85 / 893
日常
第八十五話 バター醤油ご飯
しおりを挟む
なみなみとお湯が沸いた湯船につかる。浴室にはもうもうと白い湯気が充満していた。
「う~、あっつい」
熱めに沸かされた風呂に入ると、じいちゃんたちの家に来たな~って気がする。小さいころは熱すぎて入りきれなかった。めちゃくちゃ水入れてたっけなあ。
上の方にある小さな窓が開けられていて、店の前を通る車の音や虫の声なんかが聞こえてくる。居間のテレビの音もうっすらと分かる。盛大な笑い声とか調子のいい音楽が聞こえてくるあたり、バラエティ番組だろうか。
「……ふぅ」
この温度の湯に長々とはつかっていられない。
のぼせる前にあがっておくとしよう。
居間でじいちゃんたちが見ていたのは、やっぱりバラエティ番組だった。
「あがったよ」
「はーい」
比喩でもなんでもなく、風呂あがってしばらくは体から湯気が立っていた。家で着るのとは違うちょっとぶかぶかのパジャマ。うっすらと香るのはタンスの匂いだ。
「春都、アイス食べる?」
「アイス?」
「バニラかチョコ」
俺が来ると聞いてから、いろいろ買ってきてくれていたらしい。
「チョコ」
コンビニやスーパーなんかでもよく見るアイスの徳用パック。手のひらサイズでちょうどいい。
「ありがと」
じいちゃんは風呂に行ったみたいだ。
テレビはつけっぱなしで、最近よく見る俳優がなんかおしゃれな横文字の、一切れ千円以上するケーキを食べていた。
銀色のスプーンで、そっとアイスをすくう。甘くてトロッとした味と冷たさは、火照った体に心地よかった。
じいちゃんたちの家に泊まるときは、居間に布団をひく。ベッドよりは狭いが、このぎゅっとした感じが好きだ。
「うめずはどこで寝る」
「わふっ」
声をかければうめずは迷わず枕元に来て、頭だけを布団の上にのせた。
「じゃ、電気消すよ~」
ばあちゃんは言うと、電気のひもを引っ張った。真っ暗、というよりぼんやりと明るい。
「おやすみ」
「おやすみ~」
すぐ隣の部屋から、布団のこすれる音が聞こえる。
それがなんだか心地よくて、ほっとして、俺はすぐに眠ってしまったのだった。
「んん~……?」
異様に顔だけが暑くなって目を覚ます。
「……うめずか」
見ればぐっすり眠るうめずが、思いっきり俺に寄りかかっている。少し横に押しやり寝返りを打つ。一度目覚めた頭はすっかりさえてしまい、二度寝はできなさそうだ。これで無理やり寝ると金縛りにあうんだ。
そういえばなんか、音がする。ザッザッと規則正しい、こすれるような音。
上体を起こし伸びをする。視界に入った台所は静かで、朝日が差し込みきらきらしている。いつもきれいに掃除されていて、すごいなあと思う。俺もそれぐらい丁寧に生きたいものだ。
「……何の音だろ」
布団をたたんで、裏に片付けに行く。風呂場や洗面所、押し入れとかがある短い廊下の向こうに、結構広い部屋がある。布団はいつもそこにしまわれている。
そこから庭に出られるのだが、音はどうやらそこから聞こえてきていたようだった。
「おはよう、春都」
「おはよう」
ばあちゃんが掃除している音だったか。冷たい空気が心地いい。
「春都が起きたなら、朝ごはんにしようか」
そう言ってばあちゃんは、ささっと落ち葉を片付けると家にあがった。
「なんか手伝う」
「あら、ありがとう」
俺はみそ汁を作ることになった。
具は豆腐とわかめ。わかめは塩蔵わかめという塩漬けされたわかめなので、水に浸して塩抜きをしなければならない。自分じゃまず買わないなあ。かなりでかいので食べやすい大きさに切り分ける。
豆腐は手のひらでさいの目切りにする。
「上手になったね」
「ん、んー」
ばあちゃんはおかずの準備をしていた。チーズのオムレツを作るらしい。
手際よく卵を溶いて、塩コショウをすると熱したフライパンに流し入れる。そしてそこにチーズをのせて、さっと包む。
皿には野菜が彩りよく盛られていて、すごく豪華に見える。
間もなくして、じいちゃんも起きてきた。
「おはよー」
「おう、おはよう。早いな」
食卓はもう準備万端である。自分以外の食事があるって、なんか不思議な感じだ。
「いただきます」
絹ごし豆腐の舌触りが滑らかだ。わかめも歯ごたえがあっていい。
「うん、おいしいね。これ、春都が作ったんだよ」
「そうか。うん、上等だ」
「よかったです」
二人が優しく笑うと、なんか胸のあたりがむずむずする。でも、嫌ではない。
チーズオムレツはトロッとしていて、卵とチーズの塩気が程よく絡み、とてもおいしい。醤油をたらしてもいいな。
「ん?」
ふとじいちゃんの方を見れば、ご飯に何やら一工夫している。
「なに、それ」
「バター醤油ご飯だ」
うまいぞー、とじいちゃんは子供のように笑った。
「春都も食べる?」
「食べたい」
「じゃ、バター持ってこようね」
ばあちゃんが小さい皿にバターをひとかけらのせて持ってきてくれた。
これを炊き立てご飯の上にのせて、醤油をたーっと回しかける。うまく溶けるように、ご飯で包むようにして混ぜる。ほわんとバターの香りが立った。
つやっとしたご飯を口に含めば、より一層バターのうま味と香りを強く感じる。醤油がいい感じで味を引き締めている。
「うっま」
「だろう?」
「バター醤油もいいけど、きな粉かけてもおいしいのよね」
え、きな粉? きな粉か……まあ、きな粉餅って思ったらありか?……今度試してみようかな。
あ、そうだ。これ、スパゲティにしてもいいんじゃないか。バター醤油スパゲティ。今度家で作ってみよう。
他にもいろいろ、工夫ができそうだな。
「ごちそうさまでした」
「う~、あっつい」
熱めに沸かされた風呂に入ると、じいちゃんたちの家に来たな~って気がする。小さいころは熱すぎて入りきれなかった。めちゃくちゃ水入れてたっけなあ。
上の方にある小さな窓が開けられていて、店の前を通る車の音や虫の声なんかが聞こえてくる。居間のテレビの音もうっすらと分かる。盛大な笑い声とか調子のいい音楽が聞こえてくるあたり、バラエティ番組だろうか。
「……ふぅ」
この温度の湯に長々とはつかっていられない。
のぼせる前にあがっておくとしよう。
居間でじいちゃんたちが見ていたのは、やっぱりバラエティ番組だった。
「あがったよ」
「はーい」
比喩でもなんでもなく、風呂あがってしばらくは体から湯気が立っていた。家で着るのとは違うちょっとぶかぶかのパジャマ。うっすらと香るのはタンスの匂いだ。
「春都、アイス食べる?」
「アイス?」
「バニラかチョコ」
俺が来ると聞いてから、いろいろ買ってきてくれていたらしい。
「チョコ」
コンビニやスーパーなんかでもよく見るアイスの徳用パック。手のひらサイズでちょうどいい。
「ありがと」
じいちゃんは風呂に行ったみたいだ。
テレビはつけっぱなしで、最近よく見る俳優がなんかおしゃれな横文字の、一切れ千円以上するケーキを食べていた。
銀色のスプーンで、そっとアイスをすくう。甘くてトロッとした味と冷たさは、火照った体に心地よかった。
じいちゃんたちの家に泊まるときは、居間に布団をひく。ベッドよりは狭いが、このぎゅっとした感じが好きだ。
「うめずはどこで寝る」
「わふっ」
声をかければうめずは迷わず枕元に来て、頭だけを布団の上にのせた。
「じゃ、電気消すよ~」
ばあちゃんは言うと、電気のひもを引っ張った。真っ暗、というよりぼんやりと明るい。
「おやすみ」
「おやすみ~」
