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第七章 王都編
第八話 妹よ、俺は今冒険者ギルドに依頼を出しています。その2
しおりを挟む不貞腐れることなく素直にルシアの助言を聞き入れたノーラン達。折角なのでルシアは以前から気になっていたことを聞いてみる。
「ところであなた達、今はどこに泊まっているの?」
「新緑の息吹亭です」
新緑の息吹亭とは新人や低ランク冒険者が利用する低価格の宿。まだ冒険者になって一年も経っていないとはいえB級冒険者が宿泊するような宿ではない。
「宿はランクに見合ったところを取りなさい。あなた達が新緑の息吹亭の部屋を三つも独占しては、割を食うのは新人や低ランク冒険者なのだから」
「大丈夫です、三人で一部屋しか使っていませんから」
それを聞いたルシアの額には見る見るうちに青筋が立ち、先程までとは比べものにならない圧でノーランを睨みつけた。
「三人で一部屋ですって・・・この、お馬鹿!」
「ひっ、ご、ごめんなさい」
なぜ叱られているのかは理解していないが、反射的に謝るノーラン。半年でB級冒険者まで駆け上がったとはいえ、こういったところはまだ大人になりきれていない。
「ノーランとアルバだけならまだしも、なんでキャロまで同部屋なのよ!キャロは女の子だよ!」
「いや、でも・・・俺達は小さい頃から孤児院で一緒に暮らしてきた家族みたいなものだから・・・」
「家族みたいでも、家族じゃない!キャロもちゃんと女性としての自覚を持たなきゃダメ!男なんてものは全員性欲の権化なんだからね!ノーランやアルバだって同じだよ!」
「性欲の権化って・・・」
怒鳴り声を上げながらもルシアは冷静にノーラン達を分析していた。慈悲深き聖職者マザーループのもとで幼少期を過ごしただけあり、ノーラン達は素直で優しい。だが、孤児院という特殊な環境から外部と接することはあまりなく、周りにも人間性の高い大人しか居なかったため若干世間ずれしている。今の冒険者ギルドにノーラン達を食い物にしようとするような輩は居ないが、社会すべてがそうではない。残念だが、平気で他人を騙したり陥れたりする大人は沢山居る。
「キャロ、あなたは今日から私の部屋に泊まりなさい」
「・・・はい」
どこか不安げなキャロ。兄弟同然に育ったノーランやアルバと別れるのが寂しいのは分からなくもないが、社会人となった今、いつまでも孤児院に居た頃の気分が抜けていないのは今後の為にもよろしくない。命を預け合うパーティーメンバーとはいえ自立は必要、大人になるとはそういうことだ。
「いいわね、今日からは私があなた達の姉貴分よ!冒険者としてだけでなく、一人の社会人としてもビシバシ教育するから、そのつもりでいなさい。いつまでも孤児院に居た頃のような子供気分が抜けないようなら、容赦なくぶっ飛ばすからね!」
「「「えぇぇぇぇ・・・」」」
「返事は!」
「「「はいー!」」」
「よろしい」
そんなことがあり、ノーラン達はルシアと行動を共にすることが多くなった。口では厳しいことを言っていたルシアだったが、三人に足りないものを一つずつ丁寧に教えてくれた。
冒険者としては、実力に見合った狩場や体力の回復に適した休憩場所。特にキャロには人目に付かず汗を流せる水場や、誰にも気付かれずに用を足す方法など、女性としての配慮をしつつ、大人の女性としての自覚も持たせていく。
社会人としては、三人に個人口座を持たせ金銭の大切さや貯蓄の喜びを教える一方、繁華街へ連れ出し冒険者として必要な武器や備品の買い出しだけでなく、美味しい紅茶を出すカフェやお洒落な洋服店など、趣味や興味を持ちそうな場所に連れて行き、仕事だけでなく人生を楽しむことも教えてくれた。
この頃には、第一印象が「ちょっとおっかない先輩」だったノーラン達のルシア評も「頼れる姉貴分」に変わっていた。特にキャロは公私で行動を共にすることが多くなり、ルシアのことを「ルシ姉」と呼んで実の姉のように慕い始める。
また、月末の時曜日には新しくなった大通りのセラ教会に四人で行くことが月齢行事となり、ルシアの決めた無理のない金額を四人で持ちより、三人の希望であった寄付も再開する。マザーループやシスターパトリに元気な姿も見せられ、笑顔で寄付も受け取ってもらえるようになった三人はルシアに心から感謝した。
そんなルシアだが、ノーラン達の戦い方には殆ど口を出さなかった。ルシアがパーティーに同行して、やることは主に二つ。適切な支援魔法と回復魔法。だが、トロン冒険者ギルドで一二を争うルシアの支援魔法と回復魔法はノーラン達パーティーの大きな助けとなり、行動を共にするようになってから僅か半年ほどでA級冒険者試験を受けられるだけのランクアップポイントを獲得するに至る。
この時点でノーランが「勇者」スキル保持者だと知らされていたギルド関係者は、セラ学園の指導員でもあったマーカスを除けばギルド長のマノアだけだった。マノアは、トキオ、マーカス、本人達と会談の場を持ち、強制依頼が発生するA級冒険者にランクが上がるまでは「勇者」スキルの件を秘匿すると約束していた。
「あなた達もいよいよA級冒険者かぁ。あっという間に追いつかれちゃったね」
「ルシアさんのおかげですよ。冒険者としても、社会人としても、色々なことを教えてくれてありがとうございました。今度お礼させてください」
「やめてよ。私は先輩方に教えてもらったことをあなた達に返しただけ。感謝してくれるのであれば、今度はあなた達が危なっかしい後輩が居たら指導してあげなさい」
「「「はい!」」」
ルシアにとっては嬉しくもあり、少し寂しくもあった。ノーラン、アルバ、キャロ、それぞれに個性はあるが三人共素直で気持ちのいい性格、行動を共にした半年ほどの歳月はルシアにとっても楽しい時間だった。だが、いつまでも自分と一緒に居ては次のステップに進めない。ルシアから見ても三人の実力は申し分なく、間違いなくA級試験をパスすると確信していた。A級どころか、既にS級をも手と届くところに居る。いずれは国中に名を轟かすパーティーになっても何ら不思議ではない。自分とは才能が違い過ぎる。実力の劣る先輩が一緒に居て良いことなど何もない。ルシアはA級試験合格を機に、このパーティーから身を引くつもりだ。
「それじゃ、試験頑張りなさいよ。あなた達なら頂点を目指せるわ」
「えっ・・・ルシ姉・・どっか行っちゃうの?」
「私は何処にも行かない。何処かに行くのはあなた達。あなた達なら何処まででも行ける」
「ルシ姉も一緒に行こうよ!私達、もう一緒のパーティーでしょ!」
ノーランとアルバもキャロの声に大きく頷く。仲間だと思ってもらえていたことは嬉しかったが、ルシアは心を鬼にして告げた。
「それは出来ない。私とあなた達では才能が違い過ぎる。今はまだよくても、私ではいずれついていけなくなる。一人だけ大きく実力の劣った仲間が居ればパーティーの弱点になりかねない。あなた達は何処まででも行ける。私はそんなあなた達の足手まといになんてなりたくない」
「ルシ姉が居なかったら、私達こんなにも早くランクアップポイントを貯めることなんて出来なかった。支援魔法も回復魔法も凄いルシ姉が足手まといなる訳ない!」
「キャロ、感情に押し流されてはダメよ。今はそうでも、いずれ私の魔法なんて必要なくなる。でも心配しないで、あなた達が上位冒険者になっても私が姉貴分なのは変わらない。悩みがあればいつでも相談に乗るから」
「ルシ姉は私達にとって、もう只の先輩じゃない!ノーランとアルバもルシ姉を止めてよ!」
キャロの叫びにオロオロするアルバ。アルバとは対照的に、顎に手を置き何かを考えこんでいたノーランが口を開く。
「ルシアさん、俺に補助魔法をかけてみてよ」
「何よ、藪から棒に。戦闘中でもあるまいし」
「お願い、何でもいいからさ」
「もう、しょうがないわね。「クイック」でいい?」
「うん。ただし、無詠唱でね」
「えっ・・・」
セラ学園でトキオから魔法を学んだノーラン達とは違い、ルシアには詠唱無しで魔法を使うことは出来ない。だが、ノーランに無詠唱で支援魔法をかけてくれと言われた瞬間、ルシアは不思議な感覚を得る。頭の中がクリアになり、誰からも習ってもいない人体の構造が明確に浮かび上がったのだ。人が速く動くにはどの筋肉をどれ程強化すれば良いのか手に取るようにわかる。魔法職にとって奇跡と言われている無詠唱魔法が、出来て当然のように思えてくる。
「さあ、早く」
「う、うん・・・」
数か月前からルシアは頗る調子が良かった。初めはノーラン達と狩りに出かけるようになってからレベルが上がったのだと思っていたが、どうも違う。支援魔法の効果が格段に上がり、魔力量も急激に増えた感覚、レベルが一つや二つ上がっただけではあり得ない感覚だった。何か特別なスキルを手に入れた可能性がある。ルシアは近いうちに冒険者ギルドで「上位鑑定」を受けるつもりでいた。
「いくわよ。「クイック」」
「おっ、かかった!これはルシアさんにも生えたな。キャロ、ルシアさんに「上位鑑定」だ」
「う、うん!「上位鑑定」」
ノーランとキャロが何の話をしているのかルシアにはわからない。ただ、「上位鑑定」をかけたキャロが口を押えながら震えていた。
「・・・生えている。ルシ姉にも生えているよ!」
「だから、私に何が生えているのよ?」
ルシアの問いに答えもせず、ノーランとアルバがハイタッチを交わす。今にも泣きそうなキャロは「上位鑑定」を周りにも見えるよう公開すると、ルシアを手招きした。
「これが、今のルシ姉のステータスだよ!」
「はぁ!?」
それを観たルシアは唖然として言葉を失う。すべての基本ステータスが格段に上がっており、中でも魔力と知能の欄には観たこともないような数字が並んでいる。それだけではない。光属性しか持っていなかった魔法の欄には空間と時間属性が追加されており、光属性のランクもCからBに上がっていた。
だが、それらを凌駕する最大の驚きが・・・
「な、何・・・この、称号・・勇者の仲間って・・・」
ルシアの声が聞こえていないのか、三人はルシアのステータスを観ながらワイワイと話し始める。
「へぇー、ルシアさんはバトルヒーラーだから魔力と知能だけでなく身体能力系も上がるのか」
「でもその分、魔力と知能はキャロほど上がっていないね。魔力と知能が三倍で、幸運を除いたその他が二倍ってところじゃない」
「ルシ姉は大規模な攻撃魔法を使う訳じゃないから十分だよ。それより体力、筋力、耐久、俊敏も上がっているのは大きいよ。前線に出て回復魔法が使い放題じゃん!」
「器用も上がったから、杖以外の武器も使えるんじゃないか?」
「たしかに。トキオ先生とまではいかなくても、何か作ったりできるかも」
「凄いよ、凄すぎるよ、バトルヒーラーが仲間って最高じゃん!」
驚きのあまり固まっていたルシアがようやく正気に戻る。
「あんた達、これ、どういう事!ちゃんと説明して頂戴!」
ノーランは自分が「勇者」スキル保持者であり、アルバとキャロが「勇者の仲間」の称号を得ていることを告白する。ルシアが才能の差と言ったのは「勇者」スキルと「勇者の仲間」の称号からくるもので、ノーランは少し前からルシアも「もしかして?」と思っていたらしい。
実のところ、セラ学園を卒業するころにはA級冒険者のステータスをとっくに超えていたノーラン達、ルシアが付いてくるようになった最初の頃は逆に気を遣っていた。いつの頃からかルシアは自分達にも平然と付いてくるだけでなく、支援魔法や回復魔法も想像以上に効果を発揮する。ルシアが支援魔法と回復魔法の使い手でありながら攻撃参加もできる優秀な冒険者であることは知っていたが、他のA級冒険者冒険者に比べてあまりに優秀すぎる。
A級試験をパスして自分達が「勇者」パーティーであることを公表するタイミングでルシアにその事を伝えるつもりでいたのだが、まさかルシアもこのタイミングで自分達から距離を置こうと考えているとは思いもよらなかった。
キャロだけではない。ノーランとアルバもルシアと一緒に冒険者活動をしていきたいと考えていた。優秀な冒険者であることは勿論だが、時に厳しく、時に優しい人生の先輩として、友人として、仲間として、共に在りたいと思っていた。
「ルシアさん、俺達の目標はトキオ先生のような冒険者になることです。弱者に手を差し伸べ、困った人が居れば助ける、そんな冒険者になることです。後世に名を残すような冒険者にはなれないと思います。それでも俺達はトキオ先生のような優しい冒険者になりたい。まだ世間知らずの半人前が生意気を言っていると思われるかもしれないけれど、この目標だけは生涯変えません」
半年ほどの短い付き合いだがルシアにはわかる、この子達は本気だということが。そして、この子達なら、その目標も不可能ではない。
「俺達にはルシアさんが必要です。いや、必要とか関係ない。俺達はルシアさんのことが大好きで、一緒にパーティーを組みたい。どうか、正式に俺達のパーティーに参加してください。仲間になってください。お願いします!」
