充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第六章 生徒編

第二十三話 妹よ、俺は今生まれて初めて限界を越えました。

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 誰にも気付かれぬよう、一人で貴族が待つ正門へ向かうため講堂を出たつもりだったが、俺を追いかけるように出てきた足音が一つ。

「わたしも行く」

「俺に用事のある貴族に会うだけだよ」

「悪い貴族?」

「どうだろう・・・まあ、ミルが今まで会ってきた優しい貴族ではないだろうね」

「そういう貴族も見ておきたい、ダメ?」

 うーん・・・確かにミルが今迄会った貴族は良い人ばかりだった。それは幸運なことで、実際の貴族は皆が皆良い人という訳ではない。俺自身、多くの貴族に会ってきたわけではないが、オスカーやマーカスの話を聞く限り、どちらかと言えばブロイ公爵家やハルトマン男爵家の方が貴族としては異端だ。他の生徒ならすぐに帰すが、論文の発表を控えたミルはこの先多くの貴族と接触する可能性もある。違うタイプの貴族も知っておいた方がいいかもしれない。

「もしかしたら面倒なことになるかもしれないから、俺が帰った方がいいと判断したら直ぐにマザーループ達のもとへ戻るんだよ。約束できる?」

「うん、約束する」

 何でも自分自身で経験しようとするところはミルの長所だ。今回は嫌な経験になるかもしれないと本人も分かっているのだろうが、経験を優先させようとするのはいかにもミルらしい。

「怖い人かもしれないぞー」

「トキオ先生が一緒なら怖くない」

 まあ、結界もあるし、いざとなれば俺が守ってやれるから大丈夫だろう。




 正門では見たこともない貴族が、結界の外で機嫌悪そうに立っていた。

「お待たせしました。俺がトキオ セラですが、どういったご用件でしょうか?」

「遅いぞ、平民ごときが貴族を待たせるな!」

 なんだ、このおっさん。予想以上に嫌な貴族だなぁ・・・ミルを連れてくるんじゃなかった。用件を聞いたら、とっととお帰り願おう。

「まあ良い、聞いて驚け。私はオクラド領主のジャズ ブラックモン。爵位は伯爵だ」

「はぁ・・・」

 何に驚くの?伯爵と言えばそれなりに爵位は高いのだろうが、今展示会に来ているのはもっと爵位の高いブロイ公爵ですよ。

「お前、なかなか腕の立つ冒険者らしいな」

「はぁ・・・」

 冒険者としての依頼か?だったらちゃんと冒険者組合を通していただきたい。勿論、B級冒険者の俺は強制招集に応える義務がないので、お断りさせていただきますがね。俺は冒険者である前に教師ですから。

「喜べ、私が専属契約してやる」

「はぁ?」

「まずは先程対応した門番をここへ連れてこい。不敬罪でひっ捕らえろ」

「門番の対応に何か問題でも?」

「問題大ありだ!やつは伯爵の私に向かって、招待状が無いのなら帰れと言ったのだぞ!」

「それの何が問題なのですか?本日午後からは招待状を送った方への展示会ですから、当然ではないですか」

「私は伯爵だぞ!」

「ここは教会敷地内にある学校ですよ。爵位など関係ありません」

 ブルジエ王国の法でも教会は守られている。いかに爵位の高い貴族だろうと勝手は許されない。勿論、実際に貴族が訪れればそれなりの対応はするのだが、なるほど、こういう勘違いしている貴族に対応できるよう明文化されているのだな。

「貴様、それが主に対する言葉か!」

 いつ俺が部下になったんだよ!

