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第七章 王都編
第十一話 妹よ、俺は今日王都へ旅立ちます。
しおりを挟む遂に来ました王都旅立ちの日。今回はリッカ教会への挨拶や修学旅行とは違いあくまで社会見学の一環、学校も夏休みに入っているので大々的な見送りはない。という訳で集合場所は大通りにある新しくなったセラ教会。ちなみに、現在はセラ教会と言えばこちらを指し、セラ学園と同じ敷地内にある教会は学園教会と呼ばれている。
ミル、カルナ、サンセラをサスケが引く馬車に乗せ集合時間五分前に到着すると、既に到着していた勇者パーティーが駆け寄ってくる。約束の時間より少し早めに待ち合わせ場所へ来るのは大人の常識、社会人としての自覚があってよろしい。
「「「「おはようございます、トキオ先生(さん)」」」」
「ああ、おはよう」
挨拶を交わしながら馬車を停めるとミルが勢いよく飛び出す。続いてカルナ、こちらは安全第一でサンセラに手を借りながらの降車。
「久しぶり!ノンちゃん、アル兄、キャロ姉!」
嬉しそうに駆け寄るとキャロの手を取るミル。二人は魔法の講義や「鑑定」スキルなど共に学ぶことが多かったので仲が良い。俺と出会った頃は感情をあまり表に出さなかったミルも学校が始まってからは他の子供達と同じ様に笑顔を見せることが多くなった。やはり子供は笑顔が一番だ。
「ミル、大きくなったね」
「うん。わたしはもうお姉さん」
お姉さんは馬車から飛び降りたりしません。
「カルナも、もう私と大して変わらないじゃん。二人共、あんなに小さかったのに」
「エヘヘッ、だってわたし達、もう年長組だよ」
子供の成長は早い。毎日見ている俺と違い、久しぶりに会ったキャロからすれば二人の成長した姿は新鮮なのだろう。
「ノンちゃんとアル兄も久しぶり!」
「おいミル、ノンちゃんは勘弁してくれ。俺はもうA級冒険者だぞ」
「そんなの関係ない、ノンちゃんはノンちゃんだよ。ねえ、カルナ」
「うん。ノンちゃんはノンちゃん。それ以上でも以下でもない」
「・・・もういいよ。好きに呼んでくれ」
相変わらずミルやカルナには弱いノーランがなんとも微笑ましい。そんな中、一人蚊帳の外だったルシアさんがミルに話し掛ける。
「あなたがミルさん。はじめまして、私は新しくこのパーティーに加わったバトルヒーラーのルシア。論文、読ませてもらったわ」
おおっ、ルシアさんもミルの論文を読んでいたとは、流石A級冒険者の魔法職。
「バトルヒーラー・・・よくわからないけれど、かっこいい!」
「フフフッ、あんなにも凄い論文を書けるミルさんに褒めてもらえるなんて光栄だわ。それで、そちらのお嬢さんがカルナさんね。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をするカルナ。うむ、ちゃんと挨拶が出来てえらいぞ。それに引きかえミル、同じ礼儀作法の授業を受けている筈なのに、変なところに食いついて挨拶を忘れている。王都の学校でちゃんと挨拶ができるのか不安だ・・・
「ルシ姉、カルナにはもう一つ名前があるんだよ」
「もう一つの名前?」
「そう、このカルナこそが謎の作家ミーコミルシオンなのだ!」
「えっ!あ、あの、「シスター物語」の!」
孤児院内では公然の秘密となっているが、カルナがミーコミルシオンであることは世間一般に公表していない。「シスター物語」の作者がまだ子供だと知れば金に目のくらんだ悪い大人の標的になりかねないからだ。それにしても相変わらずキャロはお調子者だなぁ・・・まあ、ルシアさんなら問題ないからいいけれど。
「「シスター物語」はカルナが九歳の時、夏休みの課題で書いた作品なんだよ」
「嘘っ、あの物語を九歳で・・・信じられない・・はっ、そ、そうだ!」
