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日常
第六十四話 アジフライ
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「じゃ、行ってくるな、うめず」
「わうっ」
うめずの顎のあたりをわしわしと撫でてやり、俺は家を出る。
今日から二学期が始まる。夏休み中も課外があったから、学校久しぶりって感じではないが、夕方まで授業があるのは一カ月ちょっとぶりだ。
といっても今日は始業式で、午前中で帰ってくるのだが。
「ふぁ~……眠ぃ」
十階からエントランスまで、階段で行けないことはないがエレベーターを使う。今日はちょっと気分じゃない。
昼飯は簡単に済ませるとして、晩飯何にしよう。
窓から見える空は、半分が青空で半分が曇天だ。奇妙な色をしている。
多大な気だるさと少々の浮ついた雰囲気が支配する教室。新学期特有の騒がしさだ。夏休みの間にどこに行っただとか、課題をやっていないだとか、自慢のような嘆きのような話声がそこかしこから聞こえてくる。
俺はというと、特にすることもないので頬杖をついて外を見るばかりだ。
ここから正門は見えないが、駐輪場はよく見える。自転車通学の生徒とバイク通学の生徒、そしてそこに知り合いを見つけた生徒なんかがいる。その光景を見るのは結構好きだ。いい退屈しのぎになる。まあ、退屈な時間はほとんど咲良に邪魔されるのだが。少しぐらい学校でも退屈を楽しみたいものだ。
しばらく眺めていたら、見覚えのある自転車が駐輪場にやってきた。あー、百瀬だ。そしてそこに一人、のろのろとした足取りで近づく影……あれ、咲良だな。
百瀬はともかく、咲良、遅いな。また寝坊でもしたか。
咲良と百瀬はその場で何か話していたが、咲良がおもむろにこちらを見上げた。そして俺の方を指さして何か百瀬に言っている。すると百瀬もこちらを見上げる。まさか俺に気づいたわけじゃないだろうな。
しかし、その考えもむなしく、咲良はぶんぶんと手を振ってきた。それだけではなく大声でこちらに向かって声をかけてきたのだ。
「おーい、春都ー! おっはよー!」
咲良の隣では百瀬も手を振っている。
その大声に、当然周囲の視線をいくらか集めるわけで。
「あー、もう。あいつは……」
なんだなんだ、と窓際にいたやつらも駐輪場に視線を向ける。勘弁してくれ……。
しかし、咲良は何の悪気もなくやっているのだろうし、現に二人とも満面の笑みを浮かべている。
「何やってんだー!」
「なんもやってねえよ」
「なんだってー?」
大声を張り上げるのはあまり得意じゃない。だが、何か返事をしなければ咲良たちは動きそうにないので、嘆息すると仕方なく叫んだ。
「そこで大声を出すな! 話があるならさっさと上がってこい!」
すると、咲良と百瀬は視線を合わせ、まるでいたずらっ子のごとく笑うと再びこちらを見上げた。
「分かったー! すぐ行くから待ってろー!」
「だから叫ぶなって……!」
もうこのときには周囲のほとんどは興味をなくしていたが、何人かはこちらを興味深そうに見てくる。ああ、もう、これだからあいつは……!
