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日常
第百十一話 ナポリタンパン
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「おはよー」
「おう、おはよう」
エントランスに降りて外に出ると、咲良が待っていた。
あれ以来、たまに咲良は俺を迎えに来るようになった。こいつの気まぐれは本当によく分からない。
「寒いなー!」
「ああ、だいぶ冷えるようになってきた」
「毛布出したもん。そろそろ冬服にした方がいいかな」
「日差しは暖かいとはいえ、風は涼しいもんな」
夏と冬が同時に存在するような季節。でもまあだんだんと寒くなっていくんだよなあ。不思議な感じがする。
「つい先週までクーラーガンガンに効かせてたのにな」
「そう、それ」
アスファルトからは熱ではなく冷たさが伝わってくるようだ。
学校に近づくにつれてだんだんざわめきが大きくなっていき、門に向かう生徒の列が見える。やっぱちらほらと冬服のやつもいるな。
「あ、見たことある顔発見」
咲良が楽しそうな声を上げる。指さされた先にはベージュのカーディガンを着た軽やかな足取りの小柄なやつと、濃い紫色のカーディガンを着てのそのそと気だるげに歩く高身長のやつがいた。
「おーい、朝比奈~百瀬~」
咲良が声をかけると二人は周りを少しきょろきょろした後、こちらに気が付いた。
「あ、おはよー」
「……はよ」
はつらつとした百瀬とは対照的に朝比奈はひどくくたびれているというか、いつにもましておとなしいというか。
「なに朝比奈、元気ないな」
「……寒い」
「寒いとテンション上がらないんだってさ」
マフラーが欲しい……とぼそっとつぶやき、朝比奈は猫背になる。まあ、その気持ちは分からんでもないが、いまこの時期にマフラーが欲しいという発想はない。
「いや、今からそんなんじゃ真冬はどうすんだよ」
と、咲良が大笑いする。そんな咲良に俺は思わずつぶやく。
「お前は年中夏! って感じだよな」
「え? そう? ありがとう」
「……ポジティブで結構」
靴から上履きに履き替える。あー、板張りが冷たい。
これが真冬になると、金属製で扉までついた靴箱もめちゃくちゃ冷たくなって、触るの嫌になるんだ。
「ニュースで言ってたんだけどさ」
階段をのぼりながら咲良はあくびを一つした。
「北海道じゃ初雪だってよ」
「まじか」
「それ聞いたらさー。これぐらいで寒いとか言っちゃいけない気がするよな」
「寒いもんは寒い」
朝比奈はそう言って袖を伸ばす。
「でも、冬は冬で楽しいことあるだろ」
「そーだぞ」
咲良は何かを思い出すように少し視線を巡らせた。
「ほら、去年大雪降ったろ? あれ結構楽しかった」
「あー……俺その日学校休んだな」
朝比奈が言うと、百瀬も頷いた。すると咲良は面白いことを思い出したように笑った。
「俺はさあ、めっちゃ頑張って行ったんだよねー。そしたら同じ地区のやつらみんな休んでて『俺休んでよかったんじゃん!』って思った」
「調理実習の日だったよな」
確か作ったのはグラタンとポトフだ。
一年の頃だけ履修する家庭科の授業では、三回、調理実習をした。和・洋・中、それぞれやったなあ。
「そうそう! 三、四時間目だったし、早いとこ帰らせてもらえると思ってたらさ、午前中までは授業だって言われて」
「休んでるやつばっかりでなあ。俺らの班は咲良と二人だけだったな」
「え、なにそれ。超面白そう」
朝比奈と百瀬が興味津々というようにこちらに視線を向ける。
「いやなんかめちゃくちゃ面白かった。な、春都」
「雪でテンション上がっておかしくなってたんだ、あれは」
「えーなになに」
今思い出しても笑いが出てくる。
「なんだっけ、パセリ?」
「そう、パセリ」
ただの単語だが、それだけで変な笑い声が出てきてしまう。
「グラタンの飾りつけと、ポトフに入れるのと、二つ用意されてたんだけどさ。俺たちには飾り付けって考えがなかったわけよ」
「それで、パセリ二つともポトフに入れたわけ。そしたらめちゃくちゃ苦くなって」
「途中で気付かんかったん?」
百瀬が心底楽しそうに笑う。
「いや、二つ目入れたあとにさ。よその班のグラタン見たらなんか緑のかかってて」
「しかもさー、俺らの班のやつ、担任にも食べてもらうってなっててー」
「くそ苦いポトフを飲んでもらうことになった」
そこまで話すと、二人とも声を上げて笑ったのだった。
「俺たちもポトフ一口食う度に笑えて仕方なかったよな」
咲良は「それもいい思い出だよな」と言って笑う。
なんか笑える話したら、少し体がポカポカしてきたなあ。
「おーい、春都。食堂行こうぜ」
朝課外が終わってすぐ、咲良がやってきた。
「あ? 早くねーか?」
「朝飯少なかったからなんか食いたくて」
拒否する理由もなかったので、着いていくことにした。
朝の食堂って静かなんだよなあ。昼もこういう中で食いたいものだ。
「パンでも買おう」
お、結構出てる。
俺もなんか食おうかな。
「こないだ食ったの以外にしよ」
うーん、あ。これいい。ナポリタンが挟まったパン。ホットドッグのソーセージ部分がナポリタンになっているんだ。
「俺焼きそば~」
ジュースを買って、食堂で食っていくことにした。
「いただきます」
結構パンパンにつまっている。ぴっちりと包んでいるラップをはがすのがなんだか楽しい。
ガブッとかぶりつく。うちで作るのとはまた違う味付けのナポリタン。甘みがあっておいしい。薄くスライスされた丸いソーセージが唯一の肉っ気だが、それぐらいがちょうどいい。しなっとしたキャベツと、わずかなレタスがささやかながらもおいしい。
「これってさ、よく考えたら炭水化物と炭水化物だよな」
「食いごたえがある」
冷たいがコーヒー牛乳とよく合う。それぞれ違う甘みが案外合うんだ。
あ、これも彩りにパセリが。そうだよな。何事も適量ってものがあるよな。
パンはふわふわしつつもなんとなく噛み応えがある。ぎっちり包まれていたのでナポリタンがよくなじんでいておいしい。
そういや食堂のナポリタンパンは初めて食うかもしれない。
自分じゃ朝一で食堂に行くなんてめったにないからなあ。今度からたまに、来てみようかな。
「ごちそうさまでした」
「おう、おはよう」
エントランスに降りて外に出ると、咲良が待っていた。
あれ以来、たまに咲良は俺を迎えに来るようになった。こいつの気まぐれは本当によく分からない。
「寒いなー!」
「ああ、だいぶ冷えるようになってきた」
「毛布出したもん。そろそろ冬服にした方がいいかな」
「日差しは暖かいとはいえ、風は涼しいもんな」
夏と冬が同時に存在するような季節。でもまあだんだんと寒くなっていくんだよなあ。不思議な感じがする。
「つい先週までクーラーガンガンに効かせてたのにな」
「そう、それ」
アスファルトからは熱ではなく冷たさが伝わってくるようだ。
学校に近づくにつれてだんだんざわめきが大きくなっていき、門に向かう生徒の列が見える。やっぱちらほらと冬服のやつもいるな。
「あ、見たことある顔発見」
咲良が楽しそうな声を上げる。指さされた先にはベージュのカーディガンを着た軽やかな足取りの小柄なやつと、濃い紫色のカーディガンを着てのそのそと気だるげに歩く高身長のやつがいた。
「おーい、朝比奈~百瀬~」
咲良が声をかけると二人は周りを少しきょろきょろした後、こちらに気が付いた。
「あ、おはよー」
「……はよ」
はつらつとした百瀬とは対照的に朝比奈はひどくくたびれているというか、いつにもましておとなしいというか。
「なに朝比奈、元気ないな」
「……寒い」
「寒いとテンション上がらないんだってさ」
マフラーが欲しい……とぼそっとつぶやき、朝比奈は猫背になる。まあ、その気持ちは分からんでもないが、いまこの時期にマフラーが欲しいという発想はない。
「いや、今からそんなんじゃ真冬はどうすんだよ」
と、咲良が大笑いする。そんな咲良に俺は思わずつぶやく。
「お前は年中夏! って感じだよな」
「え? そう? ありがとう」
「……ポジティブで結構」
靴から上履きに履き替える。あー、板張りが冷たい。
これが真冬になると、金属製で扉までついた靴箱もめちゃくちゃ冷たくなって、触るの嫌になるんだ。
「ニュースで言ってたんだけどさ」
階段をのぼりながら咲良はあくびを一つした。
「北海道じゃ初雪だってよ」
「まじか」
「それ聞いたらさー。これぐらいで寒いとか言っちゃいけない気がするよな」
「寒いもんは寒い」
朝比奈はそう言って袖を伸ばす。
「でも、冬は冬で楽しいことあるだろ」
「そーだぞ」
咲良は何かを思い出すように少し視線を巡らせた。
「ほら、去年大雪降ったろ? あれ結構楽しかった」
「あー……俺その日学校休んだな」
朝比奈が言うと、百瀬も頷いた。すると咲良は面白いことを思い出したように笑った。
「俺はさあ、めっちゃ頑張って行ったんだよねー。そしたら同じ地区のやつらみんな休んでて『俺休んでよかったんじゃん!』って思った」
「調理実習の日だったよな」
確か作ったのはグラタンとポトフだ。
一年の頃だけ履修する家庭科の授業では、三回、調理実習をした。和・洋・中、それぞれやったなあ。
「そうそう! 三、四時間目だったし、早いとこ帰らせてもらえると思ってたらさ、午前中までは授業だって言われて」
「休んでるやつばっかりでなあ。俺らの班は咲良と二人だけだったな」
「え、なにそれ。超面白そう」
朝比奈と百瀬が興味津々というようにこちらに視線を向ける。
「いやなんかめちゃくちゃ面白かった。な、春都」
「雪でテンション上がっておかしくなってたんだ、あれは」
「えーなになに」
今思い出しても笑いが出てくる。
「なんだっけ、パセリ?」
「そう、パセリ」
ただの単語だが、それだけで変な笑い声が出てきてしまう。
「グラタンの飾りつけと、ポトフに入れるのと、二つ用意されてたんだけどさ。俺たちには飾り付けって考えがなかったわけよ」
「それで、パセリ二つともポトフに入れたわけ。そしたらめちゃくちゃ苦くなって」
「途中で気付かんかったん?」
百瀬が心底楽しそうに笑う。
「いや、二つ目入れたあとにさ。よその班のグラタン見たらなんか緑のかかってて」
「しかもさー、俺らの班のやつ、担任にも食べてもらうってなっててー」
「くそ苦いポトフを飲んでもらうことになった」
そこまで話すと、二人とも声を上げて笑ったのだった。
「俺たちもポトフ一口食う度に笑えて仕方なかったよな」
咲良は「それもいい思い出だよな」と言って笑う。
なんか笑える話したら、少し体がポカポカしてきたなあ。
「おーい、春都。食堂行こうぜ」
朝課外が終わってすぐ、咲良がやってきた。
「あ? 早くねーか?」
「朝飯少なかったからなんか食いたくて」
拒否する理由もなかったので、着いていくことにした。
朝の食堂って静かなんだよなあ。昼もこういう中で食いたいものだ。
「パンでも買おう」
お、結構出てる。
俺もなんか食おうかな。
「こないだ食ったの以外にしよ」
うーん、あ。これいい。ナポリタンが挟まったパン。ホットドッグのソーセージ部分がナポリタンになっているんだ。
「俺焼きそば~」
ジュースを買って、食堂で食っていくことにした。
「いただきます」
結構パンパンにつまっている。ぴっちりと包んでいるラップをはがすのがなんだか楽しい。
ガブッとかぶりつく。うちで作るのとはまた違う味付けのナポリタン。甘みがあっておいしい。薄くスライスされた丸いソーセージが唯一の肉っ気だが、それぐらいがちょうどいい。しなっとしたキャベツと、わずかなレタスがささやかながらもおいしい。
「これってさ、よく考えたら炭水化物と炭水化物だよな」
「食いごたえがある」
冷たいがコーヒー牛乳とよく合う。それぞれ違う甘みが案外合うんだ。
あ、これも彩りにパセリが。そうだよな。何事も適量ってものがあるよな。
パンはふわふわしつつもなんとなく噛み応えがある。ぎっちり包まれていたのでナポリタンがよくなじんでいておいしい。
そういや食堂のナポリタンパンは初めて食うかもしれない。
自分じゃ朝一で食堂に行くなんてめったにないからなあ。今度からたまに、来てみようかな。
「ごちそうさまでした」
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