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日常
第二十六話 コロッケ
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今日は朝から日差しが強い。昼過ぎにもなれば気温もぐんぐん上昇し、運動場を砂漠と勘違いしそうなほどだ。地味に風通しの悪い体操服はどうにかならないものだろうか。
「あっつ……」
何とか日陰を探して逃げ込む。ネットを挟んでメイングラウンドが見渡せる場所だ。
今日は午後から体育祭の練習のための準備が実施されていた。テントを立てたり、グラウンドの整備をしたり。
俺たち二年はクラス関係なくグラウンドの整備が担当になっていた。
グラウンドの整備といってもうちの学校のグラウンドはだだっ広く、なんなら第二グラウンドまである。第二グラウンドの方はメイングラウンドよりも若干狭いが、部活動の練習場所にもなっているぐらいだ。スポーツ強豪校でもないのに、どうして二つもあるんだか。
第二グラウンドは応援や各種目の練習場所として使われる。体育祭でも入場待機場所になるとかなんとか。そっちの整備はいつもそこを使っている部活動でやるらしい。
で、俺はメイングラウンドの整備をしなければならないわけだが、今は休憩中だ。座り込んでみるが地面があまりに熱いので、やっぱり立っていることにした。
「なんだあ、春都。さぼりかー?」
「あ?」
うなだれていた顔を上げれば咲良が朝比奈とともにやってきた。
「さぼりじゃねえ、休憩だ」
「じゃー俺も休憩しよ」
「……全校生徒で整備する必要性が分からん」
ぼそりとつぶやかれた朝比奈の言葉に、俺と咲良は「それな」と同意する。
「体育祭は乗り気じゃないけど、暑いのはテンション上がるっしょ?」
「あ、優太」
「やっほ~」
手を振りながらこちらにやってきた百瀬は、タオルを頭に巻いていた。
「なんか見知った顔があるなあと思って」
「休憩中だ、休憩中」
それから誰からともなく、強烈な暑さに口をつぐむ。セミの鳴き声が耳にこだまして脳みそが煮え切ってしまいそうだ。
「そこの二年生四人!」
と、どこかから飛んできた叫び声に俺たちはびくっとする。
「げえ」
いち早くその声の主を見つけた百瀬が分かりやすく顔をしかめ、その名前を呟いた。
「鈴木じゃん」
「お前たちさぼってるんじゃない! 暇ならこれを運べ!」
ネットの向こう、先生の近くには見れば山積みになったごみの数々。いったいどこにそんなに溜まってたんだ?
四人で分担すれば持っていけないこともないが、重さはどれぐらいだろうか。
「それぐらい、逐一捨てとけっつーの」
セミの声に紛れ込ませて器用に悪態をつく百瀬。
「おら、返事!」
鈴木先生にたてついてもろくなことはない。第一、堂々と休憩していた俺たちが悪い。
でも暑いんだからちょっとくらいいいじゃんか……という言葉は飲み込み「は~い」と返しておく。
「さて、行くかあ」
ゴミ置き場は事務室の近くにある。ここからはだいぶ遠い。
「重い~、これ何入ってんだあ?」
「腕……腕が……」
「やべ、これなんか破れてね?」
「……暑い」
ぶつくさ文句を言いながら、あるいはギャーギャー騒ぎながら目的地へと向かう。
事務室の近くには職員専用の駐車場があるのでアスファルト舗装されているのだが、これの照り返しが追い打ちをかけてくる。
途中ですれ違った一年生たちが「今日のプール、お湯だったな」などと話していたのが聞こえたような、聞こえなかったような。
だらだらと流れる汗をぬぐう。いっそのことゴミ置き場の所でさぼってやろうか。あそこなら確実にメイングラウンドからは見えない。
あ、でも確か、あそこ防犯カメラあったかなあ……。
疲れた。とても疲れた。あれから結局俺たちは、すっかりごみ捨て係となってしまい、時間いっぱいみっちり働かされた。
そして何より腹が減った。でも買い物に行く元気がない。
「何食べよう……」
クーラーの効いた我が家は居心地がいい。考える気力がまだ回復しない俺はとりあえず冷蔵庫の扉を開いた。
「……なんだこれ」
冷蔵庫の中に、入れた覚えのないバットが。上に何か整列している。朝はバタバタしてたから見てなかった。
「これは――コロッケ?」
バットの上には揚げる前の状態のコロッケが大量にあった。見ればメモ書きが一緒においてある。
『早いとこ食べといてね。冷凍も可です』
あ、これ、ばあちゃんが作ってくれてたのか。
これはありがたい。揚げるぐらいなら何とかなりそうだ。あー、キャベツの千切り……コロッケにはマストだ。頑張って切ろう。
きれいな俵型のコロッケを熱した油にくぐらせる。ジュワワーッといい音、焦げないように気を付けなければ。
よし、いい色に揚がった。
四つぐらい揚げて、残りは冷凍しておこう。明日の弁当にも入れたいし、一個だけ冷蔵庫に入れとくか。
「いただきます」
ソースは市販のとんかつソース。箸を入れたらサクッと心躍る音がする。ほっくほくでいいにおいの湯気がふわんと立ち上った。
味つけはシンプルに塩コショウ。ソースによく合う。ジャガイモのほっくりとろっとした食感がおいしい。ちょっとかたまりが残っているのも手作りならではだ。控えめな玉ねぎも程よい。
そして小さく刻まれたベーコン。うま味が出て味に深みが出る。これこそ、ばあちゃんのコロッケの味だ。
コロッケの時のキャベツはソースで食べる。こうやって食べるとキャベツの味がよくわかると思う。
「おいしいなあ……」
疲れて究極に腹が減っていたこともあってか、いつも以上に身に染みる。
ばあちゃん、ありがとう。
「ごちそうさまでした」
「あっつ……」
何とか日陰を探して逃げ込む。ネットを挟んでメイングラウンドが見渡せる場所だ。
今日は午後から体育祭の練習のための準備が実施されていた。テントを立てたり、グラウンドの整備をしたり。
俺たち二年はクラス関係なくグラウンドの整備が担当になっていた。
グラウンドの整備といってもうちの学校のグラウンドはだだっ広く、なんなら第二グラウンドまである。第二グラウンドの方はメイングラウンドよりも若干狭いが、部活動の練習場所にもなっているぐらいだ。スポーツ強豪校でもないのに、どうして二つもあるんだか。
第二グラウンドは応援や各種目の練習場所として使われる。体育祭でも入場待機場所になるとかなんとか。そっちの整備はいつもそこを使っている部活動でやるらしい。
で、俺はメイングラウンドの整備をしなければならないわけだが、今は休憩中だ。座り込んでみるが地面があまりに熱いので、やっぱり立っていることにした。
「なんだあ、春都。さぼりかー?」
「あ?」
うなだれていた顔を上げれば咲良が朝比奈とともにやってきた。
「さぼりじゃねえ、休憩だ」
「じゃー俺も休憩しよ」
「……全校生徒で整備する必要性が分からん」
ぼそりとつぶやかれた朝比奈の言葉に、俺と咲良は「それな」と同意する。
「体育祭は乗り気じゃないけど、暑いのはテンション上がるっしょ?」
「あ、優太」
「やっほ~」
手を振りながらこちらにやってきた百瀬は、タオルを頭に巻いていた。
「なんか見知った顔があるなあと思って」
「休憩中だ、休憩中」
それから誰からともなく、強烈な暑さに口をつぐむ。セミの鳴き声が耳にこだまして脳みそが煮え切ってしまいそうだ。
「そこの二年生四人!」
と、どこかから飛んできた叫び声に俺たちはびくっとする。
「げえ」
いち早くその声の主を見つけた百瀬が分かりやすく顔をしかめ、その名前を呟いた。
「鈴木じゃん」
「お前たちさぼってるんじゃない! 暇ならこれを運べ!」
ネットの向こう、先生の近くには見れば山積みになったごみの数々。いったいどこにそんなに溜まってたんだ?
四人で分担すれば持っていけないこともないが、重さはどれぐらいだろうか。
「それぐらい、逐一捨てとけっつーの」
セミの声に紛れ込ませて器用に悪態をつく百瀬。
「おら、返事!」
鈴木先生にたてついてもろくなことはない。第一、堂々と休憩していた俺たちが悪い。
でも暑いんだからちょっとくらいいいじゃんか……という言葉は飲み込み「は~い」と返しておく。
「さて、行くかあ」
ゴミ置き場は事務室の近くにある。ここからはだいぶ遠い。
「重い~、これ何入ってんだあ?」
「腕……腕が……」
「やべ、これなんか破れてね?」
「……暑い」
ぶつくさ文句を言いながら、あるいはギャーギャー騒ぎながら目的地へと向かう。
事務室の近くには職員専用の駐車場があるのでアスファルト舗装されているのだが、これの照り返しが追い打ちをかけてくる。
途中ですれ違った一年生たちが「今日のプール、お湯だったな」などと話していたのが聞こえたような、聞こえなかったような。
だらだらと流れる汗をぬぐう。いっそのことゴミ置き場の所でさぼってやろうか。あそこなら確実にメイングラウンドからは見えない。
あ、でも確か、あそこ防犯カメラあったかなあ……。
疲れた。とても疲れた。あれから結局俺たちは、すっかりごみ捨て係となってしまい、時間いっぱいみっちり働かされた。
そして何より腹が減った。でも買い物に行く元気がない。
「何食べよう……」
クーラーの効いた我が家は居心地がいい。考える気力がまだ回復しない俺はとりあえず冷蔵庫の扉を開いた。
「……なんだこれ」
冷蔵庫の中に、入れた覚えのないバットが。上に何か整列している。朝はバタバタしてたから見てなかった。
「これは――コロッケ?」
バットの上には揚げる前の状態のコロッケが大量にあった。見ればメモ書きが一緒においてある。
『早いとこ食べといてね。冷凍も可です』
あ、これ、ばあちゃんが作ってくれてたのか。
これはありがたい。揚げるぐらいなら何とかなりそうだ。あー、キャベツの千切り……コロッケにはマストだ。頑張って切ろう。
きれいな俵型のコロッケを熱した油にくぐらせる。ジュワワーッといい音、焦げないように気を付けなければ。
よし、いい色に揚がった。
四つぐらい揚げて、残りは冷凍しておこう。明日の弁当にも入れたいし、一個だけ冷蔵庫に入れとくか。
「いただきます」
ソースは市販のとんかつソース。箸を入れたらサクッと心躍る音がする。ほっくほくでいいにおいの湯気がふわんと立ち上った。
味つけはシンプルに塩コショウ。ソースによく合う。ジャガイモのほっくりとろっとした食感がおいしい。ちょっとかたまりが残っているのも手作りならではだ。控えめな玉ねぎも程よい。
そして小さく刻まれたベーコン。うま味が出て味に深みが出る。これこそ、ばあちゃんのコロッケの味だ。
コロッケの時のキャベツはソースで食べる。こうやって食べるとキャベツの味がよくわかると思う。
「おいしいなあ……」
疲れて究極に腹が減っていたこともあってか、いつも以上に身に染みる。
ばあちゃん、ありがとう。
「ごちそうさまでした」
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