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第二部 オッドアイの行方ー失われた記憶を求めて
報酬
しおりを挟む後日、ダオ夫人はアポを取る事なくオフィスにやって来た。俺は素早くカツラを被り伊達眼鏡をかける。今日はジェスも居ないので、俺一人でお茶出しもしなくてはいけない。
「すいませんね、今日はお茶汲みしてくれる子が居ないんで、お茶美味しく入れれるかわかんないですけど。」
「良いのよ、私アポも取らずに来たのだし。」
夫人は前回と変わらずサングラスをかけていたが、船の上で見たよりも格段に上品に見えた。おしとやかに映る水色のワンピースを来て、高いピンヒールからパンプスに様変わりした靴は、歩く音も耳に優しい。何だか雰囲気まで違う人のように優雅だ。俺は断然こっちの夫人の方が魅力的だと思う。まぁ俺の好みなんかはどうでも良いのだが。
約束の期日より早く報酬の残額を持ってきた彼女は嬉しそうに話した。
「カイさん、ありがとう。主人、あれから愛人二人と別れたのよ。きっぱり!あんなに渋ってた二人を説得して。そしてあなた完璧な治療を施してくれたのね。彼、今別人の様に私を大切にしてくれるの。今まで忙しいんだって家に殆ど居なかったのに、今は暇があれば私と居たいって宝物の様に扱ってくれるの。こんな事結婚してから始めてだわ。」
「それは何よりです。彼はあなたから離婚を切り出すまで良い夫であり続けるでしょう。」
俺の言葉に夫人は目を潤ませたが、俺としては別人のようだという報告は、内心複雑だ。
「別れて欲しいなんて決して思わないわ。今は理想の夫よ。あなたには何てお礼を言えば良いのか分からないくらい。感謝しているわ。
今は新しい映画の構想に力を注いでいて、仕事は前より真面目にしているのに、夫婦の時間もちゃんと取ってくれて、私とても幸せなのよ。」
そう語る夫人の顔はこの前来た時とは別人に見える。まるで憑き物が取れた様だ。浮気相手にやきもきすることも無く、嫉妬心から解放され、夫から宝石の様に扱われ、心に余裕が出来たのだろう。夫の心を引き留めるための露出が多い服装を止め、年相応に見合った服装をする事は、彼女本来の美しさを引き立てていた。そして話し方、立ち振る舞い、一挙一挙に幸せが滲んでいる。
楽しい仕事ばかりではないが、こうやって喜んでくれている人を見るのは好きだ。苦労した甲斐がある。
洗脳された人の人生を左右してしまう事に罪悪感を感じる事は多い。人の心を制御してしまうことは、その人の自由を奪う行為だ。俺は仕事の度にその人の人生自体をコンロールしてしまっていると言う大きな罪の意識を抱える。今回の様に浮気性を治すだけならましなのだが、たまに良心を苛む依頼もあるのだ。
無理をしてまで受けることは無いが、フィクサーの仕事は俺の心の一部を削っていく。依頼をこなす度に削られ、削りカスは腹の中に重い罪の石を生み出し、その石は決して出ていくことは無く、腹の中で積み重なっていく。
依頼人が少しでも喜んでくれれば、それは辛うじて心の糧となる償いのカケラとなり、俺はそれを削られた一部にあてがって、心の傷を埋めていく。張りぼての継ぎ目が増える度、心は重くなっていった。
俺は出来る限り金額が大きい仕事を数少なく受けて、新たな傷を増やさない様に努力した。ギリギリの生活でいい、生きていければそれで…。
渡された封筒の中身を数えると、今回はありがたい事に過分に色が付いていた。二万の筈が三万入っている。一万も上乗せするとは、さすが世界的に有名な監督の奥さんだ。洗脳の犠牲者は一人、救われた女性は三人、悪くない。
俺は本当にこんなに貰って良いのかと一応彼女に尋ねたが、彼女は『眉唾だと思っていた浮気性の治療は本物だった、いつそれを施したのかわからないが、対価としては安い位だから受け取ってほしい』と言った。
これであと半年は依頼を受けずに過ごせる。俺はしばらく何の罪も犯さず生きていけることを素直に喜び、金を受け取った。
今日はフィンとジェスにご馳走しよう。数枚お札を抜き出すとポケットに入れ、残りを部屋の金庫にしまった。
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