一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
30 / 893
日常

第三十話 チキン南蛮

しおりを挟む
「あ、一条君。今日は早いね」

「おはようございます」

 日曜は課外がないので、午前中に買い物に行ける。開店早々スーパーにやってきた俺に声をかけてきたのは田中さんだ。ポテチか何か食べたくてお菓子コーナーに行ったところ、品出しをしていた。

 なんかこないだ見た時より日に焼けて健康的な肌色になっている気がする。

「課外が休みなので」

「そっか、課外があるのか」

「夏休みって感じがしません」

 俺がげんなりして言うと、田中さんは明るく笑った。

「あっはっは! 俺もそうだったなあ。でも、午前中に頑張っておいたら、午後から気持ちよく休めない?」

「それは確かに」

 田中さんは俺と話しながらも、手際よく品出しをしていく。

「うめずは元気?」

「そりゃもう、手に余るほどに」

 それからも少し話をしていたが、途中で呼び出しがかかって田中さんはレジへ向かった。

「最近は暑いからね。一条君も体調には気を付けて」

 残された俺はとりあえず、うすしおとコンソメのポテチをかごに入れて、精肉コーナーに向かった。

 今日のお目当ては、鶏肉だ。

 うちでは、鶏肉は豚肉や牛肉よりも食べる頻度が高いと思う。鶏、豚、牛の順ぐらいだろうか。からあげや親子丼はもちろん、鍋に入れる肉も基本は鶏だ。あ、鍋は豚肉入れることもあるかな。とにかく鶏肉は、塩コショウで焼いただけでもおいしいし、照り焼きもいい。

 しかし今日はそのどれでもないものを作る。衣をつけて揚げた鶏に甘酸っぱいたれを絡め、タルタルソースをたっぷりとかける……。

 そう、チキン南蛮だ。

 甘酢たれがさっぱりしていて、夏でもおいしく食べられる――と思うのは俺だけだろうか。

 鶏肉の部位はどこでもいい。好みだ。さっぱり食べたければ脂の少ない胸肉、こってり食べたければもも肉を使う。今日はさっぱり食べたいので胸肉だ。

 あと何か買うものは特になかっただろうか。あ、そうそう、卵買っとかないと。卵焼き作るとあっという間になくなるんだよな。朝飯でもよく目玉焼きとか卵かけごはんとかするし、ゆで卵もよくする。今日のチキン南蛮にも使うし、一パック買っておくとしよう。



 買い物から帰ってくると、スマホに着信があった。

「もしもし?」

『あ、春都~? 元気にしてる?』

 母さんだ。俺は片づけをしながら話をする。

「ん、元気。そっちは?」

『元気元気!』

「そっか」

 電話の向こうからはうるさいほどのセミの鳴き声が聞こえる。まあこっちのセミも負けないぐらいに喧しいが。

『今何してた?』

「買い物から帰ってきたばっかり」

 全部片づけた後、居間に移動してソファに座る。うめずが足元にやってきて、興味津々というように俺の膝に前足をつくと、スマホに鼻を近づけた。

「あ、こら、うめず。話しづらい」

『あはは。うめずの鼻息が聞こえるー』

「すげー匂い嗅いでくる」

『私の声が聞こえてるんじゃない?』

 何とかうめずを落ち着かせて話に戻る。

『あ、そうそう。今年もちゃんと帰ってくるからね』

「ん? なにが?」

『なにが? じゃないよ。誕生日』

 ああ、そういえば俺、誕生日来るのか。すっかり忘れていたが、もう一カ月を切っている。

『今年は結構まとまった休みが取れてね。五日間はいられるよ』

「え、珍しい」

『うまいこと工面ついてね~。だから、誕生日前には帰ってこられる。お父さんもだって』

 誕生日の後もいられるよ、と母さんは付け加える。

 そっか、今年は誕生日当日だけ、っていうわけじゃないのか。

誕生日は毎回、家族そろって飯を食うのだが、当日だけということが多かった。それだけでもありがたいのはもちろんだが、何日間か一緒にいられるのはまあ、うれしい。誕生日プレゼントをねだるような歳でもないし、ケーキがなければぐずるなんてこともないけど、うん。

「……分かった」

『あら、嬉しそう』

 母さんは電話の向こうで面白そうに笑った。

「……別に」

『ふふ、楽しみにしててね』

「……ん」

 それからはお互いの近況報告をして、電話を切った。

「わうっ」

 うめずが一声吠えて飛び跳ねる。そんなうめずを両手で思いっきり撫でると、うめずは俺の顔を見上げて尻尾をちぎれんばかりに振り回した。



 さて、晩飯の時間だ。

 鶏肉はすでに適当な大きさに切っている。それに塩コショウを振り、小麦粉をまとわせたら卵にくぐらせ、揚げていく。

 揚げている間に甘酢だれを作る。といっても簡単なもので、耐熱皿に醤油と酢と砂糖を入れてレンジでチンするだけだ。ただ、部屋の中がものすごく酸っぱいにおいになる。

 タルタルソースはいつも使っている買い置きがある。ちなみに、このタルタルソース、卵焼きにもよく合う。

 皿に盛り付けて、完成だ。甘酢だれはまとめてかけておくとしよう。

「いただきます」

 タルタルソースは玉ねぎが結構ごろっとしている。俺はたっぷりかけるのが好きだ。

ザクっと衣のいい歯ごたえの後、肉のうま味が染み出し、甘酢だれの酸味が鼻に抜ける。タルタルソースのまろやかさと玉ねぎの食感も相まって、ご飯によく合う。

 甘酢だれだけでも食べてみる。酸っぱさが際立って、チキン南蛮というより酢豚的な感覚だ。豚じゃないけど。やっぱタルタルソースあってこそのチキン南蛮だよな。でもまあ、これはこれでうまい。

 タルタルソースと甘酢だれだけをご飯にかけても結構おいしい。

 でもやっぱり肉と一緒に食うのが一番だ。甘酢だれが染みて少ししんなりした衣も味がある。

 皮の部分もおいしい。じゅわーっとジューシーで、口がまったりする。さっぱり肉を食べている途中に食べるのがちょうどいい。

 皮は塩コショウで食べてもおいしいんだよな。

 それにしてもチキン南蛮って、大量に揚げた後は食べきれんのかなって思うけど、案外サクサクなくなるんだよな。ご飯も進むし。

 で、食った後に腹いっぱいになってたってことに気づくというか。……残りは明日の朝に食うのも悪くない。味がもっと染みて、濃くなっておいしいんだ。

 今日は満足。腹いっぱいだ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...