すぐ隣の部屋から、布団のこすれる音が聞こえる。
それがなんだか心地よくて、ほっとして、俺はすぐに眠ってしまったのだった。
「んん~……?」
異様に顔だけが暑くなって目を覚ます。
「……うめずか」
見ればぐっすり眠るうめずが、思いっきり俺に寄りかかっている。少し横に押しやり寝返りを打つ。一度目覚めた頭はすっかりさえてしまい、二度寝はできなさそうだ。これで無理やり寝ると金縛りにあうんだ。
そういえばなんか、音がする。ザッザッと規則正しい、こすれるような音。
上体を起こし伸びをする。視界に入った台所は静かで、朝日が差し込みきらきらしている。いつもきれいに掃除されていて、すごいなあと思う。俺もそれぐらい丁寧に生きたいものだ。
「……何の音だろ」
布団をたたんで、裏に片付けに行く。風呂場や洗面所、押し入れとかがある短い廊下の向こうに、結構広い部屋がある。布団はいつもそこにしまわれている。
そこから庭に出られるのだが、音はどうやらそこから聞こえてきていたようだった。
「おはよう、春都」
「おはよう」
ばあちゃんが掃除している音だったか。冷たい空気が心地いい。
「春都が起きたなら、朝ごはんにしようか」
そう言ってばあちゃんは、ささっと落ち葉を片付けると家にあがった。
「なんか手伝う」
「あら、ありがとう」
俺はみそ汁を作ることになった。
具は豆腐とわかめ。わかめは塩蔵わかめという塩漬けされたわかめなので、水に浸して塩抜きをしなければならない。自分じゃまず買わないなあ。かなりでかいので食べやすい大きさに切り分ける。
豆腐は手のひらでさいの目切りにする。
「上手になったね」
「ん、んー」
ばあちゃんはおかずの準備をしていた。チーズのオムレツを作るらしい。
手際よく卵を溶いて、塩コショウをすると熱したフライパンに流し入れる。そしてそこにチーズをのせて、さっと包む。
皿には野菜が彩りよく盛られていて、すごく豪華に見える。
間もなくして、じいちゃんも起きてきた。
「おはよー」
「おう、おはよう。早いな」
食卓はもう準備万端である。自分以外の食事があるって、なんか不思議な感じだ。
「いただきます」
絹ごし豆腐の舌触りが滑らかだ。わかめも歯ごたえがあっていい。
「うん、おいしいね。これ、春都が作ったんだよ」
「そうか。うん、上等だ」
「よかったです」
二人が優しく笑うと、なんか胸のあたりがむずむずする。でも、嫌ではない。
チーズオムレツはトロッとしていて、卵とチーズの塩気が程よく絡み、とてもおいしい。醤油をたらしてもいいな。
「ん?」
ふとじいちゃんの方を見れば、ご飯に何やら一工夫している。
「なに、それ」
「バター醤油ご飯だ」
うまいぞー、とじいちゃんは子供のように笑った。
「春都も食べる?」
「食べたい」
「じゃ、バター持ってこようね」
ばあちゃんが小さい皿にバターをひとかけらのせて持ってきてくれた。
これを炊き立てご飯の上にのせて、醤油をたーっと回しかける。うまく溶けるように、ご飯で包むようにして混ぜる。ほわんとバターの香りが立った。
つやっとしたご飯を口に含めば、より一層バターのうま味と香りを強く感じる。醤油がいい感じで味を引き締めている。
「うっま」
「だろう?」
「バター醤油もいいけど、きな粉かけてもおいしいのよね」
え、きな粉? きな粉か……まあ、きな粉餅って思ったらありか?……今度試してみようかな。
あ、そうだ。これ、スパゲティにしてもいいんじゃないか。バター醤油スパゲティ。今度家で作ってみよう。
他にもいろいろ、工夫ができそうだな。
「ごちそうさまでした」
14
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる