サンスポット【完結】

中畑 道

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第二章 ブラザー・オン・ザ・ヒル

第三話 面談

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 重いにきまっている・・・

 彼に縋り、救ってもらい、依存する。こんな女が重くないはずが無い。彼の優しさに付け込み、パーソナルスペースにずかずかと土足で踏み込む、こんな女が煩わしくないはずが無い。

 それでも彼の傍にいたい。どんなに疎ましく思われても離れたくない。彼を救う一助となりたい。

 違う・・・

 彼を救うのが自分で在りたいだけだ。他の人でなく、その役割を自分が担いたいのだ。彼を救えたならば振り向いてもらえるかもしれない。少なくとも彼の心には永遠に私が刻まれる。彼を心から欲している。

 彼のように、強くもなく、賢くもなく、優しくもない私に何が出来る。強欲で、弱く、歪んだ私に何が出来ると言うのだ。

 怒りの捌け口でも、悦楽の道具でも構わない。彼の役に立ちたい。彼の為に人生を使いたい。

 彼がそんなことを望んでいないのは分かっている。望んでいるのは私だ。

 傍に居させてもらうだけでも構わない。何も出来ないけれど、せめて弾除けの壁ぐらいなら、彼の為ならこの身などいつでも捧げる。

 それでも・・もし、願いが叶うのであれば・・・彼に選ばれたい・・求められたい・・・・共に生きたい・・・・



 半歩前を歩く彼の背中は儚く危うい。
 そんな状態でありながらも、私を救い、結城律子も救おうとしている。彼一人にやらせてはならない。彼を一人にしてはいけない。彼が私にしてくれたように、私は彼の傍を離れない。

「少し待っていてくれ」

 そう言って彼は丁字路に差し掛かる手前の壁に身を隠し、何かを覗き見て肩を落とした。

「やっぱり明日にしないか」

 その言葉を無視して丁字路を右へ曲がり彼が覗き見た先を見ると、黄色の軽自動車が駐車してあった。

「早く行きましょう。直ぐそこなのでしょ」

「はぁー」

 嘆息する彼に心が締め付けられる。また嫌われたかもしれない。

 許して下さい。貴方を知らなければ、僅かな可能性も失ってしまう。私は、貴方を殆ど知らない。貴方に何が起きているのか全く知らない。貴方がどれ程の闇を背負っているのか想像すら出来ない。

「いいか、引くなよ。各々の家にはそれぞれ違ったルールがある、それだけのことだからな」

 意味の分からない言葉を残し玄関のドアを開くと、クリームの甘い香りが鼻腔を擽る。夕食はシチューだろうか、いい香りだ。

 家庭の匂いを羨ましく思うのも束の間、その香りを追い越す勢いで若い女性が突進してきた。

「息吹、お帰りー」

 彼女は力いっぱい彼を抱擁しながら満面の笑みで頬と頬を擦り合わせいる。私は視界に入っておらず、彼はされるがままだ。

「姉さん、客だ。それぐらいにしてくれ」

「えっ」

 目と目が合う、漸く気付いてもらえた。

「いらっしゃい、お友達?」

 抱擁したまま笑顔で声を掛けられ、慌てて会釈をした。

「あっ・・はい、同じ部活の片桐志摩子です」

「同じ部活・・・」

 彼女の表情が一瞬だけ変わった。


 通された部屋は先日まで住んでいた家のリビングよりも少し広く、黒のソファーとカーペットに白いテーブルとカーテン、黒いテレビ台の上に黒いフレームのテレビ、白いエアコン、他に家具は無い。棚も、時計も、写真も、本も、花も、無いリビング。生活感はモデルルームにも劣る。

「私がお茶を用意しておくから、息吹は着替えてらっしゃい」

 お姉さんに指示されると、私には一言も無く彼は無言でリビングを後にした。一人残された私はソファーに腰を下ろす。
 初めて訪れた家、色の無い部屋、不思議と緊張は無い。何処となく部室と雰囲気が似ているからだろうか。

「寂しいリビングでしょ」

 キッチンからお茶を持ってきたお姉さんが笑顔で話し掛けてくれたが、その顔に背筋が凍る。得体の知れない違和感が混在した笑顔に。

「家はキッチンとリビングが別だから、この部屋は殆ど使わないの」

 テーブルにお茶を置く所作が美しい。彼の姉とは思えないほど語り口調が好意的で、声音も優しい。

 その全てに違和感を覚える。

 背が高く、細くて長い足。極め細やかな肌に、手入れの行き届いたセミロングの髪。豊満な胸に、整った顔立ち。同姓の私が見とれるほど美しい彼女が同級生だったら、私がマドンナなどと言う不名誉な渾名で呼ばれることはなかっただろう。

 彼の話を聞きたい・・が、その前に、言わなければならないことがある。

「あ・・あの、お姉さん・・・」

 トタトタと階段を降りる足音が聞こえた。

「後で、これ」

 渡されたメモ書きには携帯電話の番号らしき数字と、入間川皐月の名が記してあった。




『ニュー松原』

 彼の姉、入間川皐月から指定された店は私の通学路にある為知ってはいたが、入ったことはない。西洋のお城を模した建物であるのに、周りには日本庭園に合いそうな松の木が何本か植えられ、店名の『ニュー』が本来の意味とは間逆の、昭和の香りを色濃く残す古びた軽食喫茶。
 入り口付近のディスプレイには埃のかぶった食品サンプルが並び、手書きのランチメニューが何枚も張ってある。カフェと呼ばれることの決してない、女子高生が一人で立ち寄るには多少の勇気を有する建物の前で、入店するか否かを思案していた。

 彼の家に潜入できた折角のチャンスではあったが、彼の姉と話す機会を得た私は、迅速に作業を終わらせた彼からプリントアウトされた用紙を受け取ると、そそくさと入間川家を後にした。帰り際、ある程度覚悟していた彼が、大した要求もせず帰る私を訝しんで玄関先まで見送ってくれた。

 丁字路を曲がり、彼の視界が及ばないのを確認して、直ぐさま駆け出す。目的地は近くのコンビニエンスストアー。到着すると入り口横にある公衆電話の受話器を持ち、先程受け取ったメモ書きをポケットから取り出して、今に至る。


 覚悟を決めて店の入り口へ一歩踏み出そうとした時、黄色の軽自動車が駐車場に現れ、運転席から彼の姉、入間川皐月の細く長い脚が現れた。

「お待たせ、行きましょう」

 私の横を素通りし、そのまま入店する彼女の後を慌てて追う。

「マスター、談話室借りるよ」

 常連なのだろうか、彼女は店主に一言告げると喫茶スペースの奥にある『談話室』と書かれた個室に向かい、私も後に続く。

 中には乱雑に物が置かれ、談話室などと呼べたものではない。高度成長期には喫茶店の一室を借りて会議を行う企業があったと聞くが、需要の無くなったこの部屋は疾うの昔に物置に格下げされたのだろう。

 私たちが使っている旧校舎と同じだ。

「B珈琲二つ」

 設置されているインターフォンから彼女が注文を告げる。珈琲が運ばれるまで、私は一言も言葉を発しなかった。なんとなく、そうした方がいいと思ったからだ。

 数分の沈黙の後、運ばれた珈琲を一口啜るが美味しくない。彼が淹れてくれた珈琲とは比べ物にならないお粗末な味だ。よくこれで商売が成り立つなと不思議に思うほどに酷い。

「うん、これこれ。この不味い珈琲が、たまに飲みたくなるんだよね」

 彼の姉、入間川皐月が言っている意味が私には理解できない。何故、美味しくもない珈琲にお金を払ってまで飲む理由があるのだ。

「美味しい珈琲ばかり飲んでいると、いつか美味しい珈琲が、普通の珈琲になっちゃうから」

 釈迦の唱えた中道の精神とでも言いたいのだろうか。だとするなら、ずいぶんと的外れな話だ。美味しい珈琲を飲んで幸せを感じられなく成る程、世界は幸福に満ち溢れてなどいない。目の前の珈琲にもう一度口を付ける気には到底なれなかった。


