一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
158 / 893
日常

第百五十八話 スパゲティグラタン

しおりを挟む
 どうにもやる気が出ないまま、部屋着でベッドに仰向けに横たわりながらスマホを眺める。

 見たいものや調べたいものがあるわけではない。ただ何となく見ているだけだ。しょっちゅう連絡を取り合うような相手もいなければ、色々つぶやくらしいSNSもやっていない。

 ニュースサイト見て、トレンドに入ってる言葉検索して、スマホゲームのログボもらって、長らく続報のないアニメ映画のサイト見て、次の新刊いつごろ出るかなとか調べて。で、またニュースサイトに戻って、たまに無料ゲームして。

 いつもやってるゲームもイベントクリアしたし、続報は相変わらずないし、新刊は最近出たから次は来年だし、短時間でトレンドは変わらないし、無料ゲームは広告がめんどくさくなって途中でやめてしまう。

 全部予想通りというか、分かっててやってるんだよなあ。

「あ~……」

 嘆息交じりのうめき声を上げながら腕を下ろす。

 ずっとスマホの画面を見ていると目が疲れる。頭もぼーっとするし、思考が定まらなくなる。

 ふと窓の外に視線をやる。空は高く、日差しが穏やかだ。吹く風は冷たいだろうが、気持ちのいい天気だ。

 だからといって外に出る気力はないのだが。

「はあ~あ」

 今度ははっきりと嘆息して寝返りを打つ。朝飯は遅くとったのでまだ腹は減らない。

 しばらくぼーっと壁を眺めていたが、またなんとなくスマホを見る。パスコードを解除して、検索画面を開き、予測変換で出てくるいつもの検索ワードを入力する。

 検索結果はさっきと変わらない。

「なんだかなー」

 対してやることのない休日とはこういうものだ。図書館に行ってもよかったが、今日はなんとなく乗り気じゃなかった。でも返却期限そろそろだから、明日にでも行かないと。

 こういうのを暇というのだろうなあ、と思いながら画面をスクロールする。

 まあ課題もやったし他にすることもないからこういう時間の過ごし方をしてもとやかく言われる筋合いはないわけで。というかとやかく言う人もいないんだけど。

「……っと、びっくりした」

 画像検索画面をぼんやりと眺めていたら急に暗転して、電話の通知画面が現れた。

「もしもし?」

『あ、春都~? 今何してた?』

 母さんだ。

「なにも」

『何もってことはないでしょ』

「いやほんとに、何もしてなかった」

『ずっとスマホ見てたんでしょ。電話かかるの早かったもん』

「まー、うん。それはそう」

 やっぱりねー、と母さんは笑った。

『まあ別にいいんだけど。それよりさ、明日の夕方ごろ、帰ってくるから』

「ああ、そう」

『お父さんも一緒だから。ごちそうよろしくね!』

 これは何か食材を買いに行った方がよさそうだ。

「分かった。なんかリクエストある?」

『今回は春都にお任せで!』

 それが一番困るのだが「……分かった」と答えておく。

 よっぽど悩んだら、また改めて聞こう。

『楽しみにしてるからねー』

 この後仕事が入っているらしい母さんは一言二言話すと通話を切った。

 さて、怠惰な時間はいったん終わりだ。反動をつけて起き上がる。

 まずは着替えて、それから買い物に行くとしようか。



 休みの日のスーパーは少し人が多いように思う。

 青果コーナーを見ながらうちにあるものを反芻する。

 ジャガイモ、ニンジンはあったなあ。ブロッコリーは……うん、なかった。ゆでるだけでおかずになるから買っておこう。

「あ、そうだ」

 そういやカレー粉が余ってたな。市販のカレールーを使わないカレーの作り方を調べたんだった。せっかく時間あるし、明日は作ってみるか。それなら玉ねぎも買っておこう。

 肉は……鶏肉にしよう。あ、豚肉安い。小分けにして冷凍すると便利なんだよな。

 そういや最近魚食ってねえなあ。なんかシンプルな焼き魚も食いたいが……刺し身もうまそうだ。いろいろ買って海鮮丼とかいいよな~。ま、それは今度にしよう。

 ていうか今日の昼飯どうしよう。出来合いのもの買って帰ろうかなあ。

「……う~ん」

 いまいちピンとくるものがない。何がいいだろう。俺は今、何が食いたいだろう。

 それこそ魚……いや、肉か。そもそも和食か洋食か、はたまた中華か。

「何が食いたいかな~……」

 走り回る子供にカゴが当たらないように気をつけながら、通路の途中に掲示されたチラシをなんとなく眺める。

 卵一パック買っておかなきゃなあ。あ、マヨも安い。

「お」

 マヨネーズを手に取ったところで『ご来店のお客様限定!』のチラシが目に入る。

 スパゲティやマカロニ類が安いようだ。マカロニはマカロニサラダがうまい。カレーの付け合わせに作るか。キュウリと魚肉ソーセージ買っていこうかな。

 昼飯は……あ、そうだ。

 久々にあれ作ろうかな。



 使う野菜は玉ねぎ。バターをひいたフライパンで、薄くスライスした玉ねぎ、冷凍しておいたブナシメジ、買っておいたベーコンを炒める。

 そこに小麦粉を入れてしっかり炒め、牛乳を注ぎ入れる。塩コショウで味を調えたら完成だ。

 グラタン皿には茹でたスパゲティを盛ってある。そこにソースをかけて、溶けるチーズと粉チーズをかける。普段は溶けるチーズだけだが、今日は贅沢に両方のせてしまえ。

 これをオーブンで焼いたら出来上がり。

 スープはインスタントだがオニオンスープ。これもちょっといいやつだ。スライスしたフランスパンも添えて、と。

 今日はせっかく天気がいいし、ベランダに机と椅子出して食うか。

「わふっ」

「お、うめずも一緒に来るか?」

 居間でくつろいでいたうめずが、座った俺の足元に横たわる。

 風が心地いい。

「いただきます」

 粉チーズと溶けるチーズは焼け方が違う。粉チーズのところはサクッと、溶けるチーズはもちっとしている。この違いがいいんだよなあ。

 サックサックと香ばしいチーズにまろやかなソースがよく合う。豆乳のあっさり風味もいいが、牛乳の濃厚なうま味とバターの風味もたまらない。玉ねぎも甘く、ベーコンの塩気もおいしい。

 もちっと食感の溶けるチーズもまたいい。スパゲティとよく絡むのだ。ブナシメジをかんだ時に染み出す水分は薫り高く、グラタンがグレードアップするようだ。

 スパゲティのつるっとした食感もいい。ご飯の食べ応えもいいが、これもまたいい。そしてフランスパンにのせて、一口。ソースがパンに染みて、もちもちのスパゲティとサクサクのパンの香ばしさがいい感じだ。

「うまいなあ」

 穏やかな日差しと心地よい風の中で食うのもいい。しかもこれがうちのベランダというのがまたいいのだ。

 退屈したときは、こうやって飯を食うのもいいだろう。

 ああ、あとで紅茶でも入れようか。お菓子も用意して、本でも読むか。気に入っている動画を見てもいい。

 うん。怠惰な休日も悪くないな。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...