守ってあげます、旦那さま!〜筋肉が正義の家系で育った僕が冷徹公爵に嫁ぐことになりました〜

松沢ナツオ

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1章

氷原の悪鬼 3

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「皆、落ち着いて。そもそも、皇帝は本気で言ってるんでしょうか」

 正直、タチの悪い冗談にしか聞こえない。だって、皇族には王太子以外の男子はない。王太子には兄がいたそうだけど、夭折していてスペアがいないのだ。
 王弟も故人となると、その息子である現ヘリオドート公爵リオネルが王位継承権第二位。そんな重要な人物に同性婚を強いるなんてどうかしている。

「臣下が居並ぶ場で通達されたんだ。本気に決まっている!」

 父が忌々しそうに言ったあと、小声で「あん時殺っときゃよかったか……」と呟く。物騒すぎる。でも、ようやくこの命令が本気だと分かって、遅れて怒りが湧いてきた。

「嫌がらせに僕を使うなんて性格悪すぎですよ。それに、ベニトア家にも喧嘩を売っているのと同然では」
「善人の皇帝なんぞいるものか。不平等な同盟を組んだのは前皇帝だが、自分の妻となる女の処遇は現皇帝のアイデアだ。非情な決断ができなければ、強大な帝国をまとめられん」

 ということは、人質同然の皇后を妻に迎えると決め、監視下に置いたのが現皇帝ということだ。背筋がスッと寒くなった。

「そういうものですか……」
「ああ。見せしめに処断したり、一族郎党を処刑したりしなければならん時もある。耐えられない奴には務まらん。それは、当主も同じだが」

 僕も領都の警備隊を任されているが、仲間として楽しく過ごしたいと考えている。それは甘いのかな。強くなるため、冷酷にならなければいけないのだろうか。
 でも、そこまでして後継者の地位を奪いたいのなら、リオネルという男に問題があるのではないだろうか。

「もしかして、うっかり皇帝になったら困る無能なのでしょうか?」
「いや。父上のアロイス様に似て聡明で、名門貴族の多くが好意的だ。指導したことがあるが武術の才能もある。まぁ、我が家ほどじゃないがな。お前が女子なら結婚相手として最適ではある」

 リオネルに随分好感を持っていて、剣術も秀でているのか。きっと体格もいいはずだ。

「他国から嫁いで虐げられてきた皇后にとって、実子の即位は悲願。だが、悲しいかな、その王太子は秀才だが病弱。支持者が多いリオネルは、常日頃から命が危険にさらされているってわけだ」
「なるほど……」

 皇都に行ったことがないから実情を知らないが、推測では派閥ができるほどリオネルは王太子より人気がある。でも、皇帝も実子を優先したいだろうし、冷遇されてきた皇后にはもっと目障りに感じるだろう。義理の甥が即位するなんて、阻止したい気持ちは理解できる。

「でも……いい迷惑ですよね!? 僕の人権無視じゃないですか!」

 全員が頷く。今は好きな人なんていないし恋愛に興味もないけれど、いつかは結婚して家族を持ち、領地に貢献するという目標があったのに人生設計ぶち壊しだ。
 でも……ふと思いついた。

「父上、彼が悪い人間じゃないのなら、僕が行くのは護衛だと考えたらどうですか。少なくとも、見込みがあると思っているのでしょう? 言い方は悪いですが、王太子殿下に御兄弟がいないなら、唯一のスペアですし」
「護衛……。そう考えればどうにか我慢できるか」

 父も自分の中で落とし所を作ろうと必死なのだろう。大きく息を吐いて天井を見上げた。

「グレゴリー兄さんは知ってるんですか」
「ああ。教えたらタウンハウスの椅子を二脚ぶち壊した。公表されるまで口止めしてきたが心配だ」
「えええ……」

 今頃大荒れなんじゃないだろうか。周りの人が怯えていないか心配になった。

「話はまだ終わらんぞ。皇帝直々に婚約披露宴の場を作るから二週間以内に皇都へ来いとさ」

 室内の気温が急落したように感じた。父は目をカッと見開いて怒りを抑えているし、ジョナサン兄さんは拳を握りしめている。母は見られたくないのか、完全に顔を扇で隠してしまった。

「二週間なんてろくな準備ができないじゃないですか!」

 衣装を仕立てる時間もないし、嫁入り? の準備もある。

「あ、男子でも持参金は必要なんですか? 用意してないですよね」
「それくらいどうにでもできるわ」

 母は戦闘前の騎士みたいな鋭い視線で父に宣言した。

「あなた、わたくしに任せてちょうだい。ベニトア家の格を見せつけてやりましょう。」

 普段おっとりしている母が別人に見えた。情報が多すぎてついていけない。

「もちろんだ。そなた以上の適任はおるまい。奴らは俺たちにも恥をかかせる気だろう。だが、そうはさせん」

 父が立ち上がり、威圧で思わず一歩後ろに下がってしまった。

「オリヴィン、カミュは外で控えているはずだ。呼んでこい。だが、部屋に入るまで何も話すな」
「はい!」

 僕は弾かれたように振り向いてドアを開けると、カミュはドアの真横で控えていた。

「おや、坊ちゃん。どうなさいました」
「仕事に戻らなかったんだね」
「はい。必ずお呼びかかると思ったので」

 過去に同じことがあったのかな。父の行動はお見通しなのだろう。外に声は漏れていたかもしれないけど、詳細は分からないはず。

「父上が呼んでいるんだ。来て」
「分かりました」

 迷いなく答えて僕の後ろをついて来る。

「旦那様、お呼びでしょうか」
「おまえに重要な任務を与える。十日以内にオリヴィンの婚約披露の準備を整え、皇都へ旅立てるようにしろ」
「ついにご婚約ですか! おめでとうございます! しかし、十日とはずいぶん急なお話ですね。お相手はどちらのお嬢様でしょう」

 無邪気に祝いの言葉を述べるカミュ。でも、渋面で腕組みしている父のこめかみには血管が浮いている。

「旦那様……?」

 僕は、二人の様子をただ見守るしかなかった。

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