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怪盗との邂逅
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外が暗くなった時間にふと、オニキスは十分な睡眠を取ったことと外野の騒がしさで目を覚ました。今が何時なのかはわからない。上半身を起こして周りを見る。
真っ暗な部屋に白いシーツやベッドが妙に浮いて見えた。チャロアの荷物の入ったバッグが開いていて、タオルだのが飛び出している。かつ、シャワー音が聞こえるため、チャロアはそこだろうと当たりをつけた。
目をこすりながら、なんとなく扉を見た時に。
がちゃん、きぃ……
閉まっていたはずのドアが、ささやかな音で開く。いっそ、不自然なほどに。ドアノブが捻られた音を聞いた時点で、オニキスはさっとベッドへともう一度潜り込んだ。
そんなオニキスに、侵入者は足音なく、真っ直ぐに近づいてきた。
「嘘寝は狸よ、小うさぎちゃん」
艷やかなのに、冷えた声が笑ったことで悟った。狸寝入りがばれていると。
せめてチャロアだけは守らなければと、布団を自ら剥いでベッドから降りると、オニキスは不審者に対峙した。
口元だけが見える、笑っている白い仮面と一つに結んだ黒髪。黒いローブを着ていて仮面だけが浮いているように見えて怪しい以前に怖い。
「誰かしら、知り合いに不審者はいないのだけれど」
「あら、ご挨拶にきたのよ。『叫び』はもらったから、御暇する前に」
「ああ、あなたが怪盗さんなのね。驚いたわ」
「言うほど驚いて居るようには見えないけど……返せとは言わないのね?」
白く浮かび上がった仮面が斜めになる。首を傾げているらしいが正直不気味かつ怖い。そう言いたいのを堪えて、オニキスは質問されたことに答えた。
「返しようがないわ。あれは……結局届かなかったものだもの。ただ、お願いならあるわ」
「探偵が怪盗にお願いなんて、楽しそうね?」
「盗んだ『叫び』は海の向こうに届けてちょうだい。たとえ、もう叫んだ本人がいなくても。必死に手を伸ばした証を消してしまわないで。わたくしの助手が、助手なら。そう言うはずだから」
「元々そのつもりよ。助手さんとは良いお友達になれそうだわ。さぁ、小うさぎちゃんはおねむの時間よ」
ぷしゅっ。
何かが顔にかけられる。その途端頭がぐわんと大きく揺らいで何も考えられなくなっていく。まずい、と思うよりも先に、扉の開く音とチャロアの「うわっ!」と言う声が聞こえた気がした。
「先生、先生っ!」
泣きそうに呼ぶ声がする。この声はチャロアだ。突然押しかけてきて、オニキスの心というものがあるのならそこに、当然のように居座る自称・助手。
けれどもこんな、苦しげな声で呼ばれたことはない。
どうしたの? わたくしが聞くからね、それで我慢して。そういえば、どうして眠っているのか。眠る前に、何か……。はっと思い出したと同時に目を開く。
「先生!」
安堵の声で呼ばれ、オニキスはチャロアを見て驚いた。目が充血していて、安心に笑った瞬間涙の玉が落ちた。見た限り、時間は昼頃。外は依然ばたばたと騒がしく、チャロアとオニキスだけが取り残されたようだった。
そんなことよりも、なぜチャロアが泣いているのか、目が充血しているのはなぜなのかを尋ねるほうが重要だった。
「どうしたの? なぜ泣いているの?」
「なんでって……先生が、朝になっても全然目、覚まさなくて。昨日変な人がボクにぷしゅってやったから、先生にもやったのかもって。そのせいで起きなかったらって、どうしようって……うぅー!」
怒ったように捲し立てたチャロアだったが、目から勝手に溢れる涙に悔しさが混じる。鼻がつんっと痛んで、目の奥が熱くなる。なんで、こんなにも心配したのに。また失うことが怖くてたまらなかったのに。当の本人は「なぜ泣いているの?」だなんて。
ぼろぼろ溢れる涙が、オニキスのベッドに染みていくのを見ながら、唸っていると。
「……心配、かけてごめんなさい?」
小さな声で、これであっているのかわからない、答え合わせをするようにチャロアを見上げ、言ったオニキスを。
チャロアは「本当ですよ!」と言って抱きしめた。
「にしても、先生の目も赤くなっちゃってますね」
「え!? あなたの目も赤いわ、なんで」
その瞬間、二人して思い浮かんだのは不気味な白い仮面。怪盗に眠り薬の類だろう物を吹きかけられた記憶。
途端にいい笑顔で、チャロアが。
「今度もし遭遇したら思いっきり関節技を決めてやります」
「相手が痛がっても三十秒は止めちゃだめよ」