教室にいるのもなんだか落ち着かないので、廊下に出る。こういうのはあまり慣れていないから、どう対処するのが正解なのかが分からない。
しばらくすると咲良と百瀬が連れ立ってやってきた。二人ともいい笑顔だ。
「よう、春都! びっくりした~?」
「うるっせえ。なんだよ急に叫びやがって」
「だって春都、こっち見てたじゃん」
「見ていたけども」
だからといって叫ぶ必要はないだろうに。
「だったら応えてやるのが義務ってもんでしょ」
「視線が痛いわ」
「誰も気にしてないって!」
百瀬もそうのんきに言うものだから、俺は抗議するのをあきらめた。
「とうとう学校始まっちゃったなー」
しれっと話題を変える咲良に少々不満は残るが、一応相槌を打ってやることにした。
「まあ、課外もあってたし、今更だろ」
「でもさー、気分は違うじゃん? 授業は夕方まであるし、体育祭の練習は本格的に始まるし?」
「あー、そっか、体育祭の練習……」
俺が頭を抱えると、百瀬は少しくたびれたように笑った。
「授業はともかく、練習やだねー」
「やだやだ」
「花火大会も中止になったことだし、体育祭も中止にならないかね……」
という俺の言葉に反応したのは咲良だった。
「え? 花火大会あったの?」
「中止になったって言ってんだろ」
「いや、そうじゃなくて。花火大会っていう行事が存在したのか?」
俺が頷くと、咲良は「なんだよ、言えよ~」と俺に軽く体当たりしてきた。
「一番夏らしい行事じゃんか~」
「いやでも中止になったし」
「それとこれとは別じゃね?」
「何が別だ」
それから咲良は、俺が花火大会のことを教えなかったことについて盛大に文句を言い始めた。
……この調子なら、二学期も退屈しなさそうだな。
二学期も始まったことだし、何か元気が出るものが食べたい。
そうと決まれば揚げ物だ。揚げ物は最高に元気が出る。なお、俺調べである。
今日の晩飯はアジフライだ。切り身を買ってきて衣をつけて……というのは手間なので冷凍のものを買ってきた。すでに衣もついているので揚げるだけでいい。
油に入れるときのジュワッという音も、揚げている途中のパチパチという音も、揚げたてのシュワっという音もテンションが上がるし食欲もわく。
キャベツも添えて、完成だ。
「いただきます」
まずは醤油を垂らして一口。サクッとした衣に魚の風味が香ばしい。醤油は特に魚の風味を際立てる。
次はソース。一気にジャンクな感じになった。ご飯とよく合うのだ。
ここでキャベツを食べる。さっぱりとしたドレッシングが揚げ物の途中にちょうどいい。そろそろなくなりそうだし、また違うドレッシングを探してみようかな。
で、タルタルソース。うん、思った通り合う。なんか一番おいしいかも。シャキッとした玉ねぎとうま味のあるマヨネーズが、アジフライの食感と魚の味によく合うのだ。
うんうん、やっぱり揚げ物って元気出る。
からあげとか、肉を揚げたのもいいけど魚のフライというのもまたいい。揚げ物ながらさっぱりとしているようで、それでいてちゃんとがっつり腹にたまる。
今度、ハンバーガーみたいにして食べてみようかな。焼いた食パンで挟んだらおいしいだろう。タルタルソースと、キャベツも一緒に挟んでな。
「ごちそうさまでした」
「わうっ」
うめずの顎のあたりをわしわしと撫でてやり、俺は家を出る。
今日から二学期が始まる。夏休み中も課外があったから、学校久しぶりって感じではないが、夕方まで授業があるのは一カ月ちょっとぶりだ。
といっても今日は始業式で、午前中で帰ってくるのだが。
「ふぁ~……眠ぃ」
十階からエントランスまで、階段で行けないことはないがエレベーターを使う。今日はちょっと気分じゃない。
昼飯は簡単に済ませるとして、晩飯何にしよう。
窓から見える空は、半分が青空で半分が曇天だ。奇妙な色をしている。
多大な気だるさと少々の浮ついた雰囲気が支配する教室。新学期特有の騒がしさだ。夏休みの間にどこに行っただとか、課題をやっていないだとか、自慢のような嘆きのような話声がそこかしこから聞こえてくる。
俺はというと、特にすることもないので頬杖をついて外を見るばかりだ。
ここから正門は見えないが、駐輪場はよく見える。自転車通学の生徒とバイク通学の生徒、そしてそこに知り合いを見つけた生徒なんかがいる。その光景を見るのは結構好きだ。いい退屈しのぎになる。まあ、退屈な時間はほとんど咲良に邪魔されるのだが。少しぐらい学校でも退屈を楽しみたいものだ。
しばらく眺めていたら、見覚えのある自転車が駐輪場にやってきた。あー、百瀬だ。そしてそこに一人、のろのろとした足取りで近づく影……あれ、咲良だな。
百瀬はともかく、咲良、遅いな。また寝坊でもしたか。
咲良と百瀬はその場で何か話していたが、咲良がおもむろにこちらを見上げた。そして俺の方を指さして何か百瀬に言っている。すると百瀬もこちらを見上げる。まさか俺に気づいたわけじゃないだろうな。
しかし、その考えもむなしく、咲良はぶんぶんと手を振ってきた。それだけではなく大声でこちらに向かって声をかけてきたのだ。
「おーい、春都ー! おっはよー!」
咲良の隣では百瀬も手を振っている。
その大声に、当然周囲の視線をいくらか集めるわけで。
「あー、もう。あいつは……」
なんだなんだ、と窓際にいたやつらも駐輪場に視線を向ける。勘弁してくれ……。
しかし、咲良は何の悪気もなくやっているのだろうし、現に二人とも満面の笑みを浮かべている。
「何やってんだー!」
「なんもやってねえよ」
「なんだってー?」
大声を張り上げるのはあまり得意じゃない。だが、何か返事をしなければ咲良たちは動きそうにないので、嘆息すると仕方なく叫んだ。
「そこで大声を出すな! 話があるならさっさと上がってこい!」
すると、咲良と百瀬は視線を合わせ、まるでいたずらっ子のごとく笑うと再びこちらを見上げた。
「分かったー! すぐ行くから待ってろー!」
「だから叫ぶなって……!」
もうこのときには周囲のほとんどは興味をなくしていたが、何人かはこちらを興味深そうに見てくる。ああ、もう、これだからあいつは……!