「あなたの部下になった覚えはありません」

「き、貴様・・・オクラド領主である私の誘いを、伯爵である私の誘いを、断るというのか!」

「ええ、俺は誰にも仕える気はありませんから。そもそも、冒険者は副業で、本職は教師ですので」

「ハハハッ、冒険者としては生計が立てられず、教師のバイトもしているとは情けない。まあ、僻地のトロンでは冒険者だけで食っていくのも大変なのだろう」

 話しの通じないおっさんだなぁ・・・本業が教師だって言っているでしょうが。

「冒険者としての噂話には尾ひれが付いているのだろうが、この結界はなかなかの物だ。私の役に立つようなら、教師とは比べものにならない稼ぎも夢ではないぞ」

「もう一度言いますが、俺は誰の部下にもなる気はありませんし、お金にも困っていません。どうぞ、お引き取りください」

「なんだ、私相手に駆け引きをするつもりか?そんなことをしても契約金は上げてやらんぞ。自分が役に立つと証明するのが先だ」

 面倒くさいおっさんだなぁ・・・マジックボックスから大量の白金貨でも出してやろうか。そんなことを考えていると、これまで俺の袖を握ったまま静観していたミルが一歩前に出て、ブラックモン伯爵に厳しい視線を送った。

「トキオ先生はセラ学園の先生だ!お爺ちゃんになって先生が出来なくなるまで、ずっとセラ学園の先生だ!お金だって銀行を泣かすくらい沢山持っている!帰れ!トキオ先生はお前なんかの家来にはならない!」

 オスカーに聞いた話では、スタンピードの際もミルは城壁の上でブロイ公爵に堂々と自分の意見を言ったらしい。大人、それも貴族に対して臆することなく意見を言えることは素晴らしい。だが、一歩間違えば大変な事態に陥る可能性がある。ましてや、まだ幼いミルは戦う力を持っていない。今は俺が一緒だからいいが、この先少し不安だ。ミルがこの姿勢を貫き通すであれば、戦う術を身に付けさせた方がいいのかもしれない。

 あまりにも堂々とした幼い少女の発言に、ブラックモン伯爵とその取り巻きは一瞬たじろぐ。おかしな行動を取らせないため、取り巻きに殺気を送りけん制すると、ブラックモン伯爵を除く全員の表情が蒼褪めた。

「おい、娘。お前は何だ?」

「わたしはトキオ先生の一番生徒だ!」

 えっ・・・一番生徒って何?

「こら、ちゃんと挨拶しなさい」

「はい・・・セラ学園年中組のミルです。九歳です」

 不服そうな表情はしながらもちゃんと挨拶するミル。相手の態度が褒められたものではなくても、自分まで同じ態度を取っては同類だぞ。折角オスカーに礼儀作法を教えてもらっているのだから、目上の方にはしっかりと挨拶をしましょう。

「チィッ、孤児の餓鬼ごときが、私に意見するな!」

 次の瞬間、ブラックモン伯爵が信じられない行動に出る。

 スローモーションの様に感じた。不服ながらも挨拶と同時にぺこりと頭を下げるミルに向かって、ブラックモン伯爵の足が蹴り上げられる。

 ミルは結界の内側、ブラックモン伯爵の蹴りが当たることはない。即座に動いて足を止めることも俺なら簡単だ。それなのに、そんなことは十分理解しているのに、俺が取った行動はミルに覆いかぶさって自らの背中で蹴りを受けること。

 前世で赤い風船の少女を助けたときと同じだ。他にやりようはいくらでもある。力を得ても、咄嗟の場面では活かせていない。自分の成長の無さに嫌気がさす。

「トキオ先生!」

 ダメージは無い。腰に剣はさしていても、一般人とほとんど変わりないステータスしか持っていないブラックモン伯爵の蹴りなど、俺にとって攻撃ですらない。蹴ったブラックモン伯爵の方がダメージを負ったかもしれない。

「ミル、ここは危ないから、マザーループ達のところに行ってくれるかな」

「・・・うん、わかった」

 そう言って講堂へ駆けだすミル。ミルの姿が小さくなっていくのを見送りながら、ゆっくりと振り返る。

 人間の本質は簡単には変わらない。そして、その本質とは、案外自分自身では気付けなかったりする。

 自分は比較的温和な性格だと思っていた。争いごとを好まず、他者を傷つけることを嫌う性格だと思っていた。大概のことは笑って許せる性格だと思っていた。怒ることはあっても、キレるなんてことは無いタイプだと思っていた。

 俺は今どんな顔をしている?

