一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三話 カレー

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 日曜の昼。少し開けた窓からそよぐ風が心地いい。柔らかな午前の日の光が揺れるカーテンとともに、ちらちらと視界に入ってくる。うめずは日向ぼっこをしながらまどろんでいた。

 俺はというと、数学の教科書とにらめっこをしていた。

 なんでも、俺たちの学年の数学の成績――主に理系クラスなのだが――が最近低迷しているらしく、急遽テストが実施されることになったのだ。文系クラスの俺からしてみればいい迷惑だ。そもそも俺はそれほどやばい点数はとったことはない。

 テスト前に詰め込む必要は別にないのだが、念のための復習というやつだ。ちょっと苦手な単元だし。

 途中落書きとかしながら問題を解いていると、スマホが鳴った。日曜のこの時間に俺のスマホを鳴らしうるのは、まあ、あいつしかいないだろう。

「咲良か……」

 案の定、通知には「咲良」の文字があった。メッセージの内容は「数学を教えてくれ」だという。

「こいつ……」

 トーク画面を開いてみると、既にそこには問題集のあるページを撮影したものが送られてきていた。当然、文系クラスの俺とは進度が違うため、習ってもいないところだ。

 俺は素直に「習ってねえから無理」と送り、それだけではちょっとあんまりかと思って、適当なスタンプも送っておいた。

 その時ふとスマホの時計が目に入る。十三時ちょっと過ぎ。それを確認した途端、盛大に腹が鳴った。

「あれ、もうこんな時間か」

 グーッと伸びをすると関節が鳴る。同じ体勢でいたせいか、凝り固まってしまったようだ。朝が遅かったとはいえ、結構勉強もしたし腹が減った。しかし、何が食べたいだろうか。

 特に思いつかないので、なんとなくテレビをつける。

『――いいお天気が続きそうですね』

 日曜の昼に決まって放送されているローカルなバラエティ番組だ。これを見ると日曜日だなーと思う。

『さて、続いては特集です。今日は、スパイシーな香りがたまらない、こちら!』

 やけに明るい民族風の音が流れ出したと思えば、画面には次々とある料理の写真が現れた。

「カレーか……」

 キーマカレーやドライカレー、なんか白っぽいのやら緑色のものまで出てきた。

 カレーは家によって味が変わる料理の代表だ。同じ市販のルーを使ってもなんか違うってなるし、具材だって様々だ。

 豚肉、鶏肉、牛肉、使ったことはないが羊肉とかもあるだろう。うちでは大体鶏肉を遣う。お高いのでめったに入れることはないが、エビやイカとかのシーフードもいい。野菜の定番はニンジン、ジャガイモそれから玉ねぎあたりだろうか。夏には茄子やピーマンなんかの夏野菜の素揚げをのせるのもありだ。そういえばこの間、ミントカレーなんてのも見た気がする。

 出汁でのばせばカレーうどんにもできるし、そばでもいい。カレーラーメンも結構いける。カレーパンは作ったことはないけど、焼きたての威力は計り知れない。焼くといえば、焼きカレーもいい。チーズと卵を絡めて、少し焦げたカレーを食べるとおいしいんだこれが。カレー粉があればポップコーンの味変もできる。そうそう、カツカレーも忘れちゃあいけない。サックサクのカツにトロっとしたルーを絡めて食べるとおいしい。もっぱらうちはチキンカツだが、とんかつもいい。

 一晩経ったカレーもいい。カレーのルーに具材の味がなじんでいいんだ。保存には気を遣うが、あの味は出来立てとはまた違うおいしさがあるからな。弁当にはもっていったことはないが、スープジャーがあればいけるだろうか。付け合わせはらっきょうか、あるいは福神漬けか。

「ああ~。カレー食いてえなあ……」

 手元に視線を落とす。テスト範囲分は一通り解き終わった。見直しもまあいいだろう。

「よしっ」

 野菜はあるし、肉もある。ルーも買い置きがあったはずだ。

 俺はテレビを消してとっとと教科書類を片付けると台所に立った。その時にはもう、うめずは起きていて、さっきまで俺がいたところをうろうろしていたかと思うと、ソファに顎をのせて座った。

 まずは野菜を切っていく。ジャガイモとニンジンは一口大に、玉ねぎは五ミリぐらいの厚さで。肉は鶏肉のパックがあるのでそれでよし。ルーは中辛だ。つい最近まで甘口ばっかりだったけど、間違えて中辛を買った時、捨てるわけにもいかないので食べてみたら思いのほかおいしかった。むしろうまみがあっていい。辛口は頃合いを見て挑戦しようと思っている。

 油をひいた大きめの鍋を火にかけ、鶏肉を炒める。ある程度火が通ってから玉ねぎを投入し、しんなりしてきたところでニンジン、少ししてジャガイモを入れる。タイミングはいつも適当だ。

 分量通り水を入れ、具材がある程度煮えたタイミングでルーを入れる。溶ける前のルーはチョコレートみたいな見た目でスパイシーな香りがするものだから、頭が混乱する。そういえばインスタントコーヒーを入れるとコクが出るとか聞いたことがある。

 コトコトじっくり煮込んでいくといい匂いが立ち上ってきた。ルーが残っているとジャリッとしてちょっと嫌なので、ちゃんと溶かさなければならない。

「ん、これこれ。この匂い」

 カレーを作るたび思い出すのは、小学生の頃のキャンプだ。何人かの班に分けられて、一泊二日のよくある宿泊訓練だ。あの頃の俺はまだまだ料理の知識もなくて、具材のサイズはばらばらだし、野菜はなんか固いし、ルーは溶け切ってないし、散々だった。

 そん時に比べたら、ずいぶんできるようになったもんだ。少なくともうまいと思って食えるものは作れるようになったからなあ。

 さて、いい感じに煮込めたようだ。カレーを食べるときによく使う皿にご飯をよそい、ルーと具材をバランスよく、かつたっぷりとかける。福神漬けもらっきょうもないが、今日は良しとする。

 うめずのご飯は一日に二回なのでお昼は俺だけだ。カレーのにおいに反応していたうめずだったが、やっぱりソファの定位置に丸まって二度寝を決め込んでいた。

「では、いただきます」

 まずはルーとご飯だけで一口。スパイスの風味が鼻を抜け、ピリッとした刺激が心地いい。ジャガイモもほっくほくで、口の中でほろっと、トロっととろけてカレーをマイルドにしてくれる。ニンジンは程よく甘い。玉ねぎのやわらかいながらもやや残ったしゃくっと感がいいアクセントになる。

「んまー」

 やっぱりカレーはうまい。そうだ、夜は温泉卵ものせようか。最近、簡単な作り方を覚えたんだ。常温の卵を熱湯に入れて十五分程度放置。中辛のルーと絡めるのがいいんだ。

 明日の朝ご飯の分も残しとかないとな。朝はチーズでものせようか。



「ごちそうさまでした」

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