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三上さんとメモ帳
演劇を見ろ! その3
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「と、いうわけで、今日は黒木と三上に来てもらったぞ! はい拍手!」
南條先輩の後を追って、大学敷地内の外れにある稽古場にたどり着いた俺たちは、演劇サークルのメンバーから拍手で迎えられる。
しかし、男女共に視線、そして拍手は俺には向けられていないようだ。
「おい見ろよ、三上さんだぜ。学部が違うから見るのは初めてだけど、やっぱりオーラが違うな!」
「やぁん、私と目が合ったわ! 後で連絡先聞きに行っていいかしら……」
「隣の奴は誰だ? 影が薄いけど、座敷童にしては大きいし」
「さぁ、マネージャーか何かじゃない?」
おい、だいぶ失礼な奴らもいるぞ。
どうやら、手放しで歓迎されているのは三上だけのようだ。
大層な出迎えに対して彼女がどういう反応を示すのか、気になって様子を見てみるも、見事なポーカーフェイス。
「すごいな」
「……何がですか?」
「俺だったら、こんなに褒められようものなら3日は口角が上がりっぱなしだぞ」
「……? よく分からないですけど、表情筋のトレーニングに良いですね?」
褒められているという実感がないのだろうか。
演劇サークルの人たちが三上に聞こえないように話しているからというものあるだろうが。
思ったより、彼女は外界に興味がないのかもしれない。
物珍しさと賛辞の言葉が一通り終わると、先輩がこちらに駆け寄ってきた。
……静かな走り方もできるんだな。
「それじゃあ若人達よ、準備があるからそこら辺に座って十分ほど待っていてくれぃ!」
「先輩もまだまだ若人じゃないですか?」
「うるさい! とにかくまっていろぅ!」
荒々しい口調と歌舞伎役者のようなポーズを決めて、先輩は打ち合わせに戻って行ってしまった。
俺たちは言われたまま大人しく座っているが、無言の時間では退屈してしまうかもしれないので、三上に話しかけてみる事にする。
「打ち合わせとか準備とか、二人で見るには大掛かりすぎるよな」
「そうですね。ちゃんと小道具なんかも使ってくれるみたいですし、お金を払わないのが申し訳ないです」
「そうだな。その分しっかりとした感想を伝えられるように頑張ろう」
忙しなく動く団員たちや、彼らの喧騒に気を取られていたが、ふと手元に目を落とすと、三上の華奢な手には例のメモ帳が握られていた。
やっぱり今日も何か書くらしい。
もしかすると、劇中で気になったことなんかをメモっておくためなのかもしれない。
そうして考えを巡らせているうちに、劇の準備が完了したようだ。
先程までわちゃわちゃとしていたのが嘘のように静まり返っている。
そして、部屋が暗くなった。
電気が落とされて十数秒ののち、天井に吊るされたライトが光を放つ。
その先には、南條先輩ただ一人立っていた。
「それでは、ただいまよりサークル『British museum in America』の劇をお楽しみください。タイトルは『令和のなんでやねん』です」
二人でぱちぱちと拍手をしているが、相変わらず訳の分からないサークル名に訳の分からないタイトルである。
アメリカの大英博物館ってなんだよ。
確か、去年の劇のタイトルは『おい、絶対押すなよ?』だった。
でも、舐めてると痛い目を見ると言っても過言ではないくらい、素人目にも脚本や演出が優れているのだ。
もしや、サークル名やタイトルは、その後の演技の感動をより大きくするため、あえて間抜けにされているのか?
……これについては、今考えることではないだろう。目の前のことに集中しなければ。
軽快な音楽が流れ始め、簡単な世界観の説明がされる。
物語は中世ヨーロッパの騎士を主軸とした話のようだ。
本格的にストーリーが始まったようで、右端から誰かが歩いてくる。
「あぁ~、今日はウェーブ姫がいらっしゃる月に一度の大切な日だというのに、彼女を楽しませる準備が何もできていない。どうすればいいんだろうなぁ~」
甲冑を着た兵士が右へ左へ歩きながら悩んでいる。
どうやら、これからウェーブ姫とやらが城か何かを尋ねてくるようだが、彼女をもてなす余興が思い浮かんでいないようだ。
と、悩んでいる兵士が来た方から、もう一つの足音が聞こえてくる。
こちらは忙しなく、歩幅が最初の兵士よりも大きい。
「馬鹿者! まだ用意が済んでいないのか!」
「じ、ジョー隊長、申し訳ありません! なにぶん、姫様を直接拝見するのは今回が初めてでありまして、どんな催しが喜ばれるのか、全くイメージができないのです……」
「ふーむ。そうか……」
今やってきたのは南條先輩だ。
口元に蓄えたブロンドの髭や口調から、兵士たちを束ねる隊長といった役柄だとわかる。
ここから隊長が部下の悩みを解決するという流れなのだろうか。
顎に手を当てて考え込んでいた隊長は、あっと何か思いついたかのように口を開く。
「なら、今から私がウェーブ姫をやってやろう。だから、お前は私を楽しませることで、色々と練習するのだ」
「隊長がウェーブ姫を!? そ、それは……流石に無理があるかと」
「馬鹿者が! 私は姫様がお腹の中にいる時から知っているのだぞ、姫様の真似くらい朝飯前よ!」
「はっ! 失礼しました! それでは、お願いいたします!」
いや、なんでだよ。流れは劇ではなく、完全に漫才である。
本格的な劇を見たことがないから分からないだけで、本当はこういう感じなのか?
三上に驚いている素振りはないし……うわ、まつ毛長い。
目の前では、隊長が姫の真似をすべく、しなしなとした動きを始めていた。
これがまた巧みで、甲冑の音をさせないのが見事だ。
「あら、ここがBritish museum in America城ですのね」
「いやサークル名をいじるな」
……おっと?これは?