「貴女の話から聞くわ。私に聞きたいことがあるのでしょ」

 彼の前では見せなかった、鋭利な刃物のような視線が向けられる。これが彼女の素顔なのだろうか、先程感じた違和感は無いが臆病者の私を威嚇するには充分な迫力がある。

 逃げ出したい。でも、絶対に逃げない。私は椅子から腰を上げた。

「先ずは、謝罪させてください。大切な弟さんに大怪我をさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 恐怖を振り払うように、大きめの声音で滑舌よく言葉を発し、深々と頭を下げた。

「貴女が刺したの」

 冷たく尖った氷柱のような声だ。

「違います。ですが、私が原因です」

「貴女が謝る必要などないわ。貴女も被害者なのでしょ」

 劈く視線が謝罪することを許さないと語っている。

 確かに、あの男は今、彼への傷害と私への暴行で裁きの場に立たされている。そういった意味では私も被害者だ。だが、彼を巻き込んだのは私であり、私が彼の優しさに付け込み、彼に縋った。その結果、私を救う為に彼は傷を負い、私の世界から己すら排除しようとした。

 私は被害者と言えるのだろうか。彼の負った傷、彼の行動、全ての起因は私なのだ。この事件において、私は被害者なのだろうが、彼にとっては加害者でしかない。法の裁きを受けない加害者だ。

 彼女の目に気圧されるな。強く、正しくあれ。そうでなければ、彼の助けになどなれるものか。

「被害者などではありません。彼を巻き込み大怪我を負わせ、彼の優しさを利用し、自分が傷付かぬよう全てを負わせようとした大罪人です。彼が私と同じように、いえ、それ以上の闇を背負っていると知りながら、それでも彼に縋った、確信犯です」

「貴女が、息吹の何を知っていると言うの」

 彼女の冷淡な表情が、更に凄みを増し襲い掛かる。怖い、逃げ出したい。

「何も知りません。彼は何も語りません。ですが、始めて彼をあの部屋で見つけたとき、彼の精神状態が尋常ではないのはすぐに分かりました。仲間を見つけたと思いました。でも、全然違った。惰弱で闇に飲み込まれる寸前だった私なんかとは全然違って、彼は強くあろうとしていた。私は、そんな彼に縋ってしまいました」

 言えた。これは贖罪だ。
 ただ謝罪するだけでは駄目なのだ。自分が起こした罪を言葉にして、嘘偽り無く告白しなければ本当の謝罪とはいえない。

 彼女はカップに残った珈琲を一気に飲み干すと「座って」と告げた。その表情に先程までの冷淡さは無くなっている。

「『志摩子さん』でいいかしら」

「は・・はい」

「私のことは『皐月』でいいから」

 その語り口調は先程と違い優しく、暖かい。

「この前、何年ぶりだろう、息吹に相談を受けたの。貴女のことよ」

 何故、彼は姉に相談を持ち掛けたのだろう。

「貴女の謝罪は受け入れるわ。でも、勘違いしないで。息吹は貴女に利用された訳じゃない。あの子自身が、貴女を救いたいと思ったのよ」

 私は無意識に美味しくない珈琲を口に運んで皐月さんの話を聞き入っていた。

「男なんだから、可愛い女の子を救うために怪我の一つや二つ何てことないわ。逆に誉めてあげたいくらいよ、姉としても、先輩としても」

「先輩・・皐月さんも竹ヶ鼻高校に通ってらっしゃったのですか」

「ええ、竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部の初代部長よ」

「えっ・・・」

 心臓が飛び跳ねたかと思うほど、大きな動悸が身体を襲う。
 初代部長・・・それが意味するのは、皐月さんにもあの部屋に居なければならなかった理由あったに他ならない。それは・・・彼の闇と深く関係するはず。膝の上に置いた両の拳が震える。

「聞かないの、息吹に何があったのか」

「聞きません・・・今は」

「どうして」

「彼が、息吹君が話してくれるのを待ちます」

「手遅れになるかもしれないわよ」

「そう判断したときは聞かせて下さい。それまでは詮索するようなまねはしたくありません。息吹君も、そんなことは望んでいないと思います」

「ふーん、へー」

 皐月さんがニヤニヤとして私を見る。

「わ、私・・何か可笑しなこと言いましたか・・」

「いいえ。ただ、あの子のこと下の名前で呼んでるんだなぁと思っただけ」

「そ・・それは・・」

 頬杖をつきながらカップに添えられたスプーンをゆらゆらとさせニヤつく皐月さんから顔を逸らす。
 よく笑う姉と笑わない弟、姉弟で在りながら対照的な二人。似ているのは意地悪なところだけだ。

 気付けば、美味しくない珈琲を飲み干していた。皐月さんはまだニヤついている。

「からかうのは止めて下さい」

 堪らず口を開いた。きっと顔は真赤だ。

「からかってなんていないわ。可愛いなぁと思っているだけ」

「それをからかっていると言うのです」

「もう、ムキになっちゃって。ねえ、もしかして息吹に恋しちゃってる」

 全身の産毛が逆立ち、急速に体温が上昇する。顔だけでなく、耳も、首筋も、衣類に隠れた部分も真赤になっているであろうことは、確認せずとも分かった。
 なんて意地が悪いのだ。弱点を見つけ次第、そこを突いてくるのは姉弟同じだ。こうなれば開き直ってやる。

「恋なんてしちゃっていません。愛です。私は息吹君を心から愛しています。彼無しでは生きていけません」

 どうだ、言ってやった。これが私の偽りなき本心だ。

「志摩子さん、そんな気持ちでは駄目よ。息吹無しでは生きられないなんて、あの子が死んだら貴女どうするの」

「私も死ぬだけです」

 一瞬、皐月さんの顔が冷淡さを見せるが、直ぐに綻び柔和な表情に戻った。

「重い、重すぎるわ。まったく、そんなじゃ応援もしてあげられないじゃない」

「応援していただけるのですか・・」

「ええ、と言っても私に出来ることなんて何もないけど」

 そんなことはない、肉親の援軍は一騎当千。そうとなれば千載一遇のチャンス、どうしても言っておきたいことがある。

「あ・・あの・・・」

「どうしたの、急にしおらしくなっちゃって」

 勇気を出すのよ。今、言っておかなければ、次にチャンスがあるなんて思っては駄目。

「皐月さんはお酒を嗜まれるとか・・・」

「どうしたの急に、そりゃ大学生なのだからお酒ぐらい飲むわ」

「姉弟ですから・・多少のスキンシップはあっても問題ないと思いますが・・・その・・過度な触れ合いは・・・」

「志摩子さん・・大丈夫。貴女が何を言いたいのか、皆目見当がつかないのだけれど・・」

「そ・・そうですね、迂遠しすぎました。その・・ですね、お酒は飲んでも飲まれるなと言いますか・・もちろんアルコールを摂取すれば、多少人体に影響を及ぼすのは致し方ないと、飲酒の経験がない私でも理解できるのですが・・・」

「本当に・・大丈夫」

 あー、なにをしているの。言うのよ、ちゃんと言いなさい、私。

「に・・肉親での、そ・・そういったイベントはノーカウントだとは勿論知ってはいます・・・お酒が精神に影響を及ぼしているだけで、間違っても・・その・・淫らな感情でないことは充分に理解していますし・・・だからといって・・その・・健全な関係とも言い難いのは事実でして・・・」

「志摩子さん・・貴女・・まさか珈琲で酔っ払う特殊体質とかなの・・」

 もう、馬鹿、意気地なし、言うのよ。はっきりと。

「よ・・酔っ払って帰ったとき、いくら姉弟とはいえ、ベ・・ベッドに潜り込んで・・キ・・キスしたりするのは、よ・・よくないと思います・・ましてや・・ディ、ディ、ディ・・ディープキスとか、ありえないし」

 い・・言ってやったわ、言ってやりました御祖母様。

 知らぬうちに私は立ち上がっていた。対面には持っていたスプーンをテーブルに落としたことにも気付かず、先程の姿勢のままアワアワと口を微動させる顔面蒼白の皐月さんだ。

「あ・・ああ・・あの子・・貴女に・・そんなこと話したの・・」

 私は、皐月さんを見下したまま無言で頷く。

「そ、それは・・故意ではないと言うか・・私も酔っていて無意識のうちに・・・も・・勿論よくないことだとは分かっているし・・そ、・そうよね・・酒は飲んでも飲まれるなっていうし・・少し飲まれちゃって・・だから・・その・・・」

 お・・面白い。皐月さんが私をからかっていた気持ちがわかる。癖になりそうだ。

「無意識に息吹君の・・ベ・・ベッド潜り込むってことは、そういった願望があるということではないのですか」

「ば・・馬鹿なこと言わないで、息吹は血の繋がった弟なのだから。そ・・そんな願望・・あ・・あるわけないじゃない。こ・・これは家族間のスキンシップであって、決して・・その・・淫らな感情とか・・そ・・そういったものではなくて・・・」

 ずっと見ていたい。あれ程、慄然した相手が慌てふためく姿が滑稽でならない。皐月さんには申し訳ない気もするが、彼の分も仕返しさせてもらいましょう。

「家族間でキスなんてしますか、しかも、ディ、ディープキスなんて」

「そ、それは・・家は欧風スタイルというか・・あっ分かった。貴女、羨ましいのね。そうでしょ、息吹と、そ・・そういった淫らなことしたいのでしょ」

「ええ、したいです」

「なっ・・・・・」

 成る程、彼はいつもこんな気持ちなのね。相手が通常の精神状態でなければ、討論で捩じ伏せるなんて実に容易い。いい経験が出来たところで、そろそろ許してあげようかしら。皐月さんは敵ではないのだから。

「お酒は程々にして下さい。息吹君も困っていましたから」

「善処します・・・」



 私は、あの事件とその後彼が私にしてくれたことや今回の話を知った経緯を皐月さんに説明した。彼女は終始口を挟むことなく、時に下唇をかみ締め、時に穏やかな表情で話を聞き、最後には今にも零れ落ちそうな涙を目に一杯溜めて、頷くばかりだった。

「無責任な言葉かもしれないけれど、よく頑張ったわね。息吹も、貴女も」

「頑張ってくれたのは息吹君で、私は何もしていません。救ってもらっただけです」

 いつの間にか目頭が熱くなり、改めて感謝と彼の凄さを痛感する。誰にでも出来ることではない。

「いいえ、貴女だから息吹は自分の身を危険に晒してでも救いたいと思ったのよ」

「そうでしょうか、彼、口は悪いけれど・・誰にでも優しいから」

「私は・・嫌われているけど・・・」

 皐月さんの表情が沈む。
 この姉弟はどこか噛み合っていない。温度差がありすぎる。私とあの男のように互いが嫌悪している関係ではなく、姉は腫れ物に触れるように気を遣い、弟は極力触れ合いを避けようとする歪な関係だ。
 今日も、私が弟に悪影響を与える人間ならば、姉は全力で排除しようとしたに違いない。皐月さんは彼に負い目を感じているのではないだろうか。だとするならば彼を闇から救い出さない限り、彼女が救われる道はない。

「皐月さんも何か私にお話があったのではないのですか」

 私ばかりが話していたことに気付き、皐月さんに話を促す。先にコンタクトを取ってきたのは彼女だ。私にどうしても言っておきたいことがある筈。

「必要なくなったわ。だって、志摩子さんは私がお願いしなくても息吹を見ていてくれる、気にしてくれる、傍に居てくれるでしょ。どんなに拒絶されても」

 この姉弟はまだ間に合う。皐月さんが彼を想う気持ちは本物であり、理事長と同様、彼の力になってくれるのであれば、それがなによりも嬉しい。

 私とあの男とは違う。

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