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橘の独り言
305号室
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月曜の朝、いつも通り河川敷で泉と合流して、いつもどおり中身のない話をして魔物城へ向かいながら、やっぱこの日常は手放したくないな、と思っていた。
朝の食堂ホールはめちゃくちゃ慌ただしい。
高校生と高齢者とスタッフが一挙に集い、あっちこっちでちょっとした諍いも起きて、時々、コップや食べ物が転がったりもする。いつもてんやわんやだ。
「あたしはオクラが大っ嫌いなのよ! 別のおかずに替えてちょうだい!!」と騒ぐ橋本さんに「でもオクラって美容にいいらしいっすよ」となだめつつ、泉とサクライさんをちらりと探したけれど、戦場と化した食堂で簡単には見つからなかった。
朝の介助実習の時間も終盤に差し掛かり、ようやくみんなが一息つき始めた時「橘君、ちょっと」と佐藤さんに手招きされた。
「もうすぐ朝の介助実習の終了時間になるので、305号室にいる泉さんを呼びに行って貰えませんか?」
305号室って、サクライさんの部屋かな。と考える。
空調管理の行き届いた施設で生活していても、高齢者は夏バテしやすい。
病気って程じゃないけど、食堂で食べるには元気が足りないような高齢者は部屋で食事をとることもあるので、サクライさんも今日はそんな感じなのかもしれないと思った。
(まさか、手紙に悩みすぎて体調崩したとかじゃないよな)
頑張ってくださいと安易に言ってしまったことをちょっと後悔しつつ、部屋のドアをノックする。
「橘です。開けていいですか?」
外から声をかけたけど、しばらく待っても返事がなかった。
305号室で合ってたよな、と首を傾げる。もう一度、さっきより大きな声で、今度は泉を呼んでみる。
「泉、いるか?」
「ポメ、開けるぞ~」
全然返事がないので、引き戸を開いてみる。
「おーい、ポメー。そろそろ朝の実習終わる、けど……」
目の前のただならぬ光景に「ぬぉ?」と、焦って変な声が出た。
殺風景な部屋で、泉が、泣いていた。
手にしているのは……サクライさんの、あの便箋だ。
金曜に見た時とは違って、文字がびっしり刻まれていた。
サクライさんは、いなかった。
「何? どうした? 腹痛い?」
自分でも見当違いな推測だと思いつつ、何が何だかわからず、オロオロする。
佐藤さん、ちゃんと説明しといてくれよ。
顔を上げた泉が、手紙をぎゅっと胸に押し付けながら、俺をガン見してくる。
決心を固めたみたいな顔で、涙を乱暴に腕で拭った泉が「橘」と、低い声で呼んだ。
「え……」
明らかに、怒っていた。
予期せぬ展開すぎて動揺する。
その手紙に、俺のことが書いてあるのか?
それ読んで怒ってるってことは……。
俺、なんかサクライさんに失礼なこと言ったのか?
猛烈な勢いで、さあーっと金曜のサクライさんとのやり取りを思い起こしてみたけれど。
わかんねー。
わかんねーけど。
「ごめん!」
とにかく謝ってみた。
「えっ??」と、でっかい声を上げて、泉がびっくりしている。
あれ、違うのか?
「いや、すげー睨みつけてくるから、なんか怒ってんのかなーって」
「……」
それじゃ、一体なんなんだ?
「マジ、どした?」
なんかヒントがないかと、泉の表情を探る。
「……」
泉は、いつになく無言。
流れる間が、妙に重くて耐えきれない。
「ポメ?」
なんか言わなきゃ、と頭の中をフル回転させていた時だった。
朝の食堂ホールはめちゃくちゃ慌ただしい。
高校生と高齢者とスタッフが一挙に集い、あっちこっちでちょっとした諍いも起きて、時々、コップや食べ物が転がったりもする。いつもてんやわんやだ。
「あたしはオクラが大っ嫌いなのよ! 別のおかずに替えてちょうだい!!」と騒ぐ橋本さんに「でもオクラって美容にいいらしいっすよ」となだめつつ、泉とサクライさんをちらりと探したけれど、戦場と化した食堂で簡単には見つからなかった。
朝の介助実習の時間も終盤に差し掛かり、ようやくみんなが一息つき始めた時「橘君、ちょっと」と佐藤さんに手招きされた。
「もうすぐ朝の介助実習の終了時間になるので、305号室にいる泉さんを呼びに行って貰えませんか?」
305号室って、サクライさんの部屋かな。と考える。
空調管理の行き届いた施設で生活していても、高齢者は夏バテしやすい。
病気って程じゃないけど、食堂で食べるには元気が足りないような高齢者は部屋で食事をとることもあるので、サクライさんも今日はそんな感じなのかもしれないと思った。
(まさか、手紙に悩みすぎて体調崩したとかじゃないよな)
頑張ってくださいと安易に言ってしまったことをちょっと後悔しつつ、部屋のドアをノックする。
「橘です。開けていいですか?」
外から声をかけたけど、しばらく待っても返事がなかった。
305号室で合ってたよな、と首を傾げる。もう一度、さっきより大きな声で、今度は泉を呼んでみる。
「泉、いるか?」
「ポメ、開けるぞ~」
全然返事がないので、引き戸を開いてみる。
「おーい、ポメー。そろそろ朝の実習終わる、けど……」
目の前のただならぬ光景に「ぬぉ?」と、焦って変な声が出た。
殺風景な部屋で、泉が、泣いていた。
手にしているのは……サクライさんの、あの便箋だ。
金曜に見た時とは違って、文字がびっしり刻まれていた。
サクライさんは、いなかった。
「何? どうした? 腹痛い?」
自分でも見当違いな推測だと思いつつ、何が何だかわからず、オロオロする。
佐藤さん、ちゃんと説明しといてくれよ。
顔を上げた泉が、手紙をぎゅっと胸に押し付けながら、俺をガン見してくる。
決心を固めたみたいな顔で、涙を乱暴に腕で拭った泉が「橘」と、低い声で呼んだ。
「え……」
明らかに、怒っていた。
予期せぬ展開すぎて動揺する。
その手紙に、俺のことが書いてあるのか?
それ読んで怒ってるってことは……。
俺、なんかサクライさんに失礼なこと言ったのか?
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わかんねー。
わかんねーけど。
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「……」
それじゃ、一体なんなんだ?
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なんかヒントがないかと、泉の表情を探る。
「……」
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「ポメ?」
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