「もちろんです!」
お互い、充血した目を抱えてにっこりと凄みのある笑顔で笑った後。
少しでも充血を軽くするために、ホットタオルをルームサービスで頼み。三十分ほどで赤みは取れたのだった。
真っ暗な部屋に白いシーツやベッドが妙に浮いて見えた。チャロアの荷物の入ったバッグが開いていて、タオルだのが飛び出している。かつ、シャワー音が聞こえるため、チャロアはそこだろうと当たりをつけた。
目をこすりながら、なんとなく扉を見た時に。
がちゃん、きぃ……
閉まっていたはずのドアが、ささやかな音で開く。いっそ、不自然なほどに。ドアノブが捻られた音を聞いた時点で、オニキスはさっとベッドへともう一度潜り込んだ。
そんなオニキスに、侵入者は足音なく、真っ直ぐに近づいてきた。
「嘘寝は狸よ、小うさぎちゃん」
艷やかなのに、冷えた声が笑ったことで悟った。狸寝入りがばれていると。
せめてチャロアだけは守らなければと、布団を自ら剥いでベッドから降りると、オニキスは不審者に対峙した。
口元だけが見える、笑っている白い仮面と一つに結んだ黒髪。黒いローブを着ていて仮面だけが浮いているように見えて怪しい以前に怖い。
「誰かしら、知り合いに不審者はいないのだけれど」
「あら、ご挨拶にきたのよ。『叫び』はもらったから、御暇する前に」
「ああ、あなたが怪盗さんなのね。驚いたわ」
「言うほど驚いて居るようには見えないけど……返せとは言わないのね?」
白く浮かび上がった仮面が斜めになる。首を傾げているらしいが正直不気味かつ怖い。そう言いたいのを堪えて、オニキスは質問されたことに答えた。
「返しようがないわ。あれは……結局届かなかったものだもの。ただ、お願いならあるわ」
「探偵が怪盗にお願いなんて、楽しそうね?」
「盗んだ『叫び』は海の向こうに届けてちょうだい。たとえ、もう叫んだ本人がいなくても。必死に手を伸ばした証を消してしまわないで。わたくしの助手が、助手なら。そう言うはずだから」
「元々そのつもりよ。助手さんとは良いお友達になれそうだわ。さぁ、小うさぎちゃんはおねむの時間よ」
ぷしゅっ。
何かが顔にかけられる。その途端頭がぐわんと大きく揺らいで何も考えられなくなっていく。まずい、と思うよりも先に、扉の開く音とチャロアの「うわっ!」と言う声が聞こえた気がした。
「先生、先生っ!」
泣きそうに呼ぶ声がする。この声はチャロアだ。突然押しかけてきて、オニキスの心というものがあるのならそこに、当然のように居座る自称・助手。
けれどもこんな、苦しげな声で呼ばれたことはない。
どうしたの? わたくしが聞くからね、それで我慢して。そういえば、どうして眠っているのか。眠る前に、何か……。はっと思い出したと同時に目を開く。
「先生!」
安堵の声で呼ばれ、オニキスはチャロアを見て驚いた。目が充血していて、安心に笑った瞬間涙の玉が落ちた。見た限り、時間は昼頃。外は依然ばたばたと騒がしく、チャロアとオニキスだけが取り残されたようだった。
そんなことよりも、なぜチャロアが泣いているのか、目が充血しているのはなぜなのかを尋ねるほうが重要だった。
「どうしたの? なぜ泣いているの?」
「なんでって……先生が、朝になっても全然目、覚まさなくて。昨日変な人がボクにぷしゅってやったから、先生にもやったのかもって。そのせいで起きなかったらって、どうしようって……うぅー!」
怒ったように捲し立てたチャロアだったが、目から勝手に溢れる涙に悔しさが混じる。鼻がつんっと痛んで、目の奥が熱くなる。なんで、こんなにも心配したのに。また失うことが怖くてたまらなかったのに。当の本人は「なぜ泣いているの?」だなんて。
ぼろぼろ溢れる涙が、オニキスのベッドに染みていくのを見ながら、唸っていると。
「……心配、かけてごめんなさい?」
小さな声で、これであっているのかわからない、答え合わせをするようにチャロアを見上げ、言ったオニキスを。
チャロアは「本当ですよ!」と言って抱きしめた。
「にしても、先生の目も赤くなっちゃってますね」
「え!? あなたの目も赤いわ、なんで」
その瞬間、二人して思い浮かんだのは不気味な白い仮面。怪盗に眠り薬の類だろう物を吹きかけられた記憶。
途端にいい笑顔で、チャロアが。
「今度もし遭遇したら思いっきり関節技を決めてやります」
「相手が痛がっても三十秒は止めちゃだめよ」
「もちろんです!」
お互い、充血した目を抱えてにっこりと凄みのある笑顔で笑った後。
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