慌ててマジックボックスに手を突っ込むルシアさん。そうか、「勇者の仲間」の称号を得て空間属性と時間属性の魔法も使えるようになったからマジックボックス持ちになれたのか。回復や後方支援役のルシアさんがマジックボックス、うん、実に心強い。
「ミーコミルシオン先生!こ、ここに、サインしてください!」
出てきたのは一本のペンと「シスター物語」、しかも愛蔵版。こりゃ、ガチファンだ・・・
「えっ、サインですか・・・」
「はい、お願いします。私、「シスター物語」の大ファンなんです!」
サインなんて書いたことのないカルナはどうすればいいのか目で俺に訴えかけてくる。まあ、既に人気作家となっているカルナにとっては、いつかは通らなければならない道。俺が小さく頷くと、カルナも渋々ペンをとる。
「こ、ここに、ルシアさんへって・・」
「はい・・・」
言われた通りに綺麗な字でルシアの名を書くと、困っていたわりにスラスラとサインを書くカルナ。達筆でありながら若干崩した感じで書かれたミーコミルシオンの文字からは練習した形跡が見て取れる。
「は、はい。どうぞ」
「ありがとうございます!一生の宝物にします!続編も楽しみです!」
「こちらこそ、読んでいただいてありがとうございました」
普段から落ち着いているカルナだが、実に大人びた受け答えだ。同い年でもミルよりは遥かにお姉さんっぽい。
「良かったねカルナ、サインの練習しておいて」
「ちょっとミル、それは言わない約束でしょ!」
ミルの一言で一気に顔を赤くすると、照れ隠しなのかミルをポカポカと叩きだすカルナ。前言撤回、お姉さんっぽく振る舞っているだけのまだまだ子供だ。あと、やっぱりサインの練習していたんだね・・・
顔合わせも済んだところでサンセラも馬車を降りて俺達は全員で教会へ。勇者パーティーはS級試験に合格すればそのまま拠点を王都に変える予定、属性的に転移魔法を使える可能性があるノーランとルシアさんだが現状では全然魔力も知能も足りない。一度王都に行ってしまえば金銭的にも時間的にもそう易々と里帰りは出来ない。
それが旅立ちであり大人になると言う事だと言ってしまえばそれまでだが、物心ついたときから暮らしてきたトロンの街、生活の中に当たり前にあった慈悲の女神チセセラ様とセラ教会、なにより、ノーラン、アルバ、キャロにとっては家族に等しい人々、感情的になるなという方が無理である。
それはこの人達も同じ。
「ノーラン、アルバ、キャロ、立派になりましたね。トロンの地で貴方達が冒険者として大成していく事を心より願っています」
「私も、応援しているからね」
A級冒険者になったとはいえ、マザーループとシスターパトリの前では子供の様な表情を見せる三人。今にも泣き出しそうに肩を震わせながら深々と頭を下げる。感情が込み上げて顔を上げられないアルバとキャロ。そんな中、瞼を濡らしたノーランが代表で話し始める。
「マザー、シスター、本当にありがとうございました。どの街へ行こうと、トロンの街が俺達の故郷でありセラ教会が実家です。マザーとシスターに教えて頂いたことを胸に、正しき道を歩むと慈悲の女神チセセラ様に誓います」
「「誓います」」
「ノーラン、アルバ、キャロ、貴方達に慈悲の女神チセセラ様からのご加護があらんことを」
マザーループとシスターパトリの目にも光るものが。数えきれないほどの孤児を導き、数えきれないほどの旅立ちを見送ってきた彼女達だが、一つ一つその全てが特別。成長した孤児の旅立ちは彼女達にとって何よりの喜びではあるが、寂しくないと言えば嘘になる。お互いに涙を堪え、笑顔で旅立ちを祝おうとするが感情がそうはさせてくれない。歪な笑顔を見せる旅立つ者と見送る者、その姿は新しくなった教会の内装より遥かに美しい。
慈悲の女神チセセラ様の像の前へ移動し皆で祈りを捧げる。頭を上げると、最前列に並んだノーラン、アルバ、キャロの三人はまだ祈り続けていた。俺より長い年月をこの地で過ごした三人、時間が掛かるのも当然だ。そんな三人に優しい視線を送りながら無言で待つルシアさん。
