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橘の独り言
オレンジの4番
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「晴美ちゃんは第3試合のFコートで、1時半からだぜ」
「1時ぃ~? 今11時半ですけど。いくら何でも早すぎんだろ」
「わかってねーな。前の席を陣取るためには試合の二時間前には並ぶってのがセオリーなんだぜ」
「それ、プロの試合とかの話だろ? 県のミニバスの試合でそこまで必要ないし」
「え? そうなの? ま、まあ、でもほら、試合前に晴美ちゃんに頑張れって言う時間とかあるしさ。それに、前の試合とか眺めてりゃ飽きないだろ、な? な?」
やっべ、やらかしたー、的な顔の直太が、必死に取り繕っている。
しゃーない。目の下のクマに免じて許してやるか。
直太のことだ。
『バスケ 試合観戦 いい席を取るには』とか、遅くまで検索しまくってたんだろう。
直太は、服装も気合入りまくりだった。
いつものティシャツ短パンの元気っ子スタイルじゃなく……なんつーか、ヴィジュアル系バンドのボーカルみたいだった。あっちもこっちも破れている。そんでサイズがデカい。兄ちゃんの服か?
トイレの鏡で最終チェックにたっぷり10分かけた直太に付き合って、広い施設内を歩き、Fコートにたどり着いたのは11時45分くらいだった。
表面が分厚い防音ドアを、直太が全力で押し開けた瞬間、観客のざわめきと、ボールの弾む音と、たくさんのバッシュがキュッキュと床を鳴らす音が、ぶわっと耳になだれ込んできた。
中は想像以上に盛り上がっていた。
「お、第2試合かなー。うわっ、17対72だってー。力の差エグっ。どれどれー、可愛い女子はいるかなぁ」
額に手をかざして試合中の選手たちをいかがわしく眺め始めた直太が「え」と固まった。
「晴美ちゃんがおる……」
「あー、お前さては13時半と11時半を間違えたな」
肝心のところが抜けてんだよな~、とコートに目を向ける。
男女混合の雑多なコート上で、直太がすぐに和田晴美を見つけたのは、愛のなせる業、ではなく、単に和田がボールを持っていたからだろう。
黒のユニフォームを着た和田は、足をもつれさせながら必死にドリブルしていた。
負けている側だった。
顔が険しい。肩が上下して走る速度も遅い。遠目でもめちゃくちゃ疲れてるのがわかった。
その時、和田の背後に走り寄って来た相手チームの選手が、ヒョイと、いともたやすくボールを奪い取り、そのまま凄まじいスピードでドリブルしながら反対のコートのゴールまで走り抜け……ふわっと飛んだ。
軽やかに。
まるで羽が生えているみたいだった。
ピッと、相手側に得点が入り、ゴールを決めた女子は仲間たちと笑顔でハイタッチ。元気っぽい女子だ。
オレンジの4番のユニフォーム。
汗だくの笑顔が弾けている。
オレンジの4番の活躍は続いた。
バスケのルールをほとんど知らない俺でも、ボールさばきとか、シュートとか、ポジション取りとかが、ずば抜けてうまいとわかった。
しかも、他の選手の2倍は動いている。
気が付けば、オレンジの4番ばかりに目が行く。
ビーーーっと終了のブザーが鳴って、わぁ~っと、オレンジの4番にチームメイトが集まり、もみくちゃに抱き潰されている。
(慕われてるんだなー。エースかな)
もみくちゃにされながら、くったくない笑顔でチームメイトたちとハイタッチするオレンジの4番。
汗だくのユニフォーム、びっしょり顔に張り付いた黒髪。
93対32の圧勝だった。
俺が試合を見始めてからの得点は、ほぼオレンジの4番の手柄だ。
(ああいうヤツが、高校の特別部活優待生になるんだろうなぁ)
「あ~あ、晴美ちゃん頑張ったのに大差で負けちったなー。でもしゃーねーよな、相手が悪かったよな。晴美ちゃんはよく頑張ったよな。なあ、秋人……慰めに行くべきか、それとも見なかったことにするべきか、どっちだと思う? なあ、聞いてる?」
「ん? あー、そっとしといた方がいんじゃね」
テキトウに言いながら、オレンジの4番の名前、なんていうんだろう、どこ小かな、と考えていた。
思えば、女子の名前を知りたいと思ったのは、人生初のことだった。
「1時ぃ~? 今11時半ですけど。いくら何でも早すぎんだろ」
「わかってねーな。前の席を陣取るためには試合の二時間前には並ぶってのがセオリーなんだぜ」
「それ、プロの試合とかの話だろ? 県のミニバスの試合でそこまで必要ないし」
「え? そうなの? ま、まあ、でもほら、試合前に晴美ちゃんに頑張れって言う時間とかあるしさ。それに、前の試合とか眺めてりゃ飽きないだろ、な? な?」
やっべ、やらかしたー、的な顔の直太が、必死に取り繕っている。
しゃーない。目の下のクマに免じて許してやるか。
直太のことだ。
『バスケ 試合観戦 いい席を取るには』とか、遅くまで検索しまくってたんだろう。
直太は、服装も気合入りまくりだった。
いつものティシャツ短パンの元気っ子スタイルじゃなく……なんつーか、ヴィジュアル系バンドのボーカルみたいだった。あっちもこっちも破れている。そんでサイズがデカい。兄ちゃんの服か?
