一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百話 シュウマイ

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 職員室の前には時間割が書かれたホワイトボードがある。学年、クラスごとに割り振られていて、授業の変更や提出物なんかが掲示される。日直は朝と帰りのホームルームの前に見に行って、変更があれば後ろの黒板を書き換える。

 だから、当日に授業の変更なんかもあるわけで。一度、全く予想もしていなかった授業変更があって、教科書の準備に手間取ったことがある。

「げっ、嘘だろ……」

 そして今日、朝に書き換えられた時間割表は、無情にも体育二時間連続というものだった。

「ラッキー、国語なくなった~」

 そう喜ぶのは勇樹だ。

「予習してなかったんだよな。しかも変更が体育とか、超ラッキー」

「嘘だろお前……国語の方がよっぽどいいわ」

「えー? 春都変わってんな~」

 うそだろ、俺がおかしいのか。

 まあ、今回はもともと体育があったし準備は気にしなくていいけど……二時間目と三時間目とか、微妙な時間帯だよなあ。どうせなら五、六時間目とか、三、四時間目とかにしてくれって感じだ。

「サッカーだっけ?」

「外じゃん……」

「ほんとはバスケがいいんだけど、まあ、贅沢言えないよな」

 贅沢言うなら体育をなしにしてほしい。でもそれは無理な話だし。

 どうせ俺は活躍するような部類の人間でもなければ、頼られる立場でもない。そこそこに頑張るとしよう。

 は~、やだなあ。



 日が差して風の吹かない場所は、思いのほか快適だった。

 早々に無言の戦力外通告を受けた俺は、楽しそうにプレーする奴らの邪魔にならない場所でじっとしていた。先生もできるやつにつきっきりだし、多少さぼってもばれることはない。

 校門と運動場の間にある、シンボルツリー的なやつの下はちょっとしたベンチ代わりになる。騒がしい運動場の声を聞きながら腰を下ろす。

 頭上でざわざわと騒ぐ木の葉、降り注ぐ日の光、吹く風は柔らかく、春だと錯覚してしまいそうなほど穏やかな空気だ。できることならこのまま昼寝をしてしまいたい。

「何さぼってんだよー」

 ジャージの上着を脱ぎ、半袖半ズボンの恰好をした勇樹が、さわやかな笑顔を浮かべてやってきた。

「あー? 休憩だよ、休憩。てかお前、寒々しいな」

「動いてたら暑いんだよ」

「俺は動かねえからよく分からん」

 とは言いつつも、今日は俺も長袖ジャージだけ着て下は半ズボンだ。

「お前、暇じゃね?」

「まったく。この日差しを享受するのに忙しい」

「なんだそれ、植物かよ。サッカーも楽しいぜー」

「あいにく俺に、楽しむほどの実力はないのでね」

 と、その時チャイムが鳴った。二時間連続なので号令はない。サッカーを継続する者もいれば、休憩する者もいる。俺が休んでいた場所も人が増えてきたので、移動しよう。勇樹はそのまま、他のやつと話し始めた。

 食堂の方のベンチは古ぼけていて、座る人も少ない。そっちに行こう。

「ふー……」

 食堂からはいい香りが漂ってきている。

 カレーのスパイシーな匂いが強めだが、みそ汁の出汁の香りやミートソースのこっくりとしたデミグラスソースやトマトソースの香りもする。

 あ、なんかジュワジュワいってる。何揚げてんだろ。今日の日替わりは何だったかなあ。そういやカレーパンもここで作ってるんだったか。揚げたてのカレーパン、うまいだろうなあ。とんかつに使われる豚肉の端切れらしいやつと玉ねぎの串カツもあるし、どっちだろう。

「お、春都じゃん」

「咲良。どうした」

「ジュース買いに来た」

 咲良は少し迷ってから、ミルクティーを買うと俺の隣に座った。

「なんか楽しそうじゃん。体育なのに」

「あ? 何言ってんだ。体育は楽しくねえぞ」

「えー? その割にはニコニコしてんじゃん。あ、分かった。飯のこと考えてただろ?」

 む、なぜ分かる。咲良は楽しそうに笑って言った。

「ここ結構いいにおいするよな。やべ、腹鳴りそう。パンでも買って帰ろうかな」

「さっき串カツ食ってるやついたぞ」

「うまいよなー、串カツ。たまに脂身が多いときあるけど」

「俺そういや食ったことねえ」

 いつかぜひ食ってみたいものだ。

 あれって数量限定だし、たまにないときあるもんなあ。

 そろそろ運動場に人が増え始めたのを見て、伸びをしながら立ち上がる。

「お前、時間大丈夫か」

「あーやば。あと一分じゃん」

 やばいという割にはのんびりとした様子だな。

 さて、俺ももうひと頑張りするとしますか。



 今日はよく頑張ったので、ちょっと贅沢しようと思う。テレビでもよく聞く、プチ贅沢というやつだ。

 そんな時に買うのはちょっとお高めの冷凍シュウマイ。

 弁当に入れる小さめのサイズではなく、結構大きめのやつだ。一袋九個入りで、レンジでチンするだけで食べられる。

 付け合わせにサラダも準備しよう。

 温かいご飯をよそって、これまたちょっといいインスタントのみそ汁を溶いて、理想的な食卓のできあがりだ。

「いただきます」

 このシュウマイはポン酢をつけて食べるのがおいしい。

 ぎっちりつまった肉はジューシーで、ずっしりと重みがある。シャキシャキとさわやかなのはしょうがだ。ポン酢の酸味がさっぱりしておいしい。

 からしもつけたい。ヒリッとした刺激と鼻に抜ける香りが味を引き締める。

 サラダはドレッシングとマヨネーズ。キャベツ多めで、レタスが少し混ざっている。みずみずしいので、肉の脂でまったりした口がすっきりとする。

 みそ汁の具は豆腐とわかめ。思いのほかわかめはしっかり海藻の味がするし、豆腐はつるんと口当たりがよく、大豆の香りも豊かである。

 そしてシュウマイに戻る。これが白米に合うんだ。リッチな肉のうま味と、ジューシーさ。

 九個だからパクパク食べれば、気づけば残り一個、みたいなことになってて、それはちょっと寂しいけどこれぐらいがちょうどいいのかなとも思う。

 またこうやってちょっと贅沢できるように、頑張ろう。

 でも、体育二時間はしばらく勘弁してほしい。



「ごちそうさまでした」

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