南條先輩の後を追って、大学敷地内の外れにある稽古場にたどり着いた俺たちは、演劇サークルのメンバーから拍手で迎えられる。
しかし、男女共に視線、そして拍手は俺には向けられていないようだ。
「おい見ろよ、三上さんだぜ。学部が違うから見るのは初めてだけど、やっぱりオーラが違うな!」
「やぁん、私と目が合ったわ! 後で連絡先聞きに行っていいかしら……」
「隣の奴は誰だ? 影が薄いけど、座敷童にしては大きいし」
「さぁ、マネージャーか何かじゃない?」
おい、だいぶ失礼な奴らもいるぞ。
どうやら、手放しで歓迎されているのは三上だけのようだ。
大層な出迎えに対して彼女がどういう反応を示すのか、気になって様子を見てみるも、見事なポーカーフェイス。
「すごいな」
「……何がですか?」
「俺だったら、こんなに褒められようものなら3日は口角が上がりっぱなしだぞ」
「……? よく分からないですけど、表情筋のトレーニングに良いですね?」
褒められているという実感がないのだろうか。
演劇サークルの人たちが三上に聞こえないように話しているからというものあるだろうが。
思ったより、彼女は外界に興味がないのかもしれない。
物珍しさと賛辞の言葉が一通り終わると、先輩がこちらに駆け寄ってきた。
……静かな走り方もできるんだな。
「それじゃあ若人達よ、準備があるからそこら辺に座って十分ほど待っていてくれぃ!」
「先輩もまだまだ若人じゃないですか?」
「うるさい! とにかくまっていろぅ!」
荒々しい口調と歌舞伎役者のようなポーズを決めて、先輩は打ち合わせに戻って行ってしまった。
俺たちは言われたまま大人しく座っているが、無言の時間では退屈してしまうかもしれないので、三上に話しかけてみる事にする。
「打ち合わせとか準備とか、二人で見るには大掛かりすぎるよな」
「そうですね。ちゃんと小道具なんかも使ってくれるみたいですし、お金を払わないのが申し訳ないです」
「そうだな。その分しっかりとした感想を伝えられるように頑張ろう」
忙しなく動く団員たちや、彼らの喧騒に気を取られていたが、ふと手元に目を落とすと、三上の華奢な手には例のメモ帳が握られていた。
やっぱり今日も何か書くらしい。
もしかすると、劇中で気になったことなんかをメモっておくためなのかもしれない。
そうして考えを巡らせているうちに、劇の準備が完了したようだ。
先程までわちゃわちゃとしていたのが嘘のように静まり返っている。
そして、部屋が暗くなった。
電気が落とされて十数秒ののち、天井に吊るされたライトが光を放つ。
その先には、南條先輩ただ一人立っていた。
「それでは、ただいまよりサークル『British museum in America』の劇をお楽しみください。タイトルは『令和のなんでやねん』です」
二人でぱちぱちと拍手をしているが、相変わらず訳の分からないサークル名に訳の分からないタイトルである。
アメリカの大英博物館ってなんだよ。
確か、去年の劇のタイトルは『おい、絶対押すなよ?』だった。
でも、舐めてると痛い目を見ると言っても過言ではないくらい、素人目にも脚本や演出が優れているのだ。
もしや、サークル名やタイトルは、その後の演技の感動をより大きくするため、あえて間抜けにされているのか?
……これについては、今考えることではないだろう。目の前のことに集中しなければ。
軽快な音楽が流れ始め、簡単な世界観の説明がされる。
物語は中世ヨーロッパの騎士を主軸とした話のようだ。
本格的にストーリーが始まったようで、右端から誰かが歩いてくる。
「あぁ~、今日はウェーブ姫がいらっしゃる月に一度の大切な日だというのに、彼女を楽しませる準備が何もできていない。どうすればいいんだろうなぁ~」
甲冑を着た兵士が右へ左へ歩きながら悩んでいる。
どうやら、これからウェーブ姫とやらが城か何かを尋ねてくるようだが、彼女をもてなす余興が思い浮かんでいないようだ。
と、悩んでいる兵士が来た方から、もう一つの足音が聞こえてくる。
こちらは忙しなく、歩幅が最初の兵士よりも大きい。
「馬鹿者! まだ用意が済んでいないのか!」
「じ、ジョー隊長、申し訳ありません! なにぶん、姫様を直接拝見するのは今回が初めてでありまして、どんな催しが喜ばれるのか、全くイメージができないのです……」
「ふーむ。そうか……」
今やってきたのは南條先輩だ。
口元に蓄えたブロンドの髭や口調から、兵士たちを束ねる隊長といった役柄だとわかる。
ここから隊長が部下の悩みを解決するという流れなのだろうか。
顎に手を当てて考え込んでいた隊長は、あっと何か思いついたかのように口を開く。
「なら、今から私がウェーブ姫をやってやろう。だから、お前は私を楽しませることで、色々と練習するのだ」
「隊長がウェーブ姫を!? そ、それは……流石に無理があるかと」
「馬鹿者が! 私は姫様がお腹の中にいる時から知っているのだぞ、姫様の真似くらい朝飯前よ!」
「はっ! 失礼しました! それでは、お願いいたします!」
いや、なんでだよ。流れは劇ではなく、完全に漫才である。
本格的な劇を見たことがないから分からないだけで、本当はこういう感じなのか?
三上に驚いている素振りはないし……うわ、まつ毛長い。
目の前では、隊長が姫の真似をすべく、しなしなとした動きを始めていた。
これがまた巧みで、甲冑の音をさせないのが見事だ。
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