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日常
第百四十八話 たらこスパゲティ
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「うぅ……」
布団とは明らかに違う重さに目を覚ます。なんだ、金縛りか?
「ん……?」
いやでも手は自由に動くし、金縛り特有の息苦しさがない。頭を起こして腹の上を見れば、そこには幽霊でも死んだ人でもなんでもなく、うめずがどっしりと横たわっていた。気持ちよさそうに寝ているが、ちょっと横にどいてもらおうか。
「ふーっ」
もう一度布団にもぐりこみ、眠気の波に身をゆだねようとする。
しかしうまいこといかない。眠くなるどころかじわじわと頭が覚醒していく。なんか腹立つな。スマホを見れば、午前三時をようやく回ったところだった。
枕に顔をうずめ、少しうなって、ゆっくりと起き上がる。布団がずるずるとずり落ちていった。
未明の空気は骨に染みるほど冷たい。椅子に引っ掛けたままだった厚手の上着を羽織る。
早起きしたからといってすることはないので、どうして時間をつぶそうか考える。とりあえずなんかあったかいものでも飲むか。
少し考えてからコーンスープを飲むことにした。お湯を沸かしている間、手持無沙汰なのでちょっとベランダに出てみる。
「うわ、さっむ……」
しかし風は弱い。ほぼ無風だ。
こんな時間に外に出ることなどないので、なんだか新鮮だ。手すりに寄りかかって見下ろせば、近くの道路の信号が黄色に点滅していた。人はおらず、車が一台だけ走っていった。周辺の民家に明かりはない。
空にはまだ星がある。それぞれ異なる光の強さで瞬き、まるで砂金を散らしたようだ。
ほうっと吐き出した息は白い。ゆっくり吐き出すとゆらゆらと揺れながら空に昇って行った。
お湯が沸けた音がしたので部屋に戻る。
厚みのあるマグカップに粉末のコーンスープを入れ、お湯を注いでかき混ぜながら居間に向かう。ソファかこたつか悩んだ結果、こたつの中が温まるまでソファに座っていることにした。ファンヒーターで少し暖まってはいるが、空気がうすら寒い。
夜明けはまだ遠く、月が静かに町を見下ろしている。
世界の大半が眠りにつく中、持て余した目覚めをスープとともに飲み込みながら、夕暮れのような色に光るこたつに潜りこむ。
とろけるようなコーンの甘味が、やさしく胃の腑に落ちてゆく。
今になって眠気が来た。すっきり早起きしたからといって、その先、眠くならないということはないのだ。
「ふぁ~あ……」
「なに、春都。寝不足?」
廊下を歩いていたら、後ろからひょっこりと咲良が顔を出した。「よっ」と片手をあげて笑う咲良をぼんやりと見る。
「咲良か」
「お前にしては珍しいな」
咲良は両手を頭の後ろで組み、並んで歩きだす。
「今朝、三時ごろに目が覚めて、それから眠れなかった……」
「三時? そりゃ眠くなるわ」
「朝課外やばかった」
もう一つあくびをすると、咲良は笑った。
「ホームルームまで寝りゃいいじゃん」
「起きられる自信がない。コーヒー飲む」
自販機は冬仕様になって、ペットボトルタイプのコーヒーが販売されるようになった。ブラックコーヒー、当然ホットにする。
「苦い」
でもその苦みが何となく気分をシャキッとさせる。
「外寒いなあ」
「でも眠い」
「こんな寒い中で寝たら死ぬぞ」
と、咲良は肩をすくめた。
寒い寒いとうるさいので、教室に戻る。俺は席に着き、咲良は廊下側から窓枠にもたれかかる。
「でも俺、春都が今日起きた時間に寝ることもあるぞ」
「うそだろ」
「なんなら、徹夜のこともある」
「それで眠くならないのか」
早寝早起きが基本である俺としてはあり得ないことだ。
咲良は屈託のない笑みを浮かべて言ったものだ。
「眠いよ。授業中寝てるよ」
「寝るなよ」
「大丈夫だって、意外とばれないんだぜー?」
いや、心配すべきはそこじゃない気がするが。そういやこいつ、一年の頃から居眠り常習だよなあ。何度起こしてやったことか。
「あ、でもこないだ起きた瞬間、先生と目が合った」
「ばれてんじゃねえか」
いひひ、と咲良はいたずらっぽく笑う。
その時予鈴が鳴って「あ、そういや今日日直だった」と咲良は体勢を立て直した。
「日誌取りに行こうと思ってこっち来て、春都見つけたんだ」
「忘れんなよ」
それじゃ、と渡り廊下へ足早に向かう咲良の後姿を見届けた後、窓を閉める。
少しは薄れたが教室の温かさで再び現れ始めた眠気に、俺はもう一つあくびをした。
今日はとっとと寝てしまおう。ということで晩飯はシンプルなスパゲティにする。
混ぜるだけのソース。いろいろと種類はあるが、今日はたらこにする。
茹でたスパゲティを器に盛り、ソースをかけ、よく混ぜる。何度か作ったことがあるが、正しい味になり始めたのは最近のことのように思う。毎回「なんか味薄いなあ」と思っていたら、スパゲティに対してソースの個数が少なかったんだ。
ちゃんと作り方を見て作ったらめっちゃおいしかった。
最後に付属の刻みのりをかけたら完成だ。
「いただきます」
薄ピンクの粒々に香ばしいような香り。ソースを絡めて食うのが結構難しい。
クルクルと巻いて一口。プチプチ食感はそこまでないが、なめらかな口当たりと塩辛さがおいしい。ソース少なめのさっぱりとしたところもいい。でも、たっぷりとソースを絡めて口いっぱいにほおばるのが、このスパゲティの醍醐味だ。
海苔と一緒に食べれば磯の香りが倍増する。
たらこスパゲティは味変するという考えが浮かばないよなあ。もしかしたらいろいろおいしい食べ方もあるんだろうけど。
それにしても、食べている途中に眠いというのはいつぶりだ。
食事ももちろんだが、睡眠もすごく大切なのだと痛感する。これでまた風邪でもひいたらたまらん。
さて、食事はしっかりとった。あとはぐっすり寝るだけだな。
「ごちそうさまでした」
布団とは明らかに違う重さに目を覚ます。なんだ、金縛りか?
「ん……?」
いやでも手は自由に動くし、金縛り特有の息苦しさがない。頭を起こして腹の上を見れば、そこには幽霊でも死んだ人でもなんでもなく、うめずがどっしりと横たわっていた。気持ちよさそうに寝ているが、ちょっと横にどいてもらおうか。
「ふーっ」
もう一度布団にもぐりこみ、眠気の波に身をゆだねようとする。
しかしうまいこといかない。眠くなるどころかじわじわと頭が覚醒していく。なんか腹立つな。スマホを見れば、午前三時をようやく回ったところだった。
枕に顔をうずめ、少しうなって、ゆっくりと起き上がる。布団がずるずるとずり落ちていった。
未明の空気は骨に染みるほど冷たい。椅子に引っ掛けたままだった厚手の上着を羽織る。
早起きしたからといってすることはないので、どうして時間をつぶそうか考える。とりあえずなんかあったかいものでも飲むか。
少し考えてからコーンスープを飲むことにした。お湯を沸かしている間、手持無沙汰なのでちょっとベランダに出てみる。
「うわ、さっむ……」
しかし風は弱い。ほぼ無風だ。
こんな時間に外に出ることなどないので、なんだか新鮮だ。手すりに寄りかかって見下ろせば、近くの道路の信号が黄色に点滅していた。人はおらず、車が一台だけ走っていった。周辺の民家に明かりはない。
空にはまだ星がある。それぞれ異なる光の強さで瞬き、まるで砂金を散らしたようだ。
ほうっと吐き出した息は白い。ゆっくり吐き出すとゆらゆらと揺れながら空に昇って行った。
お湯が沸けた音がしたので部屋に戻る。
厚みのあるマグカップに粉末のコーンスープを入れ、お湯を注いでかき混ぜながら居間に向かう。ソファかこたつか悩んだ結果、こたつの中が温まるまでソファに座っていることにした。ファンヒーターで少し暖まってはいるが、空気がうすら寒い。
夜明けはまだ遠く、月が静かに町を見下ろしている。
世界の大半が眠りにつく中、持て余した目覚めをスープとともに飲み込みながら、夕暮れのような色に光るこたつに潜りこむ。
とろけるようなコーンの甘味が、やさしく胃の腑に落ちてゆく。
今になって眠気が来た。すっきり早起きしたからといって、その先、眠くならないということはないのだ。
「ふぁ~あ……」
「なに、春都。寝不足?」
廊下を歩いていたら、後ろからひょっこりと咲良が顔を出した。「よっ」と片手をあげて笑う咲良をぼんやりと見る。
「咲良か」
「お前にしては珍しいな」
咲良は両手を頭の後ろで組み、並んで歩きだす。
「今朝、三時ごろに目が覚めて、それから眠れなかった……」
「三時? そりゃ眠くなるわ」
「朝課外やばかった」
もう一つあくびをすると、咲良は笑った。
「ホームルームまで寝りゃいいじゃん」
「起きられる自信がない。コーヒー飲む」
自販機は冬仕様になって、ペットボトルタイプのコーヒーが販売されるようになった。ブラックコーヒー、当然ホットにする。
「苦い」
でもその苦みが何となく気分をシャキッとさせる。
「外寒いなあ」
「でも眠い」
「こんな寒い中で寝たら死ぬぞ」
と、咲良は肩をすくめた。
寒い寒いとうるさいので、教室に戻る。俺は席に着き、咲良は廊下側から窓枠にもたれかかる。
「でも俺、春都が今日起きた時間に寝ることもあるぞ」
「うそだろ」
「なんなら、徹夜のこともある」
「それで眠くならないのか」
早寝早起きが基本である俺としてはあり得ないことだ。
咲良は屈託のない笑みを浮かべて言ったものだ。
「眠いよ。授業中寝てるよ」
「寝るなよ」
「大丈夫だって、意外とばれないんだぜー?」
いや、心配すべきはそこじゃない気がするが。そういやこいつ、一年の頃から居眠り常習だよなあ。何度起こしてやったことか。
「あ、でもこないだ起きた瞬間、先生と目が合った」
「ばれてんじゃねえか」
いひひ、と咲良はいたずらっぽく笑う。
その時予鈴が鳴って「あ、そういや今日日直だった」と咲良は体勢を立て直した。
「日誌取りに行こうと思ってこっち来て、春都見つけたんだ」
「忘れんなよ」
それじゃ、と渡り廊下へ足早に向かう咲良の後姿を見届けた後、窓を閉める。
少しは薄れたが教室の温かさで再び現れ始めた眠気に、俺はもう一つあくびをした。
今日はとっとと寝てしまおう。ということで晩飯はシンプルなスパゲティにする。
混ぜるだけのソース。いろいろと種類はあるが、今日はたらこにする。
茹でたスパゲティを器に盛り、ソースをかけ、よく混ぜる。何度か作ったことがあるが、正しい味になり始めたのは最近のことのように思う。毎回「なんか味薄いなあ」と思っていたら、スパゲティに対してソースの個数が少なかったんだ。
ちゃんと作り方を見て作ったらめっちゃおいしかった。
最後に付属の刻みのりをかけたら完成だ。
「いただきます」
薄ピンクの粒々に香ばしいような香り。ソースを絡めて食うのが結構難しい。
クルクルと巻いて一口。プチプチ食感はそこまでないが、なめらかな口当たりと塩辛さがおいしい。ソース少なめのさっぱりとしたところもいい。でも、たっぷりとソースを絡めて口いっぱいにほおばるのが、このスパゲティの醍醐味だ。
海苔と一緒に食べれば磯の香りが倍増する。
たらこスパゲティは味変するという考えが浮かばないよなあ。もしかしたらいろいろおいしい食べ方もあるんだろうけど。
それにしても、食べている途中に眠いというのはいつぶりだ。
食事ももちろんだが、睡眠もすごく大切なのだと痛感する。これでまた風邪でもひいたらたまらん。
さて、食事はしっかりとった。あとはぐっすり寝るだけだな。
「ごちそうさまでした」
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