妹よ、旅立つ俺の教え子達を見守ってあげてください。
「マザー、俺達からの寄付金です。どうか受け取ってください」
「まったく、貴方達は・・・」
ノーランがマジックボックスから出したのは、ずっしりと重そうな袋。多分金貨が百枚以上は入っている。
「孤児院のみんなに美味しい物でも食べさせてあげてください。俺達は王都で沢山稼ぐ予定ですから」
マザーループはノーランからの寄付金を一旦袋ごと受け取ると、そこから金貨を三枚だけ取り出して残りをノーランに突き返す。
「これだけ受け取らせてもらいます。後はこれからの生活の為に貴方達が使いなさい」
「でも、それじゃあ恩返しが・・」
「ハァー、本当に貴方達は何もわかっていませんね・・・恩返しなどとっくに終わっています」
「俺達はまだ何も・・」
「ノーラン、アルバ、キャロ、貴方達が孤児院を巣立ち社会の一員として元気に日々を送っている、私達にとってそれ以上の恩返しなどありません。ねえ、パトリ」
「まったくです。しかもこの若さでS級試験に挑戦できるまでの冒険者になったなんて、最高の恩返しです」
それでも納得のいかないノーランは金貨の入った袋をマジックボックスに入れようとしない。見かねたルシアさんがノーランの首根っこを掴む。
「そんなお金をマザーが受け取る訳ないでしょ、さっさと片付けなさい!」
さらにルシアさんの厳しい視線はアルバとキャロにもぶつけられる。
「あなた達、私に内緒でこんなものを用意していたなんて覚悟は出来ているのでしょうね。お説教程度では許さないわよ」
ルシアさんの迫力に慌てて金貨の入った袋をマジックボックスに入れるノーラン。まったく、三人の気持ちも分からなくはないが、マザーループがその金貨を受け取らないお人なのはお前達が一番知っているだろうに。
「フフフッ、ルシアさんが居て頂いて助かります。今後とも三人のこと、よろしくお願い致します」
「お任せください。勇者パーティーだろうが高ランク冒険者だろうが関係ありません。姉貴分として私が立派な大人になったと判断するまで、しっかり手綱は握っておきますので」
三人は一瞬苦い表情を見せるが、ルシアさんに一睨みされると直ぐに歪な笑顔を見せた。本当に頼もしい姉貴分だ。
そろそろ出発の時間。教会を辞そうとするとシスターパトリがキャロに駆け寄って小声で話す。
「・・・キャロ、あのお願い忘れていませんよね」
「・・・はい、勿論です。王都で美味しい物を見つけたら必ず購入してノーランのマジックボックスで保管させます。トロンの街へ帰省する日を楽しみにしておいてください」
またやっているよ、このシスターは・・・マザーループにバレていますよ。
「パトリ!」
「は、はい!」
ほら、言わんこっちゃない・・・
「何でもありません・・・」
あれ?マザーループからのお叱りがないぞ。なんで?ノーラン達が最後にセラ教会名物を観られるチャンスだったのに・・・
今度こそ本当に出発の時間。ノーラン、アルバ、キャロの三人がマザーループとシスターパトリの前に並び最後の挨拶が交わされる。
「無理をしてはなりませんよ」
「「「はい」」」
「トキオさんやマーカスさんの教えを守るのですよ」
「「「はい」」」
「トロンの街へ帰省した際は必ずセラ教会に顔を出しなさい」
「「「はい」」」
なるほど、そういう事か。さっきシスターパトリが怒られなかったのは、三人が帰ってきたらセラ教会に必ず寄らなきゃならない理由になるから・・・いつも厳格なマザーループのこんなところ始めて見る、なんだか得した気分だ。
「「「いってきます!」」」
「「いってらっしゃい」」
教会の入り口で見送るマザーループとシスターパトリ。そんな二人が見えなくなるまで手を振り続けるのは勇者パーティーの三人とミルとカルナ。はてさて、どんな旅になるのか楽しみだ。
妹よ、俺は今日王都へ旅立ちます。
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