教室にいるのもなんだか落ち着かないので、廊下に出る。こういうのはあまり慣れていないから、どう対処するのが正解なのかが分からない。
しばらくすると咲良と百瀬が連れ立ってやってきた。二人ともいい笑顔だ。
「よう、春都! びっくりした~?」
「うるっせえ。なんだよ急に叫びやがって」
「だって春都、こっち見てたじゃん」
「見ていたけども」
だからといって叫ぶ必要はないだろうに。
「だったら応えてやるのが義務ってもんでしょ」
「視線が痛いわ」
「誰も気にしてないって!」
百瀬もそうのんきに言うものだから、俺は抗議するのをあきらめた。
「とうとう学校始まっちゃったなー」
しれっと話題を変える咲良に少々不満は残るが、一応相槌を打ってやることにした。
「まあ、課外もあってたし、今更だろ」
「でもさー、気分は違うじゃん? 授業は夕方まであるし、体育祭の練習は本格的に始まるし?」
「あー、そっか、体育祭の練習……」
俺が頭を抱えると、百瀬は少しくたびれたように笑った。
「授業はともかく、練習やだねー」
「やだやだ」
「花火大会も中止になったことだし、体育祭も中止にならないかね……」
という俺の言葉に反応したのは咲良だった。
「え? 花火大会あったの?」
「中止になったって言ってんだろ」
「いや、そうじゃなくて。花火大会っていう行事が存在したのか?」
俺が頷くと、咲良は「なんだよ、言えよ~」と俺に軽く体当たりしてきた。
「一番夏らしい行事じゃんか~」
「いやでも中止になったし」
「それとこれとは別じゃね?」
「何が別だ」
それから咲良は、俺が花火大会のことを教えなかったことについて盛大に文句を言い始めた。
……この調子なら、二学期も退屈しなさそうだな。
二学期も始まったことだし、何か元気が出るものが食べたい。
そうと決まれば揚げ物だ。揚げ物は最高に元気が出る。なお、俺調べである。
今日の晩飯はアジフライだ。切り身を買ってきて衣をつけて……というのは手間なので冷凍のものを買ってきた。すでに衣もついているので揚げるだけでいい。
油に入れるときのジュワッという音も、揚げている途中のパチパチという音も、揚げたてのシュワっという音もテンションが上がるし食欲もわく。
キャベツも添えて、完成だ。
「いただきます」
まずは醤油を垂らして一口。サクッとした衣に魚の風味が香ばしい。醤油は特に魚の風味を際立てる。
次はソース。一気にジャンクな感じになった。ご飯とよく合うのだ。
ここでキャベツを食べる。さっぱりとしたドレッシングが揚げ物の途中にちょうどいい。そろそろなくなりそうだし、また違うドレッシングを探してみようかな。
で、タルタルソース。うん、思った通り合う。なんか一番おいしいかも。シャキッとした玉ねぎとうま味のあるマヨネーズが、アジフライの食感と魚の味によく合うのだ。
うんうん、やっぱり揚げ物って元気出る。
からあげとか、肉を揚げたのもいいけど魚のフライというのもまたいい。揚げ物ながらさっぱりとしているようで、それでいてちゃんとがっつり腹にたまる。
今度、ハンバーガーみたいにして食べてみようかな。焼いた食パンで挟んだらおいしいだろう。タルタルソースと、キャベツも一緒に挟んでな。
「ごちそうさまでした」
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