三上さんはメモをとる

歩く魚

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特訓とメモ帳

人間観察をしよう その5

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 カップルは上階の服屋の敷居を跨いだ。

「私たちも入ってみましょうか」
「そうだな。三上は……こういう系統の服って着るのか?」
「一度は経験だと思って着てみようかな……って思ったことはありましたね。でも、外に着ていくには恥ずかしいし、結局試せずです」
「わかるぞ。俺も、誰とも海に行く予定がないのに水着を買おうとしたことがあるからな」

 彼女がいたたまれなさそうな表情をしてくれたことで、俺の共感が間違っていると理解できた。
 過度な自虐は良くないと心に刻んでおこう。

「こうやって一緒に服を見るのって、この前のことを思い出しますね」
「ん? あぁ、そうだな」

 三上の言う「この前の」とは、ショッピングモールの時だろう。
 あの時のちびっこは元気だろうか。
 そんなことを考えながらカップルを観察していると、彼女の方のお眼鏡にかなう品があったようで、店員に一言断って試着室へ入って行った。

「このあと彼氏がどんな反応をするのか、彼女がそれにどう返すのか……役作りには重要だろうな」
「彼女さんが試着室に入った瞬間にスマホを取り出すのがリアルでいいですね」
「あぁ、このまま……まみ? えみ? さんが出てくるまで待って――」

 待っていよう、そう告げようとした俺の言葉は「あっ」という甲高い声によって遮られてしまう。
 視線をやれば、1人の気の強そうな女性が俺たちをロックオンしていた。
 フロアを我が物としているような威風堂々とした立ち振る舞いから考えるに、この店の従業員……それもかなりの経験を積んだ猛者だろう。

「わぁ~綺麗な彼女さんですね~!」
「あぁいや、彼女ってわけ――」
「しかも髪もすごくお綺麗です~! どこのトリートメント使ってらっしゃるんですか? っていうか、雰囲気的にあんまりウチの服とか着なさそうな感じなのに、もしかして彼氏さんの趣味ですか~? アツいですね~このこの! それで、今日はどういった服をお探しなんですか? 今期のトレンドはレイヤードなんですよね。でも、お姉さんは線が細いからそれを活かした方がいいかなぁ。だったらリボンとかいいと思います! リボンってガーリー系のイメージがあると思うんですけど、最近はめっちゃ流行ってるんです。強めのコーデにリボンつけて中和? 相殺って言うんですか? する感じで~」

 一分の隙もないマシンガントークに三上すら押され気味だ。
 俺といえば、かろうじて「相殺しちゃダメだろ」と思っただけで、残りの言葉は耳から耳へとすり抜けて行ってしまう。

 (な、なぁ……)

 いまだに店員さんの、どこに息継ぎポイントがあるのか不明なセールストークは続いているが、小声で三上に話しかける。

 (これ、いつ終わるんだろうな? マシンガンどころか機関銃トークだ)
 (そうですね……頭の中で言葉がぐるぐる回ってる感じがします)

 言葉の中毒症状のようなものが出始めたところで、試着室からカップルが出てくる。
 それに気がついた店員さんは、俺たちにニコリと笑みを浮かべながらカップルの方へ歩いて行った。

「い、今だ、行こう三上」
「カップルさんたちの観察ができないのは残念ですけど、このままだと任務の続行に支障が出ますもんね。戦略的撤退です」

 ・

「――ふぅ。なんとか撒けたみたいだな」

 頷く三上。
 俺たちは服屋を出ると、一目散にエスカレーターで上階へと向かった。
 振り返るが、店員さんが追いかけてきている気配はない。そりゃあそうだ。

「この階にはなにがあるんですかね?」
「えっと、フロアガイドによると――なんだこれ?」

 俺の言葉を聞き、三上もフロアガイドを確認すると「これはプリクラですね」と言った。

「プリクラって、こんなに場所取るのか?」

 恋人は小説だと言えるくらい恋愛に縁のない俺だが、プリクラという存在くらいは知っている。
 だが、それでも今俺が見ているフロアマップに描かれているほど場所をとるとは思えない。

「確かにプリクラの機械自体はすごく大きいわけじゃないんですけど、色々機種があるんですよ」
「機種?」
「一口にプリクラって言っても、顔にかけられる加工のタイプが違ったり、出てくるシールの形や用途が違ったり、あとは最近だと、エレベーター風の部屋で撮るプリクラなんていうのも流行ってるらしいですね」
「エレベーターでプリクラって……ちょっとホラーチックじゃないか? ほら、人が忽然と姿を消す瞬間の監視カメラ映像みたいな」
「ふふっ。相変わらず面白い着眼点ですね」

 この考え方は、少なくとも女子には一般的ではないらしい。

「百聞はって言いますし、撮りに行きますか?」
「撮りにって……俺たちでプリクラを!?」
「はい。嫌でしたか?」
「い、嫌ってわけじゃないんだが……」

 落ち着け、と俺は自らの心臓に語りかける。
 彼女にとっては当然なのだろう。
 ふと、街中で女子がスマホを触っている姿を見かけることがあるが、その多くがスマホケースに友達や彼氏とのプリクラを挟んでいる。
 三上はそういったものを持っているところは見たことがないが、陽のオーラが凄まじい渋谷と出かけるとなると、きっとプリクラも撮っているはず。
 女子にとって、プリクラはコンビニに行くようなものなのだろう。
 だから、三上が言った「撮りに行きますか」というのも「ちょっと自販機で飲み物買っていい?」と同じ難易度のもので、そこには好意など微塵も含まれていない。
 むしろ生理的に嫌われていないのだと喜ぶべきだ。

「よ、よひ、行こう」
「良かったです」
「でも、あんまり慣れてないから、どの機種がいいとかは三上に任せるよ」
「わかりました。わたしもそれほど詳しくないんですけど、頑張りますね」

 俺が噛んだことは間違いなくバレているだろうが、何はともあれ、俺たちはプリクラを撮りに歩き出した。
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