名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

ネコノミ

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依頼人

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 こんこん。

 硬質なドアをノックする音で、ふとチャロアは目を覚ました。
 オニキスを寝かしつけるついでにチャロアも少し眠っておこうかと思ったら、存外深く眠ってしまったらしい。
 そのまま小さくあくびをしてから、真っ暗の部屋の中で青く輝く瞳と目があった。あまりにも突然のことに身を固まらせたチャロアとは違い、青い目の持ち主であるオニキスは。

「あなたの寝顔を見るのははじめてだわ」

 子ども特有の少し高い声で密やかに呟いた。いつもより、少し上ずった声は、高揚が滲み出ていてチャロアは苦笑した。特別なものを見たと思っているようだ。
 やがて、二度目のノックに慌てて電気をつけてから「ちょっと待ってくださーい」と返事をして、少し身なりを整えてからドアを開ける。

「おっと、すまない。まだお休み中だったかな?」
「いえ、ちょうど起きたところです。……どこかに行くんですか?」
「君たちの依頼人が挨拶をしたいと言っていてね、行けるかい?」
「十分程くれます? ボクも先生も着替えてからご挨拶に伺いたいので」
「わかった、待ってるよ」

 そこから、チャロアは自分の身だしなみもそこそこに、オニキスの服を着替えさせ、髪を結び。光を弾く美しい銀髪を可愛らしくツインテールにした。三つ編みをしていたところは自然と跡がついてうねっていたため、これも可愛いだろうとそのままにした。
 ベッドの上でチャロアとウェルナイアの話を聞いていたオニキスが、一生懸命チャロアが選んだ服を着てくれたため、身だしなみを整えるという作業は順調に進んだ。
 十分も経たずに出てきたオニキスとチャロアに、ウェルナイアは明らかに安堵の表情を見せた。

「よかった、ああは言ったけれど、早く挨拶したいってうる……んんっ。仰られていてね」

 どうやらかなりせっつかれていたらしい。
 パーティーが開かれる前に来てほしいという要望を受けていたらしく、向かおうとしたところ。しびれを切らしたらしく、迎えのメイドが現れ案内してくれることになったためウェルナイアとはここで別れた。
 足音もなく静かに進むメイドに着いていけば、右、左、左、右よく覚えていられるなとチャロアが思うほどに複雑な廊下を進み、突き当りの扉にたどり着いたところで止まった。大きな木のドアをノックして返事を待ってから開ける。
 絵画がぐるりと部屋を覆うように並べられ、煌々とシャンデリアが燃えるようなオレンジ色を放つ客間の中に、白いヒゲを蓄えほっそりとした老人がソファーに座っていた。この老人が千種らしい。

「こんばんは。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。こちら、躑躅森探偵事務所の探偵・オニキスと、ボクは彼女の助手です」
「どうぞよろしく」

 一歩先んじて挨拶をしたチャロアに、無表情のまま軽く頭を下げるオニキス。
 そんな二人を老人は微笑ましく迎え入れ、向かいのソファーに座るように促した。

「わしは千種ちぐさ・清十郎と申す。ずいぶん可愛らしい探偵さんじゃの」
「ですよね! 先生の可愛さがわかるなんてお目が高い!」
「助手、静かに」
「すみません」

 肩を落としたチャロアに、千種が呵々と笑う。
 何故笑われたのか、と首を傾げた二人に千種はやっと笑いを収め告げる。

「孫娘が雨竜髭島におってのう。『助手ちゃんは探偵ちゃんのことが大好きなの』と聞いておったもので。まさにと笑ってしまったんじゃ、許しておくれ」
「えー、ボクそんなにわかりやすいですか?」
「助手」
「はーい」
「ほっほっほ、仲が良いのは素晴らしいことじゃよ」

 ふと、遠くを見るように目を細めた千種は、それを振り切るように数度頭を横に振ると。先程のチャロアたちのやり取りを見ていた微笑まし気な目でも遠くを見るような目でもなく。鋭い光を帯びた瞳へと変わる。
 その事に気づいたチャロアとオニキスは依頼に関することだろうかと居住いを正す。チャロアはメモ帳とペンを取り出す。

「今回の依頼について、話してもいいかのう?」
「よろしくお願いします」
「では。依頼はじゃな、『罪』と呼ばれるものを知りたい」
「……メリィオルテールを守れ、というものではないの?」
「最初から無かったものが失くなっても何の問題もないじゃろう? ただ、怪盗とやらすら『罪』というほどのことが何なのかを知りたくて依頼したんじゃ。メリィオルテールは……まあついでに見ておく程度で構わんよ。孫娘の猫もすぐに見つけてくれたんじゃろう?」

 実績を知っていると、暗に告げる声。
 その言葉に、ぴくりと反応したのはオニキスだった。今のところ、猫探しの依頼は一件しか請け負っていない。オニキスにとって最初の依頼であり、手紙をくれた少女の一件だけ。

「……お礼に、手紙をもらったわ」
「先生ったら、大事に宝箱にしまって時々眺めてるんですよ」
「ほっほ。これは孫娘に知らせてやらんと」
「助手!」

 白磁の肌を真っ赤に染め上げたオニキスが鋭く声をあげた。けれど声は上ずっていて怒る、というには迫力が足りなさすぎて。結果、照れているのが丸わかりだった。
 事実、もらった手紙を時折読み返していることは本当のことであるし、手紙をもらったことは初めてで、最初の頃は額縁に飾ったほうが良いのかどうか真剣に悩んだことは秘密だ。
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