一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百五話 シャインマスカット

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 秋の味覚といって真っ先に思いつくのは、やっぱりイモとかサンマだろうか。

 確かに、ネットとか新聞とか、秋の味覚特集が載ってると決まってそういう写真が掲載されているもんな。サツマイモ、サンマ、あとは栗とか。

 しかし俺としてはあれを推したい。シャインマスカット。

 ぶどうといえば巨峰、と思っていた時もあったが、一度シャインマスカットを食ってからというもの、そのおいしさのとりこになった。

 そして今、目の前には冷え冷えのシャインマスカットが。

 母さんが送ってきてくれたのだ。自分じゃおいそれと買えない金額のものだからすごくうれしい。

 これは風呂入って、飯食ってのんびり食おう。

 そういえば初めて食ったのは小学生の頃だったか?



 休みの日に街に出る。これはかなり特別なことのように感じた。まあ、今でもそうか。

 こないだ、ポップアップストアが開催されていた街の商店街。小さい頃は特に広く感じて、いろんなものが輝いて見えたものだ。

 例えば文房具屋。自分の住む町にはないようなかっこいいペンや筆箱、練り消しの種類も豊富だったし、いろんなものをかたどった消しゴムも売っていた。いまだに野菜型の消しゴムは机の上に飾っている。

 他にも西洋風の雑貨屋もあったなあ。お金持ちの家にあるような豪華な電話。ちょっとあこがれたものだ。

 そしてその商店街の一番の特徴があれだろう。でかい時計台。

 商店街の中央を貫く大通り。そこに堂々と鎮座するのが、玉乗りをするピエロを模した時計だ。幼稚園の頃は不気味に思ったものだが、改修工事があってからは不気味さが軽減したので見ることができるようになった。

 区切りのいい時間になると動き出して、鐘の音が鳴る。その瞬間を見るためにだいぶ粘ったなあ。

「さて、次どこ行く?」

「んー……」

 その日は散々歩き回っていたので、ちょっと疲れていた。

「どっか座りたい」

「そうねえ」

「どこかお店があるかなー」

 店を探しながらぐるぐるさまよっていたら、商店街の入り口付近に見つけた果物屋さん。どうやらそこは二階がカフェのようになっているらしかった。

「ここにしようか」

「そうね」

 こういうおしゃれな店はちょっと緊張する。

 客は俺たちの他におらず、それで少し落ち着いたものだ。

「お、春都。パフェあるぞ」

 父さんが見せてきたメニューには、季節のパフェがでかでかと載っていた。

 モンブランパフェ、巨峰パフェ、そして柿パフェ。確かにそれも魅力的だったが、俺は違うものを頼んだ。

「これ食いたい」

「イチゴパフェ? いいねー」

 真っ赤なイチゴが花のように盛り付けられたパフェ。お手本のようなパフェにひかれたのだ。

 父さんはコーヒーとアップルパイ、母さんはプリンアラモードを頼んでいたっけ。

「わ~……すげえ」

 想像の倍は背の高いパフェ。

 たっぷりと盛り付けられたクリームにほんの少しとろけたバニラアイスとイチゴのソース。イチゴの赤は写真より鮮やかだ。

「いただきます」

 まずはクリームをすくう。まったりとした甘さがおいしい。

 アイスは冷え冷えで、イチゴソースの甘酸っぱさがよく合う。

「イチゴは食べないの?」

「今から食う」

 豪華なイチゴ。きれいに薄くスライスされていて、そっと丁寧にとらないともったいない気がする。

「甘あ!」

 想像以上に甘い。

 なんというか、生クリームよりもアイスよりも甘い。砂糖をしのぐ甘さって、すごいな。でもちゃんと酸味もあるし、すごくおいしい。

 生クリームとアイスを合わせて食べると、これ以上ないほどに贅沢な気分だ。

「ごちそうさまでした」

 イチゴの余韻に浸りながら、帰り際に果物屋の店先を見ると、マスカットが売っていた。

 すごくきれいで、つやつやで、宝石みたいだった。

「お、きれいじゃない。買って帰ろうか」

「いいんじゃないか」

 一パックだけ買って、帰ってすぐ冷やして、その日の晩飯のあとに食った。

 それがもう感動的だったんだよなあ……。食感も味も最高で。感動的、という言葉より衝撃的という言葉の方が合っているかもしれない。

 それからしばらくシャインマスカットのことが頭から離れなくて、すごく大変だったんだよな……。



 そして今、念願のシャインマスカットが目の前にある。

 何だろう、すごくそわそわする。えっと、とりあえずあれだ。写真撮っとこう。

「さて……」

 皿も片づけたし、宿題も仕上げた。食う準備は整っている。

「いただきます」

 房から一つ、実をちぎる。ぱっつんぱっつんだな。もうすでにいいにおいがする。

 一口で……いや、これはでかすぎる。半分ずつ、大事に食おう。

「!」

 パリッとした食感。皮のみずみずしさに果肉のシャキッとしたおいしさ。

 甘い。爽やかな甘さ。皮自体に香りのカプセルがあるように、ふわっと――いや、ぶわっとマスカットの風味に包まれる。

 種もないのでサクサク食べてしまう。おっといかん、大事に食べないと。

 でも冷たいうちに食いたいよな。ちょっと一口で食ってみようか。

「ん~……」

 口に広がる果汁。上等すぎる果物ジュースというか、皮のシャキシャキした食感とはじける香りがたまらない。

 なんかもうずっと食い続けていたい。いくらでも食える。

「おいしい……」

 シャインマスカットのお菓子とかは見かけるが、やっぱ生のままってうまい。

 もちろんお菓子はお菓子でおいしさはあるけど、シャインマスカットそのものの味を楽しむにはこれが一番だよな。

 次を食いたい、でも、もったいない。でも……。

「うう、うまい……」

 明日に取っておくという手もあったが、新鮮でおいしいうちに食いたいな。っていうかとっておくほど残っていない。

 しっかり楽しみながら、今日のうちに食うことにしよう。

 ああ、おいしいなあ。



「ごちそうさまでした」

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