【完結（続編）ほかに相手がいるのに】

～拓海～

ハラスメント

男は今、チャンス、到来と口にした…。

それは一体、どういう意味なのか…。

俺は困惑しながらも、頭の中で考える…。

・・・・・・・・・・・

どうやら長谷川が彼女にフラれたらしい。

やった、やっと、チャンス到来だ。
色恋沙汰に頭を使うくらいなら、ぼうっとしてないで、もっとまともに仕事しろ…なのか…

もしくは…

やった、俺に彼女がいないにもかかわらず、おまえなんかに可愛い彼女がいてたまるか、ざまーみろ…なのか…

いやいや、あるいは…

やった、実は俺も彼女にフラれたばかりだ、コイツもフリーなら、これでコイツを誘って毎日飲みに行けるぞ…なのか…

「チャンス…あ…あの…　それって、どういう…？てか、フラれたとか勝手に…話、進めないでください。」

この男の言っている意味を、頭の中でグルグル考えても、全く答えが出てこない…。

文脈的に、一番想像したくない…、なんともいえない想像もできなくはないが、それはきっと、ありえないはずだとなんとかその嫌な想像を飲み込み、なんとか言葉を繋ぐ。

「…なんだ、違うのか…？俺にはずっとそんな風に見えていたが…。ここ最近君は、ため息も多いし、窓の外をぼんやり眺めていることも多かったし…スマホも触り過ぎだろう…メールの確認なのかな、ってさ…。」

「…　そ…それは…　まあ、色々あって…」

「…ふうん…じゃあ、フラれたわけではないのか…？本当に…？」

男の眼鏡の奥に光る眼が、その眼光が…正面から俺に突き刺さるようで、俺は思わず目を逸らす。

それと同時に、直属の上司が部下に、
ここまでプライベートなことを根掘り葉掘り聞くのはいかがなものかという、そんな反発心も浮かんできてしまう。

俺は静かに、戦闘態勢に入る。
こんな場所で、こんな尋問されてたまるか…
そもそも、葉月にフラれたなどと認めることすら、いまだ、自分の中でできていないってのに…。

「それって、ここで、…あなたに…課長に、答える必要、あります…？すげえ、プライベートな話なんで、言いたくないっつーか…マジで、ちょっと嫌な気持ちなんですけど…ハラスメントに近いっていうか…」　　

いや、近いじゃなくて、これは完全にハラスメントだろう。

少し乱暴な口調になってしまったなと思いつつも、怒りにも似た感情が心を占め始めているから仕方ない。

なんで、フラれたとかどうとか、葉月のことを、そもそも上司に報告せねばならない…？
関係ない…仕事とは全く関係のないことだし、これはある種のハラスメントに違いない…そう、思ってしまった。

俺の苦情に慌てたのか、もしくは睨みつけた視線に臆したのか、意外なほどに男は直ぐに引き下がった。

「おっと…これは申し訳ない…調子に乗ってズカズカ聞いてしまったね…撤回するよ。君にハラスメント発言なんてする気はない…いや、もうしてしまったのかな…申し訳ない。あ、きたきた、とりあえず食べよう。ね？」

男は特に悪びれもせず、俺に微かに微笑んでくる。
やけに整った顔立ちのために、その笑顔が絵になるのが、なんとなくムカつく…。

「…はあ…」
すぐさま発言を撤回した調子のよい男を前に、俺はため息をついて、コップの水を飲みほす。

「お待たせしました。」

カタカタと、パスタの皿が置かれていくさまを、ぼうっと見つめる。

「すまない、君との食事が嬉しくてつい、調子に乗って言い過ぎた…さあ、食べよう…」

「…はあ…？　はあ、まあ、いただきます…。」

俺との食事が嬉しい…？
マジでコイツの発言…意味、不明だ…。

俺は力なくフォークを手にして、パスタをフォークに巻きつけた。