一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四話 豚汁

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「なぜ俺を見捨てた!」

 放課後になるや否や、廊下にいた俺にいわれのない罪を擦り付けてきたのは、他でもない咲良だった。

「……ちっ」

「舌打ちかよ⁉」

「うるせえ」

 咲良のことは無視して階段を下りていく俺に、咲良はなおも食らいつく。こいつも帰宅部であるというのが、今は非常に都合が悪い。

「お前さあ、少しぐらい教えてくれてもよかったじゃん」

「習ってもねえのに解けるかよ」

 そんなことより俺は急いでいる。今日は肉が安い。ただでさえ夕方に買いに行くので残っているかもわからないのに、こんなところで足止めを食らっていてはたまらない。

「大丈夫! お前ならできるって!」

「何を励まされているんだ俺は」

「俺を助けるためにもさ!」

 もうほとんど本気じゃないのだろうが、咲良はしつこく食い下がる。俺は見せつけるように盛大にため息をつくと、咲良に向き直った。

「……いいか。俺は文系だ。数学は得意じゃない。習ってねえ所はわかるはずもねえ。だから、分かんねえところは先生に聞きに行け。以上」

「先生のとこ行くと怒られるからヤなんだよ~」

 咲良はへらっと笑う。こいつ、ほんとに危機感ねえな。

 これ以上は何を言っても無駄なので、俺はあきらめてさっさと靴を履く。

「なに? 今日なんか急ぎの用事でもあんの?」

 そういうことを察せるんだったら、もうちょっとほかのことも察してほしいもんだ。

「買い物。肉が安いんだ、今日」

「お、まじでー? じゃあ俺もついていこっかな~」

 冗談めいて言う咲良だが、俺はハッとした。

 こいつがついてくれば、『おひとり様いくつまで』の特売品が倍買えるのではないか?そうだ。肉は冷凍しておけばいいし、買えるに越したことはない。何なら荷物持ちもさせようか。

「なーんて……」

「いいぞ。ついてこい」

「へっ?」

 間抜けな声で、虚を突かれたような表情で返事をする咲良に、俺は畳みかける。

「ついてきてくれるってんなら、明日の昼飯は作ってきてやる」

 すると今度は咲良がハッと真剣な表情になった。

「献立は?」

「おにぎり弁当」

「乗った」

 かくして俺たちは、連れ立ってスーパーへと向かったのだった。



 今日は、最近のヒットメドレーが流れていた。カートを押させている――もとい、押してくれている咲良はそれに合わせてのんきに鼻歌を歌っている。

「とりあえず肉を買いに行くぞ」

「りょ~」

 それにしても、いつにもまして視線がうるさい。それもそうか。学生服を着た男子二人がスーパーに連れ立ってきているのだからな。俺も逆の立場だったら見る。

 まあ、そんなことを気にしている暇などない。幸いにも今日の目玉商品は残っていた。

「んー……これ。と、えっと……」

 鶏肉、豚肉。牛肉はめったに使わないので今回は却下だ。いくら安売りとはいえ、予算オーバーである。

「なーなー、おにぎりってなにすんの?」

「あ?」

 一通り店内を回ったところで咲良が声をかけてきた。そういえば、こいつにしては静かだったな。一応気を遣っていたのだろうか。

「あー……梅とか、しゃけとか、かつお節とか……」

「いいねー」

「おかずは卵焼きとか、ウインナーとか、そのあたりだな」

 楽しみだなあ、と咲良は笑った。

 レジに向かう途中、ワゴンに山積みになっていた、広告には載っていない安売りの品をかごに入れる。

 会計を済ませ、袋詰めをする。

「荷物持ちいたしましょうか」

 咲良がそんなことを言って、率先して荷物を持つものだから、俺は思わずかごを返しそびれそうになった。

「気が利くな。明日は嵐か」

「ひでえな」

 荷物持ちといっても、徒歩、あるいは自転車で通学する俺の家は、スーパーからそこまで遠くない。さらに、バス通学をしている咲良がいつも利用しているバス停の方が近い。そこにはうちの学校の生徒だけでなく、他校の生徒や一般の乗客もいて、賑やかであることこの上なかった。その前を通るのは正直言って苦手なのでいつもは遠回りになるが別の道を行くのだが、今日は咲良がいるので仕方なくこっちを通ることにした。

「お前、バスここで乗るだろ。荷物ありがとな」

 すると咲良は右手に持っていた荷物を左手に持ち替えた。てっきり渡されると思っていた俺は拍子抜けしてしまう。

「んー、いつもはそうだけど、今日は違うとこから乗るわ」

「違うとこ?」

「そ、向こうにもう一つバス停があってさ。何ならそこで乗った方が座れる確率が高い」

 と、咲良は前を指さす。咲良の言うバス停は全く見えないが、確かに、なんかあったような気もする。

「だからさ、家まで持ってく」

「……お前、今日はやけに親切だな?」

「俺はいつでも優しいですー」

 じゃあ、わざわざあのバス停の前を通らなくてもよかったのか。ちょっと後悔するが、まあ、いいだろう。

「弁当楽しみだしなー」

「お前安いやつだな。素人の、しかも自炊を始めて二年もたってない男子高校生の弁当だぞ?」

 呆れる俺に、咲良は真剣な表情を向けた。

「馬鹿言え。飯ってのは大事なんだぞ? ましてや人に作ってもらえるとか、うれしいだろ」

「いや、飯が大事なのは分かるが」

「な! そういうわけで、うまい飯のためには労力を惜しまない」

 ぐっ、とガッツポーズをして視線を上げる咲良に、俺は思わず笑ってしまう。

「……自分で料理をするって選択肢はないんだな」

 少しからかうように俺が言ってやると、咲良は決まり悪そうに笑ったのだった。

「まあ、それはそれ、これはこれってやつだ」



 さて、明日は二人分の弁当を作るので、いつもより早起きをした方がいいだろう。ということで、今日の晩飯は明日の朝まで食べられるものにしようと思う。

 カレーは昨日食べた。今日の朝もだ。別に連日同じ飯でもいいのだが、あいにくと今日は違うものが食べたい。

「何が食べたいだろうなあ」

「わう」

 ソファに寝そべってうめずをわっしわっしと撫で繰り回す。うめずは思いっきり俺に体重をかけてくるので、とんでもなく重い。

「重いぞーうめず。お前もでかくなったなー」

 うめずはご機嫌そうに頭を俺の顔にこすりつけてきた。圧迫感がすごいけど、あったかいから良しとする。

「なににしようかなあ。……あ、そうだ。ちょっとうめず、どいてくれ」

 少し名残惜しそうだったが、うめずは素直に俺の上から降りてくれた。

 今日の晩飯は野菜も肉も取れて、汁ものだが充分おかずになるあれにしよう。豚汁だ。

「ニンジン、大根、白菜、ゴボウ……あるある。あとは豚肉っと」

 材料はそろっている。きんぴらごぼうを作るつもりで買ってきておいたのが功を奏した。

 ニンジンと大根はいちょう切りにし、白菜は食べやすい大きさに。ゴボウはささがきにするが、きんぴらの分は細切りにして、どっちも水にさらしてアクを抜いておく。きんぴらにはニンジンも入れるので、同じように細切りに切っておく。豚肉は細切れを買っていたのでそのままで良し。

 昨日カレーを作った鍋に水を張って火にかけ、沸いたところで野菜を全部入れる。アクをとって野菜に火が通ったら豚肉を投入。豚汁の作り方は様々あるが、俺の場合はおいしくなればそれでよしなので、毎回味が違う。それもまた魅力の一つ、ということにしておく。

 味噌は合わせ味噌。溶き入れて肉に火が通ったら完成だ。

 次はきんぴらを作ろう。フライパンにごま油をひき、ゴボウとニンジンを炒める。味付けは、しょう油、酒、砂糖、みりんだ。最後にゴマをまぶせば完成である。これは明日の弁当にも入れよう。

「いただきます」

 ちょっと肉を多めによそった豚汁。いつものみそ汁とは違い、表面に豚肉の脂がキラキラしていてちょっとまぶしい。野菜のうまみと豚肉のうまみが染み出し、香ばしい味噌の香りと相まっておいしいのだ。ニンジンは程よい甘みがあって、薄く透き通った大根には味が染みていて、かみしめるとジュワッと味があふれ出す。ゴボウの風味も悪くない。豚肉は脂身の甘さと肉の歯ごたえが心地よい。

 きんぴらもうまくできたようだ。ゴマの風味が香ばしく、甘辛さがちょうどいい。ゴボウにもニンジンにもよく絡んでいる。明日になるともっと味がなじんでいいだろう。

「さて、明日のおにぎりの具はどうしようか」

 普通のおにぎりもいいが、ちょっと変わり種も用意したいところだ。おかずは卵焼き、ウインナー、それときんぴらごぼう……それで十分か。

「うーん、何が食べたいかな」

 まあ、明日の気分で決めるのも悪くないか。



「ごちそうさまでした」

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