トイレの鏡で最終チェックにたっぷり10分かけた直太に付き合って、広い施設内を歩き、Fコートにたどり着いたのは11時45分くらいだった。
表面が分厚い防音ドアを、直太が全力で押し開けた瞬間、観客のざわめきと、ボールの弾む音と、たくさんのバッシュがキュッキュと床を鳴らす音が、ぶわっと耳になだれ込んできた。
中は想像以上に盛り上がっていた。
「お、第2試合かなー。うわっ、17対72だってー。力の差エグっ。どれどれー、可愛い女子はいるかなぁ」
額に手をかざして試合中の選手たちをいかがわしく眺め始めた直太が「え」と固まった。
「晴美ちゃんがおる……」
「あー、お前さては13時半と11時半を間違えたな」
肝心のところが抜けてんだよな~、とコートに目を向ける。
男女混合の雑多なコート上で、直太がすぐに和田晴美を見つけたのは、愛のなせる業、ではなく、単に和田がボールを持っていたからだろう。
黒のユニフォームを着た和田は、足をもつれさせながら必死にドリブルしていた。
負けている側だった。
顔が険しい。肩が上下して走る速度も遅い。遠目でもめちゃくちゃ疲れてるのがわかった。
その時、和田の背後に走り寄って来た相手チームの選手が、ヒョイと、いともたやすくボールを奪い取り、そのまま凄まじいスピードでドリブルしながら反対のコートのゴールまで走り抜け……ふわっと飛んだ。
軽やかに。
まるで羽が生えているみたいだった。
ピッと、相手側に得点が入り、ゴールを決めた女子は仲間たちと笑顔でハイタッチ。元気っぽい女子だ。
オレンジの4番のユニフォーム。
汗だくの笑顔が弾けている。
オレンジの4番の活躍は続いた。
バスケのルールをほとんど知らない俺でも、ボールさばきとか、シュートとか、ポジション取りとかが、ずば抜けてうまいとわかった。
しかも、他の選手の2倍は動いている。
気が付けば、オレンジの4番ばかりに目が行く。
ビーーーっと終了のブザーが鳴って、わぁ~っと、オレンジの4番にチームメイトが集まり、もみくちゃに抱き潰されている。
(慕われてるんだなー。エースかな)
もみくちゃにされながら、くったくない笑顔でチームメイトたちとハイタッチするオレンジの4番。
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俺が試合を見始めてからの得点は、ほぼオレンジの4番の手柄だ。
(ああいうヤツが、高校の特別部活優待生になるんだろうなぁ)
「あ~あ、晴美ちゃん頑張ったのに大差で負けちったなー。でもしゃーねーよな、相手が悪かったよな。晴美ちゃんはよく頑張ったよな。なあ、秋人……慰めに行くべきか、それとも見なかったことにするべきか、どっちだと思う? なあ、聞いてる?」
「ん? あー、そっとしといた方がいんじゃね」
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思えば、女子の名前を知りたいと思ったのは、人生初のことだった。
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