サンスポット【完結】

中畑 道

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最終章 ウォーク・ツゥギャザー

第八話 背信

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 通夜を無事終え葬儀の日、彼はいつもと変わらない表情で家族の列に並び参列者に挨拶をしている。酷く落ち込んで目を泣き腫らしている、なんてこともない。

「お母様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます」

「悪いな、学校休んでまで」

「そんなこと気にしないで。息吹君の居ない学校にそれ程価値を感じていないから。それよりも大丈夫・・」

「ああ、自分でも不思議なほど落ち着いているよ」

「そう・・・」

 迷いがなくなり後は進むだけだと言わんばかりの決意が固まった瞳は、落ち込んでいるどころか晴れやかさすら感じさせる。

「そういえば、さっき結城と一緒に木下さんまで来てくれていたが、あいつ木下さんを無理やり連れて来たんじゃないだろうな。片桐から注意しておいてくれ」

「無理矢理な訳ないじゃない。自分の意思で来ているのよ。忘れたの、彼女が息吹君をずっと気にしていたこと」

「そう言われても木下さんとの接点は席が隣ってことしかないからなぁ」

「息吹君は誰でも救ってしまうのだから、木下さんのことも救ったのよ。忘れているだけ」

「まさか。買いかぶり過ぎだ」

 このまま彼と話していたいがそうもいかない。ご家族にも挨拶を済ませ一旦葬儀が行われるホールを出ると、既に警官らしい人達がそれとなく出口付近に目を配っていた。

 ホールには人が溢れており座席が足りなくなりそうだ。鍋島美月は仕事を除けば人付き合いが殆どなかった。ここに居る大部分の人は鍋島美月の葬儀ではなく、鍋島成正の娘の葬儀に来ている。その中から昨夜集まってくれた人達を確認する。

 最前列を陣取る御祖母様と宮下のおじさま。逆に最後列には柿谷刑事と速水巡査長。葬儀の箔をつける為にもこの街の大物二人は目立つ場所に、逆にこの街の大人達が無かったことにしようとした事件に関わった警察関係者は目立たない場所に。

 律子と臨は制服のおかげですぐに居場所が確認出来る。近くには結城先生と塔子さんが居るのも確認済み。だが、律子と共に挨拶に現れた筈の木下真紀の姿が無い。一抹の不安を感じながらトイレへ向かった。



 大きな葬儀場だけあってトイレも広い。化粧直しが出来るよう、手洗い場も数多くある。間取り図にあったとおり少し入り組んだところにあり女性に配慮した設計だ。

「こんな所で何をしているの、片桐さん」

 ドキリと心臓が大きく跳ね上がる。

「木下さん。いくら同性でもトイレで何をしていたか尋ねるのは如何なものかしら」

「フフッ。それもそうね、失礼したわ。そろそろ葬儀が始まりそうよ」

 木下真紀の後ろに続きホールへ向かう途中で彼女の服装が冬の制服であることに気付く。どうりで見つけられなかった筈だ。

 ホールの中は人がいっぱいで足りない分のパイプ椅子を係員が必死で並べている。席を求めパイプ椅子が並べられるのを待とうとすると木下真紀が私の袖を掴む。

「何をしているの、行くわよ。貴女の席は確保してあるから」

 そう言って木下真紀が目配せする先には手を振る御祖母様。どうやら私の席は教室と同じで最前列らしい。木下真紀にお礼を言おうと振り返った時には既に彼女の姿は無かった。




 長い葬儀も後は参列者の焼香を残すのみ。御祖母様の後ろに並び彼の様子を窺う。

 家族の最後列に並び焼香を終えた参列者に頭を下げる彼の眼光が鋭い。過去に何度か見たことのある顔だ。最初に見たのは彼が初めて珈琲を淹れてくれた日。他愛もない日常会話を数度しただけの彼が私の家庭環境を見抜き、助けたいと言ってくれた日。私の人生を変えてくれたあの日も、彼はあんな表情をしていた。

 焼香を終え親族に一礼する。初めて見た彼の父親は、思いのほか彼に似ていた。最後に彼の前で一礼し、誰にも気付かれぬようカッターシャツの胸ポケットに手紙を入れる。思いの丈を短くしたもの。今迄、彼に沢山救われてきた。今度は、今度こそは、私が救う番だ。

 参列者の焼香が終わり、少しの休憩時間を挟んで火葬が行われる。彼の視界が届かないのを確認してスマートフォンを取り出し一斉メールを送る。


『火葬が終了して葬儀場に戻る時が一番危険です。皆さん、細心の注意をお願いします。特に出入口の警戒を強めてください』


 皆、言われなくてもわかっている。その為に集まっているのだ。彼ならこんな無駄な連絡はしないだろう。それでも念を押す。念には念を押しておく。

 少し離れた場所に居る律子と臨が私の方を見て力強く頷く。私も頷き返してすぐにそっぽを向いた。
 彼を甘く見てはいけない。ほんの小さな動きでこちらの思惑など簡単に見透かしてしまう。彼の為に集まった大人達は、彼が優秀であることは知っていてもそこまでだとは思っていないだろう。彼は私達の想像など軽く超えてくる。それを知っているのは竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部の部員と結城先生、御祖母様と理事長に塔子さんと皐月さん、そして木下真紀ぐらいだ。

 木下真紀のことが気になり周りを見渡すが見つけられない。もう一度スマートフォンを取り出しGPSを起動させ彼女の居場所を確認すると、既に火葬場へ向かっていた。まだ棺桶の蓋は開けられたままで火葬には幾分時間がある。すぐ近くの火葬場とはいえ遺体は霊柩車で運ばれ、その後親族が葬儀を終えても残った参列者と共に火葬場へ向かうのが通例だ。
 勿論、念のため火葬場には既に数名の私服警官が配備されており出入口は全て監視下にある。そのことは彼女も知っている。彼女が訳もなく辺りをうろつくとは考え難い。何か思惑があって火葬場に先回りしている。彼女の考えが読めない。

 彼女は、木下真紀は危険だ。




 火葬が滞りなく終わり彼の母親、鍋島美月は灰となり天に召された。

 遺骨を大事そうに抱える皐月さんの後ろを歩く彼に寄り添い、私達は葬儀場に戻っている。彼を逃がさないよう周りは固められているが、それを気取られないよう彼を凝視する人間は一人もいない。

 葬儀場に戻るとまだホールには多くの人が残っていた。ここにはまだ鍋島成正は勿論、片桐グループ会長の片桐春京と片桐印刷社長の宮下巌が残っている。この街の大物が三人も残っているのだ。彼等と話しもしたいし、なにより用も無いのに我先に帰って彼等の心証を悪くしたくも無い。そんな中、私は親族や近しい人達が休憩する襖張りの座敷で彼の横に張り付いている。彼を見張る為、私が主張した持ち場だ。

「ちょっとトイレに行ってくるよ」

「そう、私も丁度行きたいと思っていたところよ。エスコートしてもらえるかしら」

「エスコートって・・・」

 部屋に居た大人達がクスクスと笑っている。微笑ましい光景に見えたのだろう。仕様がなさそうに彼が襖を開けて私を先に通してくれた。

 二人並んでホールを歩く。今も見張られている。私は誰にも見られないよう注意しながらスカートのポケットに忍ばせていた物を彼のポケットに押し込む。彼は一瞬ピクリとしたが、声をあげることも無くそれを受け取った。

 当然だがトイレでは男女別々に分かれる。個室に入り先ずは時間を確認。ポケットから彼に渡した物と同じ小さく折りたためるナイロンの黒いパーカーを着こみ、葬儀の最後に彼の胸ポケットに忍ばせた手紙をもう一度頭の中で反芻する。


 貴方の居ない世界は私にとって地獄。貴方と共に行きます。
 (見張られています。火葬終了後、トイレに行ってください。三分後、ついてきて。私が貴方を救います)


 彼の母親が亡くなった時から、ずっと考えていた。どうしたら彼を救えるのかを。

 彼の傷が癒える気配すら見せていないのに、あまりのも早すぎる母親の死。年齢を重ね多くの経験をしていたなら、彼の傷も多少は癒え考えも変わっていたかもしれない。手足が伸び切っても、どれ程優秀でも、彼も私も未熟な子供の枠を抜けきっていない。

 心が耐えられない。

 彼の居ない世界で私が救われないのと同じように、母親の居ない世界で彼は救われない。今の彼にとってこの世界は地獄だ。以前彼が言っていた。幸せは他人が決めていいものではないと。 
 
 彼の幸せはこの世界には無い。だから彼はこの世界から去ろうとしている。
 それが彼の幸せだと他ならぬ彼が決めたのだ。ならば付いていくだけだ。覚悟はできている。彼を想う全ての人を裏切る覚悟は。
 きっと私は地獄に落ちる。彼と同じ所へは行けない。それでも僅かな可能性に賭ける。彼の居ない世界こそ私にとっては地獄であり、私の幸せは彼と共にあることなのだから。



 スマートフォンを見ると間もなくトイレの個室に入ってから三分。出来るだけ目立たぬように動く。ほんの数秒なら白いカッターシャツを着ていると思っている監視の目を欺ける筈だ。
 
 スマートフォンを個室に置いたまま、女子トイレのすぐ脇にある業者用の搬入口を目指す。監視している私服警官の確認などしない。まだ沢山残っている人達に紛れ一直線に向かう。背中で感じる。彼も私を追ってきている。

 搬入口を無言で抜け、強引に生垣突っ切る。

「片桐・・・」

「行きましょう。一緒に」

 珍しく彼が戸惑いの表情を見せる。優しい彼のことだ、私を巻き込んでいるのだと勘違いしているのかもしれない。

「私の幸せは私が決める。早く、追手が来るわ。ここから離れましょう」

 彼は何かを振り切るように決意を固め走り出す。

 私はその後を必死で追った。

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