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鬼神
疼き2
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それでも、私は彼を守る。
女として、男を守らねばならない。
そう思っていたのに――灰の牙の団長に立ち向かったバージルの姿。
逃げることもできたはずなのに、彼は剣を取り、私を守った。
それはもう、疑いようもない。
あぁ、私は――この男を、認めてしまった。
男でありながら、信じられる存在として。
同じ戦士として。
そしてそれ以上の、何かとして。
だが……それを「認める」ことは、どうしてもできなかった。
もしそれを認めてしまえば、私の全てが崩れたことを、本当に理解してしまう気がして。
全てを失った時と同じ、普通の女になってしまう気がしたのだ。
……でも。
その「でも」が、私の心から離れない。
剣を振るたびに、思い出す。
夜、目を閉じるたびに、彼の声が耳に蘇る。
肩が触れただけで、心臓が跳ね上がる。
声をかけられれば、それだけで足元が揺らぐ。
もう、とっくに気づいていたのだ。
私はバージルに、惹かれているのだと。
そして今、共に肩を並べてルメリアを倒したことで、ようやく決心がついた。
この想いを、自分の中で答えにしなければならない。
戦士として、私はその方法しか知らない。
だから――最後に、もう一度。
心の奥底に沈んでいた想いに、白黒をつけるために。
私の生き方に、終止符を打つために。
「バージル。戦ってほしい。ここで、今」
・
「バージル。戦ってほしい。ここで、今」
剣を手に俺を見つめるセラフィーネの顔は、ふざけているようには見えない。
俺は驚き、すぐには言葉が出てこなかった。
目の前の彼女は、すでに幾度もの戦闘で満身創痍だ。
俺も少なからず傷を負っているが、彼女はその比ではない。
身体のあちこちから血を流しているのにも関わらず、彼女は本気で俺と戦おうとしているように思えた。
剣を手にしたセラフィーネの顔は、冗談めいたものではなく、かといって殺気ばかりでもない。
強い意志と、覚悟と……どこか切なさが混ざった、混沌とした色をしていた。
「セラフィーネさん……本気、なんですか?」
ようやく口から出てきたのは、問いかけだった。
返ってくるのは、当然ながら肯定の頷きだ。
「これまで私は、ずっと自分に言い聞かせてきた。男など取るに足らない、守られるだけの弱者だと。頼ることなど、絶対にないと」
その声には震えがあった。だが、それを押し殺して続ける。
「だが――バージルに出会って、私は変わってしまった。認めたくなかった。見て見ぬふりをしたかった。でも、もう限界だ」
彼女は一歩、俺に近づいた。
そして、静かに剣を上げる。
血に濡れ、傷ついたその姿は、美しくもあった。
「これは、けじめだ。私の過去に。私自身に。……そして、お前に」
言葉の意味は、痛いほど伝わってきた。
これは、ただの勝負じゃない。
セラフィーネはこれまで守ってきた「価値観」という鎧を脱ぎ捨てようとしている。
たとえ、負けても。たとえ、心が砕けても。
それでも、彼女は一歩を踏み出そうとしている。
「……俺が、受けなかったらどうします?」
「……そしたら、また明日誘う。明日がダメなら、明後日。その次の日も。……そのうち、逃げられなくなる」
苦笑混じりにそう言うと、彼女は両の目を伏せた。
痛みに耐えているはずなのに、微笑んでさえ見えた。
(もう、逃げる理由はないな)
静かに剣を抜く。
「分かりました。受けます、その勝負」
「……ありがとう」
いつものように、深く構えるのではなく。
ただ、自然に、呼吸と一つになったような構え。
夜の広場に、ふたりの影が向き合って立つ。
俺たちの会話を聞いていなくても、理解はしているのだろう。
リーネットも騎士団の人々も、ただ遠巻きで見ているだけだ。
――風が吹いた。
女として、男を守らねばならない。
そう思っていたのに――灰の牙の団長に立ち向かったバージルの姿。
逃げることもできたはずなのに、彼は剣を取り、私を守った。
それはもう、疑いようもない。
あぁ、私は――この男を、認めてしまった。
男でありながら、信じられる存在として。
同じ戦士として。
そしてそれ以上の、何かとして。
だが……それを「認める」ことは、どうしてもできなかった。
もしそれを認めてしまえば、私の全てが崩れたことを、本当に理解してしまう気がして。
全てを失った時と同じ、普通の女になってしまう気がしたのだ。
……でも。
その「でも」が、私の心から離れない。
剣を振るたびに、思い出す。
夜、目を閉じるたびに、彼の声が耳に蘇る。
肩が触れただけで、心臓が跳ね上がる。
声をかけられれば、それだけで足元が揺らぐ。
もう、とっくに気づいていたのだ。
私はバージルに、惹かれているのだと。
そして今、共に肩を並べてルメリアを倒したことで、ようやく決心がついた。
この想いを、自分の中で答えにしなければならない。
戦士として、私はその方法しか知らない。
だから――最後に、もう一度。
心の奥底に沈んでいた想いに、白黒をつけるために。
私の生き方に、終止符を打つために。
「バージル。戦ってほしい。ここで、今」
・
「バージル。戦ってほしい。ここで、今」
剣を手に俺を見つめるセラフィーネの顔は、ふざけているようには見えない。
俺は驚き、すぐには言葉が出てこなかった。
目の前の彼女は、すでに幾度もの戦闘で満身創痍だ。
俺も少なからず傷を負っているが、彼女はその比ではない。
身体のあちこちから血を流しているのにも関わらず、彼女は本気で俺と戦おうとしているように思えた。
剣を手にしたセラフィーネの顔は、冗談めいたものではなく、かといって殺気ばかりでもない。
強い意志と、覚悟と……どこか切なさが混ざった、混沌とした色をしていた。
「セラフィーネさん……本気、なんですか?」
ようやく口から出てきたのは、問いかけだった。
返ってくるのは、当然ながら肯定の頷きだ。
「これまで私は、ずっと自分に言い聞かせてきた。男など取るに足らない、守られるだけの弱者だと。頼ることなど、絶対にないと」
その声には震えがあった。だが、それを押し殺して続ける。
「だが――バージルに出会って、私は変わってしまった。認めたくなかった。見て見ぬふりをしたかった。でも、もう限界だ」
彼女は一歩、俺に近づいた。
そして、静かに剣を上げる。
血に濡れ、傷ついたその姿は、美しくもあった。
「これは、けじめだ。私の過去に。私自身に。……そして、お前に」
言葉の意味は、痛いほど伝わってきた。
これは、ただの勝負じゃない。
セラフィーネはこれまで守ってきた「価値観」という鎧を脱ぎ捨てようとしている。
たとえ、負けても。たとえ、心が砕けても。
それでも、彼女は一歩を踏み出そうとしている。
「……俺が、受けなかったらどうします?」
「……そしたら、また明日誘う。明日がダメなら、明後日。その次の日も。……そのうち、逃げられなくなる」
苦笑混じりにそう言うと、彼女は両の目を伏せた。
痛みに耐えているはずなのに、微笑んでさえ見えた。
(もう、逃げる理由はないな)
静かに剣を抜く。
「分かりました。受けます、その勝負」
「……ありがとう」
いつものように、深く構えるのではなく。
ただ、自然に、呼吸と一つになったような構え。
夜の広場に、ふたりの影が向き合って立つ。
俺たちの会話を聞いていなくても、理解はしているのだろう。
リーネットも騎士団の人々も、ただ遠巻きで見ているだけだ。
――風が吹いた。
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