 自分でも想像がつかない。ただ一つわかるのは、子供達に見せられるような表情ではないということだけだ。その程度の思考すら、目の前の男の顔を見た瞬間、放棄しようとしている。

 本来なら「不動心」を強く意識するところ、自らスキルの効果を放棄する。怒りの制御を自ら放棄した。

 目の前の男の襟を掴む。そのまま持ち上げると、男は抵抗しようとして俺の手を解こうとする。足をバタつかせ、その場から逃げようとする。だが、圧倒的なステータスの差がそれを許さない。

「俺の生徒に、何をしようとした!」

 この先俺が何をするのか、もうわからない。


 ♢ ♢ ♢


 ミルは走った。全力で走った。

 ミルを全力で走らせているものは恐怖。自分を蹴飛ばそうとした貴族に対してではない。ミルは知っている、トキオの結界が自分を守ってくれることを。勿論、トキオに対してでもない。今迄トキオには何度も叱られたことがあるミルだが、一度としてトキオのことを怖いと感じたことはない。トキオに叱られる時には明確な理由があった。自分の将来を思って叱ってくれているのは、子供のミルにもわかっていた。叱られて嬉しいとは思わないが、愛情が感じられた。間違ったことをした時にちゃんと叱ってくれる大人が居る環境はありがたいことだとミルは知っていた。

 ミルにとって最も恐ろしいのは、トキオがセラ学園から去ってしまうこと。ミルとトキオの出会いは突然だった。トキオと出会い、ミルの世界は突然変化した。それも、最高の形に。だからこそ怖い。突然変化した世界が、突然元に戻ってしまうことが。
 トキオは言ってくれた。ミル達が卒業しても、お爺ちゃんになって先生が出来なくなるまでセラ学園に居ると。ミルはそれがトキオの本心だと信じている。トキオは子供相手だろうと、簡単に嘘をつくような人物ではないと知っている。
 それでも不安はある。トキオはあまりにも傑出した人物だ。あまりにも魅力的な人物だ。多くの人がトキオと関りを持とうとする。多くの人がトキオの力をあてにする。勿論、トキオが自分の理想を明確に持ち、強い意志で教師の職に向き合っていることをミルは知っている。その意思を曲げられる人物などそうは居ない。それでも、ミルはいつかトキオが居なくなってしまうことを恐れている。
 それはこの国の在り方。この国には身分制度があり、貴族が力を持っているのは純然たる事実。トキオはミルと同じ平民だ。トキオが教師であり続けたいと望んでも、貴族がそれを許さなければどうなるのか。ミルはそのことを以前から考えていた。貴族の在り方を注視していた。トキオの足を引っ張る貴族が現れるのではないかと恐れていた。
 運良く、これまでにミルが出会った貴族はトキオに協力的な人達ばかりだった。自分が大人になり、この国最高の学者となって貴族にも意見できるようになるまで、こんな日が続いてほしいと思っていた。そして今日、ミルの恐れていた事態が起ころうとしている。
 あんな貴族はトキオの相手ではない。トキオならどうとでも出来る。だが、他の貴族が黙っていないかもしれない。トキオに対して、セラ学園に対して、国単位の反対勢力が構築されてしまうかもしれない。それでもトキオの力は圧倒的だ。たとえ国が相手でもトキオが負ける姿などミルには想像できない。
 ミルが唯一恐れているのはトキオの優しさ。自分が矢面に立つのならトキオは誰にも負けない。だけど、マザーループやシスターパトリ、自分も含めた孤児院の子供達、オスカー先生やマーカスさん、ブロイ公爵家、周りの人達に迷惑がかかるようならトキオは簡単に自分の夢を諦めてしまうかもしれない。先生を辞めてしまうかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。トキオの居ない世界なんてミルには耐えられない。

 ミルは全力で走る。

 自分にはトキオを止められない。止められるとしたら、あの二人と一匹。



「どうした、ミル。そんなに慌てて」

「スネルさん、扉を開けて。トキオ先生が大変なの!」

 スネルは知っている。この少女が将来は国を揺るがす程の途轍もない可能性を秘めていることを。自分など足元にも及ばないほど聡明なことを。子供だろうが関係ない。スネルはミルの言葉を受け、すぐに講堂の扉を開く。

「コタロー!サンセラ先生!マザー!」

 今はこの二人と一匹に頼る他ない。力のない自分とは違う、トキオが最も信頼する二人と一匹に。
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