オッドアイの守り人

小鷹りく

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練習台

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中野の事を調べれば調べるほど、彼の言うとおり、伊集院家に正式に雇われ、報告をしているだけという現実が染谷親子を苦しめた。不穏な動きに違いはなく、守り人である染谷を通さず伊集院家に報告が行くのは不自然なはずが、正当性を認めざるを得なかった。それは確実に海静の叔父・秋成による権力の行使を意味する。

染谷親子を不信しているのか、何かを企てているのか、どちらにせよ、能力者の守り人は能力者を守る為に存在し、その権威は能力者の次とされていた為、秋成の中野を利用した内偵行為は伊集院家の能力者に対する裏切りである。しかしなぜそのような事をせねばならないかが解せない。

真相解明の為の選択肢は二つだった。

一つは中野を開放して泳がせ、背後にある得体の知れない目論見を明確に突き詰める事。

そしてもう一つは海静の能力による制御で中野から本当の事を聞き出す方法だった。

実質海静の力の制御にはまだ一度も成功していない為、練習が必要だがその度に海静が気絶してしまうかどうかも未知であった。

真に能力者の味方である染谷親子が決断したのは後者だった。海静の能力が使えるものにならない限り、彼は守られなければ生きていけぬ弱者のままである。

彼自身で力を自在に操り、能力者の存在意義や尊厳を手にし、壮絶で陰気な過去を克服すれば、海静は闇から解放され、生きる意味を見出すだろう。それは守り人である染谷良臣の切なる願いでもあった。
それに前者の選択肢を選び中野を解放しても中野を消されてしまっては身も蓋も無いとも予想された。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


何日か経ったある日、する事もなく暇を持て余していた中野は、突然連れ出された。やっと解放されるのか!と安堵した中野であったが、それは果たして虚しい勘違いであった。自分のいた部屋から出て5分後には腕を縛られて、20階の道場に立たされていた。

まさかまた実験台にされると予想していなかった中野は突然の恐怖に体をガタガタ震わせる。

感情に溺れる感覚は、柔術の練習で首を絞められて我慢しながら抗い、それでも落ちて行く肉体の恐怖とは比べ物にならない。心と頭の中で沸き立つ恐怖や激烈な感情の起伏、そして溺水するような肉体の苦しさの二重苦を味わうことになる。中野は口を割ることも出来ず、気丈に振る舞おうとしていたが、脅威に体が言う事をきかなかった。


「染谷さん、お、俺が知ってる事は本当にあれで全部なんだよ!だから、この訓練はやめてくれ!」


「おや、幽閉していた時とえらい違いじゃな。そんなに海静様のお力が怖かったか。」


「怖いも何も、溺死するのかと思うくらい苦しいんだ。練習台にされるってわかってたら素直について来たりしてない!やめてくれ!頼む!」

染谷父は顔色も変えず中野が逃げぬ様、侮蔑を孕んだ目をして冷ややかに言う。

「お前が話そうとも話さまいとも、海静様には練習が必要でな。あの方の力が落ち着けば、開放してやらんでもない。滅多に経験できるもんでも無いからな、たっぷり味わうといい。」


「もう味わったんだ、もうあんな思いはしたくない!」


海静と染谷息子・良臣は遅れてやってきた。

海静はあれからずっと肉体の鍛錬を行なっている。少しだが前よりも筋肉がついていた。痩身に薄っすらと筋肉が備わり、顔立ちや出で立ちは染谷を従え、依然とはまるで違う雰囲気の人に見える。

染谷は海静の後ろに控え、毅然と静かに主人を守る構えだ。誰から見ても主人と従者である。


「お父様、お待たせしましたか?」

「いや、構わんよ。海静様、練習台です。思う存分特訓下さい。」

「ありがとう、染谷。」

海静はどこかしら自信に満ち、妖艶なベールを身に纏っているように歩き、道場の中心に足を運んだ。
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