【完結（続編）ほかに相手がいるのに】

～拓海～

異変

「瑠衣…？　どうした…？」

「…　…　…」

無言のままの瑠衣が、下を向いたまま動かない。

どうしたんだろう…。

瑠衣の沈黙が、やけに長い…。

俺は、気付かぬうちに何かとんでもない失言をしてしまったのだろうかと、自分のした発言に思いを巡らせる。
瑠衣に関する何か、話をしただろうか…？

いや、瑠衣のことには一切、触れてないはずだけど…。

「瑠衣…　…？」

「…　どうして…　そんな…　」

俺がああでもない、こうでもないと考えている最中、やっと、瑠衣が口を開く。

瑠衣らしくない、とてもか細い声だった…。
声が震えているように聞こえるのは、気のせいだろうか…。

「え…？」

俺は瑠衣を見つめる…

「拓海君は…どうしてそんな、他人事ひとごとなの…？なんで、もうダメなんだと思う…とか、そんな他人事で、葉月ちゃんとのこと、片付けちゃうの…？そんな…もの…？拓海君はそれで、いいの…？」

「…え…　あ、……　」

瑠衣が言ったことは…
まさに、さっき俺が頭の中で思ったこと、そのものだった…。

ひとごと…　

そうだな、俺は…
まるで、他人事のように、葉月との別れを、理解した…そして、瑠衣に語った…。

今思えばきっと、他人事で片付けたかったのだ…。

俺の話ではない、どこか遠くの…別の奴の、ちょっと不幸な男の、彼女との別れ話。

そう…　
そんな風に、思いたかったのだ…。

認めたくは、ない…。
本当は心から、認めたくはなかった。
今だって、そうだ…。

あいつとの別れを…
何年も付き合って来た葉月との別れを…素直に、簡単に…認めることなんて、できるわけがない…。

　　　　　　　　　　　　俺は、嫌なのだ…。

本当は、嫌で仕方ないのだ…。

葉月が俺のもとを去るのも…　　
葉月が、他の男に…あの男に、抱き締められるのも…キスされるのも…もう、何もかも…。

気が狂いそうなほどに、嫌で…　嫌、過ぎて…

「はは…　確かに…　」みっともない男だ…ただ、そう思った…。

「…　拓海君はそれでいいの…？本当に、吹っ切れるの…」

瑠衣が、顔を上げて、今度は正面から俺を見つめる…。

その眼が、今までの瑠衣とは違う…なんだろう…　怒っているようにも見える。

「…　まだ、未練があるんじゃないの…？てか絶対、拓海君は…葉月ちゃんを今も、好きだよね…？」

「は…　そ…それは、まあ…　そう…かも、しれない…でももうさ…マジで、どうしようもないんだ。これ以上俺がどう動いても、足掻いても…もうなんも変わんねえし、むしろもっと嫌われる…。」

なんだ、この歯切れの悪い回答は…。

そう思ったが、不器用な俺は、ここでも上手に嘘をつけなかった。
俺はまだ葉月を好きなのだ…　未練がないと言えば、嘘になる。

「はあぁ～…　もうやだ…　なんかすっごい中途半端…」
瑠衣が、大袈裟なほどに大きなため息をつく。

「…　…　は　…　…？」

「拓海君は…ほんっと罪な人だよね…罪な男…もういい…もう、いいや…ちょっとなんだか、疲れちゃった…ごめん、私の話、とりあえず聞いてくれる？」

「…あ…？　ああ…」

瑠衣がいきなり正座をして、俺の方に向き直るもんだから、俺も思わず、姿勢を正す。

「実はね、私…　…　」
いつになく神妙な面持ちの瑠衣に、茶化すことすらできない。

「　ああ…　」　
なんだ…何を言おうとしてる…？

おまえは今日の俺を少しおかしいと言ったが、おまえも…なんか変だぞ……

　　　俺は瑠衣の言葉に、静かに耳を傾けた。