界における男の扱いが、徐々に見えてくる。
「それで、護衛の方は今どちらに?」
「いや、だから護衛はいないんですよ」
「そもそもですか?」
「そもそもです」
リーネットの笑顔がやや引き攣ったように見えた。
声のトーンも、少し固くなる
「……それはおかしいですね。この街――ロザリアやリュミナリオス王国管理下ではもちろん、どこに行っても護衛制は共通のはずですが」
――マズったか。
護衛が必要なのは、トイレに限った話ではなかったらしい。
つまり、「男が一人で歩く」という行為そのものが、社会常識として成立していない。
このままでは不審人物として連行される未来すら見える。
「――か、かなりの田舎から来たんです。仕事を探そうと思って!」
咄嗟に口をついて出たのは、定番の誤魔化し文句だった。
ただでさえ挙動不審なのに、必死すぎて余計に怪しい気もする。
「……仕事ですか」
リーネットは俺をじっと見つめる。
その目に宿るのは好奇心ではなく、戸惑いや同情のように思えた。
「あなた、それ本気で言ってるんですか?」
「えぇ……ど、どうしてですか?」
思わず聞き返す。
自分でも、声がわずかに上ずっているのが分かった。
リーネットは数秒の間、まるで言葉を選ぶように目を伏せた。
そして、静かに、はっきりとこう言った。
「本当に知らないみたいですから教えますけど、男性に就ける職はありませんよ」
「はっ……?」
素っ頓狂な声が、一人でに口から漏れた。
「あなたの故郷は、どんな場所なんですかね……。いいですか? この世界では、男性は存在自体が希少で、極力危険に晒してはならないんです。怪我なんてもってのほか。労働も非推奨。一部の国じゃ、見つかっただけで『種』として飼い殺しにされることだってあるんですよ」
冗談……にしては突き抜けすぎていて、笑えなかった。
そして、彼女の目が笑っていないのが一番恐ろしい。
「ううん……どうしましょう」
リーネットは口元に指を当てながら、視線を宙に泳がせた。
「男性が道で迷っていた場合、都市案内人が一時的に保護し、護衛の方に引き渡すのが決まりですが……ええと――」
「あ、バージルです」
「――バージルさんには護衛がいないと」
俺に背を向けて、リーネットは本格的に考え始める。
「でも、流石に保護しないと彼の身体が……いや、もしかしたら私が誘拐したと思われる可能性がある? 確かに子供ができれば母も喜ぶでしょうが、バレたら間違いなく解雇……最悪の場合、禁固刑になるかも……?」
あまり聞こえないが、相当迷っているのは理解できる。
「あの、ちょっとアレみたいですし、俺は一人でも――」
「いやいやいや、ダメですって!」
思わず引こうとした俺を、彼女が勢いよく止める。
顔が近い。距離感が近い。声も大きい。
「そりゃあ、リーネットさんに保護していただいた方がいいと思うんですけど、俺はちょっと特殊なんですよね? あまり迷惑をかけたくないですし……」
「リーネットさん……だ、男性に名前を呼ばれるのがこれほど嬉しいなんて……いやいやいや、ダメよリーネット。そんな簡単に心揺らしてる場合じゃないから!」
何かとの戦いが始まっている。
「ひ、ひとまず話し合いましょう。バージルさんも、いつまでトイレから頭だけ出してるつもりですか? 身体に自信がないのは分かりますが、私も見ての通りなので心配しなくていいですよ」
どういう意味かは分からないが、言葉に従ってゆっくりと立ち上がり、扉を開けた。
「まったく、こんな小娘にも身体を見せたくないなんて、どんな情けない…………はぇ?」
俺が立ち上がるのと並行して、彼女の顔が上がる。
それに合わせて驚きが表情を支配していく。
「な、なにこの人……あなた……男ですよね?」
次の瞬間、彼女の手が――。
俺の上腕二頭筋に、吸い寄せられるように伸びていた。
「……っ、か、固……っ!」
震える指先が、俺の腕をつかんでいる。
「え、なにこれ……鎧? 魔道具? 人間? 本当に、男、ですよね?」
リーネットは完全に動揺していた。
何度も何度も瞬きをしている。俺は夢の存在じゃないぞ。
「ちょ、ちょっと失礼しますね……」
そう言うと、今度は肩、胸、腹筋へと手が移動する。
「うわ、痩せてるから割れてるんじゃない、本物の腹筋……このお兄さん、えっちすぎる……」
リーネットの手が、腹筋の上をじわじわと這っていた。
その目からは、完全に理性が飛んでいる。
「……いや、ちょっと良いですか?」
ようやく言葉を挟んだ俺の声に、リーネットはハッとした顔で手を引っ込めた。
「す、すみませんっ! あまりに見事な造形だったもので、ついっ!」
顔を真っ赤にして、手を胸の前でぱたぱたと振る。
「まぁ、それは良いんですけど……」
このままでは彼女の立場も危ういのではないかと思い、言葉を選ぶ。
「このままだとリーネットさんも困ると思うので、俺はこれで――」
「なに言ってるんですか!」
ぴしゃりと遮るように声が飛んできた。
その目には、先ほどとはまた違う真剣な光が宿っている。
「私は大丈夫です! この後捕まることになろうと、八つ裂きにされようとも! あなたを保護します、させてください!」
「そ、そこまで……?」
物騒すぎるだろ。
「さぁ、仮保護証明書を発行しにいきますよ!」
「えぇ……」
言い切った彼女は、すでに覚悟を決めた顔をしていた。
一歩、また一歩と後ずさりし、ため息をつきながら散っていく者もいる。
声の主――都市案内人と名乗った女性は、それを確認すると、今度は俺の方へと振り返った。
レンガ色の髪が、陽光を受けてふわりと揺れる。
肩にかかるくらいのボブカット。
瞳は大きく、金に近い琥珀色。
目が合った瞬間、その丸い瞳がパッと笑う。
細身の身体に、旅装風の軽装ジャケットとショートブーツ。街娘らしい簡素な服だが、胸元がわずかに開いていて、無意識に視線が引き寄せられる作りになっていた。
男性と出会うことの少ない世界。
本人はおそらく、そのことに無頓着なのだろう。
「こんにちは~。聞いていたと思いますが、私は都市案内人のリーネット・アルマリアです」
にっこりと笑って、手を振りながら近づいてくるその姿からは、まるで悪意を感じられない。
可愛いと、無意識でそう思っていた。
「あなたは男性……ですよね。護衛の方はどちらでしょうか?」
リーネットは柔らかく笑いながら、けれど当たり前のような口調でそう尋ねた。
「護衛……ですか? いませんけど……」
「ご、護衛がいないんですか!?」
彼女の声が一段階跳ね上がる。
そして、目をぱちくりとさせてから、信じられないものを見たかのように、俺を見つめた。
「それでよく今まで無事でしたね……!?」
無事……というのはそうか、命ではなく、貞操とかそういう話か。
この世界における男の扱いが、徐々に見えてくる。
「それで、護衛の方は今どちらに?」
「いや、だから護衛はいないんですよ」
「そもそもですか?」
「そもそもです」
リーネットの笑顔がやや引き攣ったように見えた。
声のトーンも、少し固くなる
「……それはおかしいですね。この街――ロザリアやリュミナリオス王国管理下ではもちろん、どこに行っても護衛制は共通のはずですが」
――マズったか。
護衛が必要なのは、トイレに限った話ではなかったらしい。
つまり、「男が一人で歩く」という行為そのものが、社会常識として成立していない。
このままでは不審人物として連行される未来すら見える。
「――か、かなりの田舎から来たんです。仕事を探そうと思って!」
咄嗟に口をついて出たのは、定番の誤魔化し文句だった。
ただでさえ挙動不審なのに、必死すぎて余計に怪しい気もする。
「……仕事ですか」
リーネットは俺をじっと見つめる。
その目に宿るのは好奇心ではなく、戸惑いや同情のように思えた。
「あなた、それ本気で言ってるんですか?」
「えぇ……ど、どうしてですか?」
思わず聞き返す。
自分でも、声がわずかに上ずっているのが分かった。
リーネットは数秒の間、まるで言葉を選ぶように目を伏せた。
そして、静かに、はっきりとこう言った。
「本当に知らないみたいですから教えますけど、男性に就ける職はありませんよ」
「はっ……?」
素っ頓狂な声が、一人でに口から漏れた。
「あなたの故郷は、どんな場所なんですかね……。いいですか? この世界では、男性は存在自体が希少で、極力危険に晒してはならないんです。怪我なんてもってのほか。労働も非推奨。一部の国じゃ、見つかっただけで『種』として飼い殺しにされることだってあるんですよ」
冗談……にしては突き抜けすぎていて、笑えなかった。
そして、彼女の目が笑っていないのが一番恐ろしい。
「ううん……どうしましょう」
リーネットは口元に指を当てながら、視線を宙に泳がせた。
「男性が道で迷っていた場合、都市案内人が一時的に保護し、護衛の方に引き渡すのが決まりですが……ええと――」
「あ、バージルです」
「――バージルさんには護衛がいないと」
俺に背を向けて、リーネットは本格的に考え始める。
「でも、流石に保護しないと彼の身体が……いや、もしかしたら私が誘拐したと思われる可能性がある? 確かに子供ができれば母も喜ぶでしょうが、バレたら間違いなく解雇……最悪の場合、禁固刑になるかも……?」
あまり聞こえないが、相当迷っているのは理解できる。
「あの、ちょっとアレみたいですし、俺は一人でも――」
「いやいやいや、ダメですって!」
思わず引こうとした俺を、彼女が勢いよく止める。
顔が近い。距離感が近い。声も大きい。
「そりゃあ、リーネットさんに保護していただいた方がいいと思うんですけど、俺はちょっと特殊なんですよね? あまり迷惑をかけたくないですし……」
「リーネットさん……だ、男性に名前を呼ばれるのがこれほど嬉しいなんて……いやいやいや、ダメよリーネット。そんな簡単に心揺らしてる場合じゃないから!」
何かとの戦いが始まっている。
「ひ、ひとまず話し合いましょう。バージルさんも、いつまでトイレから頭だけ出してるつもりですか? 身体に自信がないのは分かりますが、私も見ての通りなので心配しなくていいですよ」
どういう意味かは分からないが、言葉に従ってゆっくりと立ち上がり、扉を開けた。
「まったく、こんな小娘にも身体を見せたくないなんて、どんな情けない…………はぇ?」
俺が立ち上がるのと並行して、彼女の顔が上がる。
それに合わせて驚きが表情を支配していく。
「な、なにこの人……あなた……男ですよね?」
次の瞬間、彼女の手が――。
俺の上腕二頭筋に、吸い寄せられるように伸びていた。
「……っ、か、固……っ!」
震える指先が、俺の腕をつかんでいる。
「え、なにこれ……鎧? 魔道具? 人間? 本当に、男、ですよね?」
リーネットは完全に動揺していた。
何度も何度も瞬きをしている。俺は夢の存在じゃないぞ。
「ちょ、ちょっと失礼しますね……」
そう言うと、今度は肩、胸、腹筋へと手が移動する。
「うわ、痩せてるから割れてるんじゃない、本物の腹筋……このお兄さん、えっちすぎる……」
リーネットの手が、腹筋の上をじわじわと這っていた。
その目からは、完全に理性が飛んでいる。
「……いや、ちょっと良いですか?」
ようやく言葉を挟んだ俺の声に、リーネットはハッとした顔で手を引っ込めた。
「す、すみませんっ! あまりに見事な造形だったもので、ついっ!」
顔を真っ赤にして、手を胸の前でぱたぱたと振る。
「まぁ、それは良いんですけど……」
このままでは彼女の立場も危ういのではないかと思い、言葉を選ぶ。
「このままだとリーネットさんも困ると思うので、俺はこれで――」
「なに言ってるんですか!」
ぴしゃりと遮るように声が飛んできた。
その目には、先ほどとはまた違う真剣な光が宿っている。
「私は大丈夫です! この後捕まることになろうと、八つ裂きにされようとも! あなたを保護します、させてください!」
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