91 / 893
日常
第九十一話 おにぎり
しおりを挟む
今日の昼飯はもう決めてある。おにぎりだ。
具はもちろん明太子。そして高菜だ。それもばあちゃんお手製の高菜炒め。これがうまくて、たくあん炒めといい勝負なのだ。
明太子はグリルで焼く。ぱちぱちといういい音と香ばしい香りがたまらない。なんかもうこれだけで飯が食えそうだ。焦げないように気を付けて、ちゃんと火が通ったら良しとする。
焼かれてはじけた明太子。これをうまいこと分けてご飯で包む。残ったやつは朝飯にしよう。そしてこれだけではない。普通のやつと、あとはマヨも加えたやつも作る。明太子とマヨネーズはいいコンビなのだ。
高菜炒めはたっぷり入れたい。あ、やべ、割れた。いいや。海苔で包んじゃえ。当然、マヨ入りも作る。
よーし、いい感じだ。大きめのが四つ。これだけで満足できそうだな。
今日もいい天気だ。それに、ずいぶん冷え込むようになってきた。そろそろ鍋もいいなあ。
コンビニにはおでんが出てくる頃か。あれって、買う前のワクワク感がすごいんだよな。当然食べてもうまいわけだが。コンビニのおでんで好きなのは厚焼き玉子。柚子胡椒つけて食うのが気に入っている。
それに肉まん。酢醤油かけて食うのがいい。冬になったら買おう。そういえばプレミアム肉まんと普通の肉まんってやっぱ味が違うのかな。普通のしか食ったことないからよく分かんねえ。結構高いんだよ、プレミアム。
あとは……鍋か。今年は一人鍋があるからいろいろ楽しむつもりである。キムチ、水炊き、寄せ鍋……あ、もつ鍋もいいなあ。
「冬の味覚も楽しみだ」
吐く息はまだ白くない。突き刺すような寒さというよりしっとりと肌になじむような冷たさ。朝露に触れた時の感覚が全身にめぐるような、そんな感じだ。
「春都。おはよー」
「おー、おはよう」
校門のところでちょうど咲良と会った。挨拶当番の先生の横を通り過ぎてから、咲良は両手をポケットに突っ込み、眉を下げて笑った。
「今朝はちょっと冷えるなあ」
「そうだな」
「昼間はだいぶぬくいけど。温度差激しすぎ」
「風邪引かないようにしないとなあ」
もう少ししたら制服に悩む季節になる。学ランだと暑いし、半袖だと寒い、みたいな季節だ。どうやらよその学校には中間服なるものがあるらしい。
「そういやさあ、昨日見た夢がやばかったんだよなー。話したっけ?」
「いや、聞いてねえな」
「なんか物語になっててさー。まず俺、つぶれたショッピングモールみたいなとこにいてなあ……」
こいつの夢の話は結構長い。一度、朝から放課後までかかったことがある。でも結構小説っぽくて面白い。
特に今日は焦るような用事もない。久々にのんびり聞くことにしよう。
「――で、そこで目が覚めたってわけ」
朝課外までまだ時間があったので、一度荷物を教室においてから廊下で話す。
「なんだ。意外と短かったな」
「そうそう、今回の夢はなんか疾走感があってさ」
寝たのに疲れた、と咲良はロッカーにもたれかかった。
「夢かー、俺、なんか最近見たかなあ」
夢を見た気はするけど、内容が思い出せないというあの現象はいったい何なんだろう。たとえ覚えていたとしてもそれを子細に話すのは結構難しい。
「お前すげぇよな。ここまで夢の内容を詳しく話せるとか」
「そうかなあ。こういうことだけは覚えられるんだよねー」
「英単語はさっぱりなのにな」
そういうこと言うなよぉ、と咲良は笑った。
「今日は小テストないから……ん?」
「どうした」
咲良が何かに気づいて言葉を止める。その視線の先には漆原先生がいた。
「あれ、珍しいな。教室に来るとか」
漆原先生もこちらに気づいて、右手をひらひらさせながらやってきた。
「おはようございまーす」
「やあ、おはよう」
「どうかしたんですか」
咲良が聞くと、先生はげんなりした様子で、左手に持ったいくつかの小さな紙きれを揺らして見せた。
「延滞者への督促状だよ。委員に渡しても、クラスの配布物の棚に入れても、一向に延滞者に渡らないらしい。返却に来ないんだ」
「それで直々に、ってわけですか」
借りたら借りっぱなし、というやつは結構いる。中には「委員会の時に返しといて!」などと押し付けてくるのもいるらしい。俺は経験ないけど、一個下の学年が嘆いていた。
「君たちは何の話をしていたんだい?」
「昨日見た夢の話です」
「ほお、それはまた興味深いね」
いったいどんな夢を見たんだ? と先生が聞けば、咲良は嬉々として話し始めた。
同じ話を何度もするのは骨が折れるだろうに。
……まあ、俺も、好きなものの話は何度しても、聞いても飽きないけどな。
それはまた食事も然り。
好きな食べ物はいつ何度食ってもうまい。
「おー、今日はおにぎりか」
「ん」
咲良も今日は弁当らしい。
「いただきます」
あ、どれがどれだっけ。えーっと、このはみ出してんのが高菜、こっちがマヨ入り。うーん、やっぱここは明太子だな。シンプルなのから食う。
塩の効いたご飯にごろっとした焼き明太子。食感が生のものよりもあって、香ばしくてうまい。プチプチ、というよりプヂッとしたのがいっぱいある感じ。
マヨ入りはやっぱりまろやかでご飯となじみやすい。海苔の風味もよく合うのだ。
高菜炒めはもうはみ出している。こぼれないように一口。はじけるゴマの風味、ピリッと引き締まる辛さ、茎の部分からはじわ~っと味が染み出す。葉の部分はちょっとのどに詰まりそうになるので、しっかり噛まなければ。
ほんの少し濃い味付けは、マヨネーズによく合う。
この高菜、焼き飯にしてもうまいんだよなあ。今度作ろう。
「うまそうに食うな」
「んあ?」
「なんかほんとに楽しんで食ってるなーって感じするわ」
そりゃあまあ、うまいからな。飯を食う時に飯を楽しまなくてどうする。
食事っつーのはそういうもんだろ。
「ごちそうさまでした」
具はもちろん明太子。そして高菜だ。それもばあちゃんお手製の高菜炒め。これがうまくて、たくあん炒めといい勝負なのだ。
明太子はグリルで焼く。ぱちぱちといういい音と香ばしい香りがたまらない。なんかもうこれだけで飯が食えそうだ。焦げないように気を付けて、ちゃんと火が通ったら良しとする。
焼かれてはじけた明太子。これをうまいこと分けてご飯で包む。残ったやつは朝飯にしよう。そしてこれだけではない。普通のやつと、あとはマヨも加えたやつも作る。明太子とマヨネーズはいいコンビなのだ。
高菜炒めはたっぷり入れたい。あ、やべ、割れた。いいや。海苔で包んじゃえ。当然、マヨ入りも作る。
よーし、いい感じだ。大きめのが四つ。これだけで満足できそうだな。
今日もいい天気だ。それに、ずいぶん冷え込むようになってきた。そろそろ鍋もいいなあ。
コンビニにはおでんが出てくる頃か。あれって、買う前のワクワク感がすごいんだよな。当然食べてもうまいわけだが。コンビニのおでんで好きなのは厚焼き玉子。柚子胡椒つけて食うのが気に入っている。
それに肉まん。酢醤油かけて食うのがいい。冬になったら買おう。そういえばプレミアム肉まんと普通の肉まんってやっぱ味が違うのかな。普通のしか食ったことないからよく分かんねえ。結構高いんだよ、プレミアム。
あとは……鍋か。今年は一人鍋があるからいろいろ楽しむつもりである。キムチ、水炊き、寄せ鍋……あ、もつ鍋もいいなあ。
「冬の味覚も楽しみだ」
吐く息はまだ白くない。突き刺すような寒さというよりしっとりと肌になじむような冷たさ。朝露に触れた時の感覚が全身にめぐるような、そんな感じだ。
「春都。おはよー」
「おー、おはよう」
校門のところでちょうど咲良と会った。挨拶当番の先生の横を通り過ぎてから、咲良は両手をポケットに突っ込み、眉を下げて笑った。
「今朝はちょっと冷えるなあ」
「そうだな」
「昼間はだいぶぬくいけど。温度差激しすぎ」
「風邪引かないようにしないとなあ」
もう少ししたら制服に悩む季節になる。学ランだと暑いし、半袖だと寒い、みたいな季節だ。どうやらよその学校には中間服なるものがあるらしい。
「そういやさあ、昨日見た夢がやばかったんだよなー。話したっけ?」
「いや、聞いてねえな」
「なんか物語になっててさー。まず俺、つぶれたショッピングモールみたいなとこにいてなあ……」
こいつの夢の話は結構長い。一度、朝から放課後までかかったことがある。でも結構小説っぽくて面白い。
特に今日は焦るような用事もない。久々にのんびり聞くことにしよう。
「――で、そこで目が覚めたってわけ」
朝課外までまだ時間があったので、一度荷物を教室においてから廊下で話す。
「なんだ。意外と短かったな」
「そうそう、今回の夢はなんか疾走感があってさ」
寝たのに疲れた、と咲良はロッカーにもたれかかった。
「夢かー、俺、なんか最近見たかなあ」
夢を見た気はするけど、内容が思い出せないというあの現象はいったい何なんだろう。たとえ覚えていたとしてもそれを子細に話すのは結構難しい。
「お前すげぇよな。ここまで夢の内容を詳しく話せるとか」
「そうかなあ。こういうことだけは覚えられるんだよねー」
「英単語はさっぱりなのにな」
そういうこと言うなよぉ、と咲良は笑った。
「今日は小テストないから……ん?」
「どうした」
咲良が何かに気づいて言葉を止める。その視線の先には漆原先生がいた。
「あれ、珍しいな。教室に来るとか」
漆原先生もこちらに気づいて、右手をひらひらさせながらやってきた。
「おはようございまーす」
「やあ、おはよう」
「どうかしたんですか」
咲良が聞くと、先生はげんなりした様子で、左手に持ったいくつかの小さな紙きれを揺らして見せた。
「延滞者への督促状だよ。委員に渡しても、クラスの配布物の棚に入れても、一向に延滞者に渡らないらしい。返却に来ないんだ」
「それで直々に、ってわけですか」
借りたら借りっぱなし、というやつは結構いる。中には「委員会の時に返しといて!」などと押し付けてくるのもいるらしい。俺は経験ないけど、一個下の学年が嘆いていた。
「君たちは何の話をしていたんだい?」
「昨日見た夢の話です」
「ほお、それはまた興味深いね」
いったいどんな夢を見たんだ? と先生が聞けば、咲良は嬉々として話し始めた。
同じ話を何度もするのは骨が折れるだろうに。
……まあ、俺も、好きなものの話は何度しても、聞いても飽きないけどな。
それはまた食事も然り。
好きな食べ物はいつ何度食ってもうまい。
「おー、今日はおにぎりか」
「ん」
咲良も今日は弁当らしい。
「いただきます」
あ、どれがどれだっけ。えーっと、このはみ出してんのが高菜、こっちがマヨ入り。うーん、やっぱここは明太子だな。シンプルなのから食う。
塩の効いたご飯にごろっとした焼き明太子。食感が生のものよりもあって、香ばしくてうまい。プチプチ、というよりプヂッとしたのがいっぱいある感じ。
マヨ入りはやっぱりまろやかでご飯となじみやすい。海苔の風味もよく合うのだ。
高菜炒めはもうはみ出している。こぼれないように一口。はじけるゴマの風味、ピリッと引き締まる辛さ、茎の部分からはじわ~っと味が染み出す。葉の部分はちょっとのどに詰まりそうになるので、しっかり噛まなければ。
ほんの少し濃い味付けは、マヨネーズによく合う。
この高菜、焼き飯にしてもうまいんだよなあ。今度作ろう。
「うまそうに食うな」
「んあ?」
「なんかほんとに楽しんで食ってるなーって感じするわ」
そりゃあまあ、うまいからな。飯を食う時に飯を楽しまなくてどうする。
食事っつーのはそういうもんだろ。
「ごちそうさまでした」
13
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる