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黒木くんとメモ帳
変わらない日々 その2
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肩くらいまである、ウェーブ感のある銀髪。毛先は赤く染められており、渋谷の情熱的な顔立ちによく似合っている。
彼女は三上と軽く挨拶を交わし、俺たちの座る机の前に陣取った。
しかし、そのパッション溢れる顔のパーツは、落ち込んだように下を向いていた。
「なんだ……やっぱりできなかったみたいだな」
「やっぱりってなに!? 今回はちゃんと勉強したんだけど!」
今回は……というのは、彼女に怠癖があるから出た言葉ではない。
渋谷は大学生ながら、発展途上のモデルなのだ。と言っても、おそらく発展途上の中では豊かな部類なのだろう。
しばしばファッション誌に載っているし、この間はドラマの仕事が決まりそうだと教えてくれた。
もしかすると、今が過去一番に忙しい時期なのではないだろうか。
にも関わらず、試験のために勉強してきたというのは、褒められることだ。
まぁ、結果は芳しくないみたいだが。
「ほんとに、ちゃんと勉強したんだけど……あの教授の言葉聞いた!?」
「『ここを出すとは言いましたが、その他を出すとは言ってませんよ?』……だったな」
「それ! ほんと意味わかんない! ……いったぁ」
机をバンと両手で叩いたものの、そのダメージが教授へフィードバックするはずもなく、乾いた打撃音だけが響いた。
「もう終わっちゃったもんはしょうがないだろ。人生にミスリードはつきものってことだ」
「なにそのカッコつけた言い方……。もしかして、なおちゃんはできたわけ?」
「ふっ……愚問ってやつだな。三上、教えてやってくれ」
ごくり、渋谷が喉を鳴らす。
圧倒的な自信を感じさせる俺の表情に、彼女は完全に気圧されているようだ。
「試験終わりに明後日の方向を見つめながら『終わった』って言ってました」
「いや全然できてないじゃん!」
当然だ。俺も教授に騙されたうちの一人だからな。
なんだよ「その他を出すとは言ってない」って。詐欺である。
ちなみに「なおちゃん」というのは俺のことだ。
黒木直輝という名前の直を抜き出してなおちゃん。
人にあだ名で呼ばれたことなんて生まれてこの方なかったもので、当初は「これが陽キャ大学生の気軽さか……」と心中で恐れ慄いていた。
「渋谷も俺と同じく試験中の絶望感を味わってくれたみたいで嬉しいよ」
「そんなことで喜ばないで……」
「一緒に来年も受けような、この講義」
「絶対今年単位取るから! とりあえず次の課題は気合い入れてやる!」
流石に一人で来年も受講というのは辛いな。
別に友達がいないわけではないが、たまたま同じ学部ではないのだ。そういうことにしておいてくれ。
「なら、この後3人で課題やりますか?」
傷の舐め合いにすらならない俺たちのやりとりを不憫に思ったのか、三上が提案してくれる。
容姿に優れている者は、それだけで子孫を残すという生物的な目標を達成できる可能性が高いため、反対に頭の中はすっからかんであると聞いたことがある。
もちろんこの論理には偏見や嫉妬が混じっているだろうが、それでもあながち間違いだとは思わない。
しかし、三上は他人が羨むような美貌を持っているにも関わらず、頭脳の方も抜群に優れているのだ。
彼女が教えてくれるのなら、俺に断る理由はない。
「もちろんだ。よろしくお願いします」
「私も今日はフリーだから、お願いします!」
三上先生に向けて、互いに深くお辞儀をする。
「それじゃあ、早速いきましょうか。駅前のファミレスで良いです?」
「全然おっけー! 今日は私がドリンクバー奢ったげる! なおちゃんはデザートね!」
「俺の方が負担が大きいな……まぁいいか」
わざわざ自分の時間を割いて俺たちに勉強を教えてくれるんだ。
見返りがなければ聖人でもキレる。
試験で凝り固まった身体をほぐしながらゆっくりと立ち上がると、感覚がリフレッシュされたからか、先程よりも周りの声が聞き取れた。
「渋谷さんと三上さんって本当に仲良いんだな」
「バッッカお前、二人が『二年生の双天使』って呼ばれてるの知らないのか? なんでも、一年の夏休み明けくらいから仲良いんだとよ」
「へぇ……やっぱり似たもの通しっていうか、美人は美人と仲良くなるんだなぁ」
「それな? 一人でも眼福なのに二人一緒にいたら、百倍癒されるぜ」
俺が命名し、心の中だけにとどめておいた「二年生の双天使」呼びが何故定着しているのかは謎だが、百倍眼福理論には賛同せざるを得ない。
二人なら二倍だろ、という常識にとらわれない理論。それこそが、今後の日本を担っていくのだ。知らんけど。
三上たちの容姿を誉める男子の傍ら、女子たちは別の部分に着目していた。
「そういえばこの間、雑誌のインタビューに書いてあったけど、渋谷さんってジム通ってるらしいのよね」
「それがあのスタイルの秘訣ってわけかぁ……私もジム通いしてみようかなぁ……」
「確かトレーナーさん付けてもらうと月に3万円くらいだった気がする」
「たっか! バイト増やそうかなぁ……」
自分を高めていこうという意欲が素晴らしい。
意中の相手がいるのかもしれないな。そのまま頑張ればきっと振り向いてもらえるだろう。
俺は応援――。
「全然関係ないけどさ、二人の横にいる男子って、友達とかなのかな?」
「いやいや、見てみなよあの影の薄さ。渋谷さんと三上さんのオーラが凄すぎて身体固まっちゃってるんだよ」
「あー確かに。蛇に睨まれた蛙ってやつ?」
「わかんないけどそれそれ!」
うん、俺は後ろの女子の恋路を応援しているぞ。
影が薄いということは自分でも理解しているし、怒ることじゃない。
しかしなんというか、とりあえず彼女たちがこの講義の単位を落とせば良いなと、心からそう思った。
彼女は三上と軽く挨拶を交わし、俺たちの座る机の前に陣取った。
しかし、そのパッション溢れる顔のパーツは、落ち込んだように下を向いていた。
「なんだ……やっぱりできなかったみたいだな」
「やっぱりってなに!? 今回はちゃんと勉強したんだけど!」
今回は……というのは、彼女に怠癖があるから出た言葉ではない。
渋谷は大学生ながら、発展途上のモデルなのだ。と言っても、おそらく発展途上の中では豊かな部類なのだろう。
しばしばファッション誌に載っているし、この間はドラマの仕事が決まりそうだと教えてくれた。
もしかすると、今が過去一番に忙しい時期なのではないだろうか。
にも関わらず、試験のために勉強してきたというのは、褒められることだ。
まぁ、結果は芳しくないみたいだが。
「ほんとに、ちゃんと勉強したんだけど……あの教授の言葉聞いた!?」
「『ここを出すとは言いましたが、その他を出すとは言ってませんよ?』……だったな」
「それ! ほんと意味わかんない! ……いったぁ」
机をバンと両手で叩いたものの、そのダメージが教授へフィードバックするはずもなく、乾いた打撃音だけが響いた。
「もう終わっちゃったもんはしょうがないだろ。人生にミスリードはつきものってことだ」
「なにそのカッコつけた言い方……。もしかして、なおちゃんはできたわけ?」
「ふっ……愚問ってやつだな。三上、教えてやってくれ」
ごくり、渋谷が喉を鳴らす。
圧倒的な自信を感じさせる俺の表情に、彼女は完全に気圧されているようだ。
「試験終わりに明後日の方向を見つめながら『終わった』って言ってました」
「いや全然できてないじゃん!」
当然だ。俺も教授に騙されたうちの一人だからな。
なんだよ「その他を出すとは言ってない」って。詐欺である。
ちなみに「なおちゃん」というのは俺のことだ。
黒木直輝という名前の直を抜き出してなおちゃん。
人にあだ名で呼ばれたことなんて生まれてこの方なかったもので、当初は「これが陽キャ大学生の気軽さか……」と心中で恐れ慄いていた。
「渋谷も俺と同じく試験中の絶望感を味わってくれたみたいで嬉しいよ」
「そんなことで喜ばないで……」
「一緒に来年も受けような、この講義」
「絶対今年単位取るから! とりあえず次の課題は気合い入れてやる!」
流石に一人で来年も受講というのは辛いな。
別に友達がいないわけではないが、たまたま同じ学部ではないのだ。そういうことにしておいてくれ。
「なら、この後3人で課題やりますか?」
傷の舐め合いにすらならない俺たちのやりとりを不憫に思ったのか、三上が提案してくれる。
容姿に優れている者は、それだけで子孫を残すという生物的な目標を達成できる可能性が高いため、反対に頭の中はすっからかんであると聞いたことがある。
もちろんこの論理には偏見や嫉妬が混じっているだろうが、それでもあながち間違いだとは思わない。
しかし、三上は他人が羨むような美貌を持っているにも関わらず、頭脳の方も抜群に優れているのだ。
彼女が教えてくれるのなら、俺に断る理由はない。
「もちろんだ。よろしくお願いします」
「私も今日はフリーだから、お願いします!」
三上先生に向けて、互いに深くお辞儀をする。
「それじゃあ、早速いきましょうか。駅前のファミレスで良いです?」
「全然おっけー! 今日は私がドリンクバー奢ったげる! なおちゃんはデザートね!」
「俺の方が負担が大きいな……まぁいいか」
わざわざ自分の時間を割いて俺たちに勉強を教えてくれるんだ。
見返りがなければ聖人でもキレる。
試験で凝り固まった身体をほぐしながらゆっくりと立ち上がると、感覚がリフレッシュされたからか、先程よりも周りの声が聞き取れた。
「渋谷さんと三上さんって本当に仲良いんだな」
「バッッカお前、二人が『二年生の双天使』って呼ばれてるの知らないのか? なんでも、一年の夏休み明けくらいから仲良いんだとよ」
「へぇ……やっぱり似たもの通しっていうか、美人は美人と仲良くなるんだなぁ」
「それな? 一人でも眼福なのに二人一緒にいたら、百倍癒されるぜ」
俺が命名し、心の中だけにとどめておいた「二年生の双天使」呼びが何故定着しているのかは謎だが、百倍眼福理論には賛同せざるを得ない。
二人なら二倍だろ、という常識にとらわれない理論。それこそが、今後の日本を担っていくのだ。知らんけど。
三上たちの容姿を誉める男子の傍ら、女子たちは別の部分に着目していた。
「そういえばこの間、雑誌のインタビューに書いてあったけど、渋谷さんってジム通ってるらしいのよね」
「それがあのスタイルの秘訣ってわけかぁ……私もジム通いしてみようかなぁ……」
「確かトレーナーさん付けてもらうと月に3万円くらいだった気がする」
「たっか! バイト増やそうかなぁ……」
自分を高めていこうという意欲が素晴らしい。
意中の相手がいるのかもしれないな。そのまま頑張ればきっと振り向いてもらえるだろう。
俺は応援――。
「全然関係ないけどさ、二人の横にいる男子って、友達とかなのかな?」
「いやいや、見てみなよあの影の薄さ。渋谷さんと三上さんのオーラが凄すぎて身体固まっちゃってるんだよ」
「あー確かに。蛇に睨まれた蛙ってやつ?」
「わかんないけどそれそれ!」
うん、俺は後ろの女子の恋路を応援しているぞ。
影が薄いということは自分でも理解しているし、怒ることじゃない。
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