「「お願いします!」」
ルシアだって初めに声を掛けた時からこの三人が気に入っている。そうでなければ時間を割いてまでB級冒険者パーティーと行動を共になどしない。
ルシアは楽しかった。心優しいく才能もある三人を導くのが。将来は自分などより遥かに人々の為になる冒険者に成長すると確信していた。
そんな三人が自分を誘ってくれている。仲間になってほしいと言ってくれている。嬉しくない訳がない。
「しょっ、しょうがないわね。これからも、このバトルヒーラールシアさんが付いていってあげるわ//」
「「「やったー!」」」
目標を語っていたさっきまでの凛々しい姿が嘘のようにはしゃぐ、ノーラン、アルバ、キャロの三人。精神の幼さと持っている力のバランスが取れるようになるにはもう少し時間が掛かりそうだ。自分がしっかりしなくてはとルシアは笑顔を見せながらも気を引き締める。
「ところで、ノーランはいつの間に「勇者の仲間」の称号を私に付けたの?」
「いや・・・実は、発動条件は俺にもわからないんですよ・・・」
「なにそれ。随分と曖昧なのね「勇者」スキルって」
「トキオ先生も同じ事を言っていました・・・」
数日後、ノーラン達は無事A級試験に合格。十分に力も付いたと判断したトロン冒険者ギルド長マノアにより、ノーランが「勇者」スキル保持者であることが発表された。多くの冒険者が驚きはしたものの、どこか納得した様子を見せる。それに合わせてルシアが正式に勇者パーティーへ加入したことも発表されたのだが、そちらに至っては「何を今更」と受け取った者がほとんどで大した話題にはならなかった。
♢ ♢ ♢
「お久しぶりです、ルシアさん。ルシアさんのような経験豊富で有能な冒険者がこの子達のパーティーに参加してくれたおかげで俺も安心できます。ありがとうございました」
「や、止めてくださいよ、トキオさん!私が勝手にこの子達・・いえ、この三人を気に入っただけですから//」
一応ノーランも回復魔法は使えるが、まだレベルは低い。回復役をルシアが受け持つことにより、ノーランは攻撃に集中できる。なにより、回復魔法を使えるメンバーが二人居るのはパーティーの安全マージンを大幅に上げる。しかもルシアは支援魔法の使い手でもあり、自ら戦う力もある。パーティー全体の戦力を底上げできるだけでなく、ノーランやアルバが前線で戦っている最中にキャロを守ることも出来るのだ。
能力だけ見てもルシアはこのパーティーを大いに強化させる、願ってもない人材。しかも冒険者としての経験も豊富で、まだ社会経験に乏しい三人に生活面でもアドバイスを送れる。ノーラン、アルバ、キャロから全幅の信頼も得ており、トキオもルシアの勇者パーティー参加には大賛成だった。
「アルバ、ルシアさん、トキオ先生が俺達に王都までの護衛依頼を出してくれたんだ。ちょうどS級試験の時だから一緒に馬車へ乗せて行ってくれるって」
「やったー!ありがとうございます、トキオ先生」
素直に喜びを表現するアルバ。対して訝しげな表情で俺の顔を覗き込むルシアさん。
「護衛?・・・トキオさんを?・・・私達が護衛されるのではなくて?・・・」
「それは、まあ・・・折角王都まで行くのですから・・・ねぇ」
そこまで言うと、俺の想いを察してくれたのかルシアさんの表情にも笑顔が。
「フフフッ、本当にトキオさんは優しい方ですね。尊敬します」
「いや、そんなのじゃないですから・・・//」
俺に笑顔を見せたのも束の間、ルシアさんは浮かれるノーランとアルバの首根っこを後ろから掴むと、キャロには厳しい視線を送り低い声で言う。
「あなた達、わかっているわね。わざわざトキオさんが指名依頼まで出してくれるのだから、無様な姿を見せるんじゃないわよ。もし、S級試験に落ちるようなことがあったら、ぶん殴るからね!」
「「「・・・はい」」」
フフフッ、手綱の締め方をよく知っていらっしゃる。流石は元ぶん殴りヒーラーの二つ名で知られた・・
「んっ!・・・トキオさん、今変なこと考えていませんでしたか 」
「あっ、いえ、何も・・」
凄い直感・・・まさか「魔王」スキルとか持っていませんよね・・・
でも、この調子なら安心だ。三人のことよろしくお願いしますね、バトルヒーラーのルシアさん。
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