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日常
第四十話 ゴーヤチャンプルー
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授業が終われば、教室のクーラーはオフになる。
そこに例え、生徒がいようと、だ。
「くっそ暑ぃ……」
「……暑い」
俺は今、朝比奈と二人で二組の教室にいた。
いや、好きでいるわけじゃない。正しくいえば、待たされている、だ。
今日も今日とてさっさと帰ろうとしたところ、咲良に見つかった。そして連れ立っていたら昇降口で朝比奈とも会って、三人で帰ろうということになった。
ここまではよかった。
正門からいつも通り帰ろうとしたその時、後ろから声が飛んできた。
「井上ーっ! お前、今日の小テスト、やり直しだっただろうが!」
咲良の両脇に立っていた俺と朝比奈がそろって咲良の方を見れば、咲良はあからさまに動揺していた。
この声はたぶん、数学の上川先生だ。基本声の大きい先生だが、ここまでの声量とは恐れ入る。確か前に、体育の鈴木先生が褒めていたような。
「やっべぇ~……忘れてた……」
そう小声でつぶやくとゆっくりと振り返った。そのまま一人で学校に戻るかと思ったが、おもむろに両手を上げお手上げのポースをしたかと思えば、急に俺と朝比奈の腕をつかんだ。
「は」
「え」
そして咲良は顔を上げると、眉を下げ、にっこりと笑ってこう言ったのだ。
「付き合って」
当然俺たちは拒否する。
「やだよ。俺ら関係ねぇし」
「……帰らせてくれ」
しかしまあ、これで引き下がるような咲良ではない。あろうことか俺たちを無理やり引っ張って、昇降口へと向かっていく。
「おいこら、話を聞け」
「小テストだから! すぐ終わるって」
それならまあ……と納得しかける朝比奈が視界に入り、俺は即行で言い返す。
「再テストは受かるまでだろうが。一発でちゃんと受かんのか」
「そこはまあ、運次第?」
「てめえ、それで俺がどれだけ待たされたと思ってやがる。離せ、俺は帰る」
その言い合いを聞いた朝比奈が、無言で咲良に抵抗し始めた。そりゃそうだ。いつ終わるか分からねえテストを待つのは誰だっていやだ。
「頼むよ~、一人で帰るのつまんねえだろ~? テスト終わって何で一人さみしく帰らなきゃならないんだよ~」
「知るか! お前が再テストになるような点数取ったんだろうが!」
昇降口ですったもんだしていたが、今日の咲良はどうしても折れそうになかった。こうなってしまえば、無駄に反抗して体力を消耗するのは得策ではない。
「はぁ、ったく。朝比奈……あきらめろ」
今日のところはこちらが折れるほかないようだ。朝比奈もそれを悟り、一つため息をついたのだった。
どうせ待つなら涼しいところで、と思い図書館に向かったが、今日は休館日だったらしい。
そして、今に至るというわけだ。
最初の方こそまだ冷気が残っていたものの、今はもう熱気の方が勝っている。カーテンを閉めてはいるが、夏の日差しとは恐ろしいものでそれでもなお容赦なく教室を熱し続ける。
「あ~、家帰ってゆっくり休みてえ……」
このまま咲良に黙って帰ってもよかったが、後が面倒だ。この暑さを我慢した方がよっぽどましである。
そんなことを考えていると、向かいの席に座っていた朝比奈がぼそりとつぶやいた。
「まあでも、俺はうちに帰っても休めないか……」
「そうなん?」
朝比奈は小さく頷くと、頬杖をついた。
「今、姉さんの子ども……甥っ子がうちに来てて……」
「へー、いくつ?」
「……小二」
それはきっと元気な盛りだろう。少なくとも俺が小二の頃は、後先考えずに突っ走っていた記憶がある。
朝比奈は頬についていた手を額にやって息をついた。
「黙ってじっとしてたら死ぬのかっていうほどうるさい……」
「大変そうだな」
「普段、家が静かな分、余計に……」
と、朝比奈はもう一つ大きなため息をついた。
「だから、考えようによっては、今の方がいいかもしれない。静かで落ち着く……」
「そうか……」
ずいぶん切実なつぶやきだ。朝比奈は姿勢を直しこちらを向くと、その実、真剣に言ったものだ。
「あと、話が通じる。一条はちゃんと、言葉を正しく理解してくれる」
「お前相当参ってんな」
俺は思わず苦笑してしまう。少しの沈黙の後、俺はふと思いついてこぼす。
「まあ、厄介な高二もいたもんだけどな」
朝比奈は一瞬何を言っているのか分かっていないようできょとんとしたが、すぐに意味が分かったのか、顔を見合わせると二人そろって噴き出した。
「な?」
「ああ、そうだな」
その時やっと、咲良が帰ってきた。
何を話していたのかしつこく詮索されたが、俺と朝比奈はそれに関してはだんまりを決め込むことにしたのだった。
今日の晩飯は、昨日から決めていた。
ゴーヤチャンプルーだ。
せっかくばあちゃんからゴーヤをもらったので、作ろうと思う。その苦みは忌避されがちだが、俺は結構好きだ。小学生の頃は給食に出るとほとんどの生徒が食べるのを渋っていたが、思えばその頃から抵抗はなかったかもしれない。
ゴーヤのふわふわの部分は、食べることができるのだとか。種も食べられるとテレビで見たことがある。今日はくりぬくが。
一緒に炒めるのは、豆腐、卵、そして豚バラ肉。
ゴマ油をひいたフライパンで、肉から焼いていく。やや火が通ったら豆腐、ゴーヤを入れてさらに炒め、最後に溶き卵。味付けは塩コショウとオイスターソースだ。
皿に盛ったらかつお節をかけて、完成である。
「いただきます」
やっぱり最初はゴーヤから。シャキッと、ぐにっとしたような食感に独特の苦み。おいしい。
豆腐と卵もゴマ油の風味が効いている。オイスターソースのうま味がいい感じだ。
ゴーヤチャンプルーはスパムを使うと聞いたことがある。だが、もっぱらうちではゴーヤチャンプルーには豚肉を使う。肉のうま味が豆腐にも染みていいのだ。肉自体はジューシーというより噛み応えがある。それがいい。
全部の具材を一緒に食べたいものだ。ちょっと難しいが、一口でいってみる。いろいろな食感が次々にやってきて面白いな。ご飯ともよく合う。かつお節の風味もいい。
今度はスパムで作ってみるか……いや、その前にベビーハムで作ってみよう。
さて、今年はあと何回、ゴーヤを食べることができるかな。
「ごちそうさまでした」
そこに例え、生徒がいようと、だ。
「くっそ暑ぃ……」
「……暑い」
俺は今、朝比奈と二人で二組の教室にいた。
いや、好きでいるわけじゃない。正しくいえば、待たされている、だ。
今日も今日とてさっさと帰ろうとしたところ、咲良に見つかった。そして連れ立っていたら昇降口で朝比奈とも会って、三人で帰ろうということになった。
ここまではよかった。
正門からいつも通り帰ろうとしたその時、後ろから声が飛んできた。
「井上ーっ! お前、今日の小テスト、やり直しだっただろうが!」
咲良の両脇に立っていた俺と朝比奈がそろって咲良の方を見れば、咲良はあからさまに動揺していた。
この声はたぶん、数学の上川先生だ。基本声の大きい先生だが、ここまでの声量とは恐れ入る。確か前に、体育の鈴木先生が褒めていたような。
「やっべぇ~……忘れてた……」
そう小声でつぶやくとゆっくりと振り返った。そのまま一人で学校に戻るかと思ったが、おもむろに両手を上げお手上げのポースをしたかと思えば、急に俺と朝比奈の腕をつかんだ。
「は」
「え」
そして咲良は顔を上げると、眉を下げ、にっこりと笑ってこう言ったのだ。
「付き合って」
当然俺たちは拒否する。
「やだよ。俺ら関係ねぇし」
「……帰らせてくれ」
しかしまあ、これで引き下がるような咲良ではない。あろうことか俺たちを無理やり引っ張って、昇降口へと向かっていく。
「おいこら、話を聞け」
「小テストだから! すぐ終わるって」
それならまあ……と納得しかける朝比奈が視界に入り、俺は即行で言い返す。
「再テストは受かるまでだろうが。一発でちゃんと受かんのか」
「そこはまあ、運次第?」
「てめえ、それで俺がどれだけ待たされたと思ってやがる。離せ、俺は帰る」
その言い合いを聞いた朝比奈が、無言で咲良に抵抗し始めた。そりゃそうだ。いつ終わるか分からねえテストを待つのは誰だっていやだ。
「頼むよ~、一人で帰るのつまんねえだろ~? テスト終わって何で一人さみしく帰らなきゃならないんだよ~」
「知るか! お前が再テストになるような点数取ったんだろうが!」
昇降口ですったもんだしていたが、今日の咲良はどうしても折れそうになかった。こうなってしまえば、無駄に反抗して体力を消耗するのは得策ではない。
「はぁ、ったく。朝比奈……あきらめろ」
今日のところはこちらが折れるほかないようだ。朝比奈もそれを悟り、一つため息をついたのだった。
どうせ待つなら涼しいところで、と思い図書館に向かったが、今日は休館日だったらしい。
そして、今に至るというわけだ。
最初の方こそまだ冷気が残っていたものの、今はもう熱気の方が勝っている。カーテンを閉めてはいるが、夏の日差しとは恐ろしいものでそれでもなお容赦なく教室を熱し続ける。
「あ~、家帰ってゆっくり休みてえ……」
このまま咲良に黙って帰ってもよかったが、後が面倒だ。この暑さを我慢した方がよっぽどましである。
そんなことを考えていると、向かいの席に座っていた朝比奈がぼそりとつぶやいた。
「まあでも、俺はうちに帰っても休めないか……」
「そうなん?」
朝比奈は小さく頷くと、頬杖をついた。
「今、姉さんの子ども……甥っ子がうちに来てて……」
「へー、いくつ?」
「……小二」
それはきっと元気な盛りだろう。少なくとも俺が小二の頃は、後先考えずに突っ走っていた記憶がある。
朝比奈は頬についていた手を額にやって息をついた。
「黙ってじっとしてたら死ぬのかっていうほどうるさい……」
「大変そうだな」
「普段、家が静かな分、余計に……」
と、朝比奈はもう一つ大きなため息をついた。
「だから、考えようによっては、今の方がいいかもしれない。静かで落ち着く……」
「そうか……」
ずいぶん切実なつぶやきだ。朝比奈は姿勢を直しこちらを向くと、その実、真剣に言ったものだ。
「あと、話が通じる。一条はちゃんと、言葉を正しく理解してくれる」
「お前相当参ってんな」
俺は思わず苦笑してしまう。少しの沈黙の後、俺はふと思いついてこぼす。
「まあ、厄介な高二もいたもんだけどな」
朝比奈は一瞬何を言っているのか分かっていないようできょとんとしたが、すぐに意味が分かったのか、顔を見合わせると二人そろって噴き出した。
「な?」
「ああ、そうだな」
その時やっと、咲良が帰ってきた。
何を話していたのかしつこく詮索されたが、俺と朝比奈はそれに関してはだんまりを決め込むことにしたのだった。
今日の晩飯は、昨日から決めていた。
ゴーヤチャンプルーだ。
せっかくばあちゃんからゴーヤをもらったので、作ろうと思う。その苦みは忌避されがちだが、俺は結構好きだ。小学生の頃は給食に出るとほとんどの生徒が食べるのを渋っていたが、思えばその頃から抵抗はなかったかもしれない。
ゴーヤのふわふわの部分は、食べることができるのだとか。種も食べられるとテレビで見たことがある。今日はくりぬくが。
一緒に炒めるのは、豆腐、卵、そして豚バラ肉。
ゴマ油をひいたフライパンで、肉から焼いていく。やや火が通ったら豆腐、ゴーヤを入れてさらに炒め、最後に溶き卵。味付けは塩コショウとオイスターソースだ。
皿に盛ったらかつお節をかけて、完成である。
「いただきます」
やっぱり最初はゴーヤから。シャキッと、ぐにっとしたような食感に独特の苦み。おいしい。
豆腐と卵もゴマ油の風味が効いている。オイスターソースのうま味がいい感じだ。
ゴーヤチャンプルーはスパムを使うと聞いたことがある。だが、もっぱらうちではゴーヤチャンプルーには豚肉を使う。肉のうま味が豆腐にも染みていいのだ。肉自体はジューシーというより噛み応えがある。それがいい。
全部の具材を一緒に食べたいものだ。ちょっと難しいが、一口でいってみる。いろいろな食感が次々にやってきて面白いな。ご飯ともよく合う。かつお節の風味もいい。
今度はスパムで作ってみるか……いや、その前にベビーハムで作ってみよう。
さて、今年はあと何回、ゴーヤを食べることができるかな。
「ごちそうさまでした」
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