一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百十一話 たこ焼き

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「春都、明日は学校あるんだっけ?」

 店を出たところで、見送りに来たばあちゃんがそう聞いてきた。

「んー、でも明日は午後から休み」

「何か予定は入れてある?」

「いや、なんも」

 するとばあちゃんは少しうれしそうに笑った。

「それなら明日、昼から一緒に着いてこない?」

「どこに?」

 ばあちゃんは言った。

「商売繁盛の行事があるじゃない」

 あ、あれか。

 毎年着いて行ってる、神社の催事だ。確か熊手を買うんだっけ。

「いいよ。じゃあ、学校終わって着替えてくるよ」

「待ってる」

 そういや屋台も出るんだよなあ。なんかうまいもんあるといいな。



 午前中は小雨が降っていたが、午後にもなればやんで分厚い雲の隙間から日が差し込み始めた。

 じいちゃんが運転する車の後部座席に座り、流れる景色をぼんやりと眺める。

 古い建物の病院や使われているのか分からない郵便ポスト、半壊状態といってもいいのではないかと思うほどのあばら家に手作り感満載の看板。

 田畑の広がる土地には、そういうものばかりが点在している。

 なんともさみし気というか、むなしいような雰囲気があるのだが、嫌いじゃない。ひとけのない、風だけが音を立てる景色。

 そんな景色を通り抜ければ、徐々に町が現れ始める。

 ここらになるとちょっとした観光地のようなもので、老舗料亭や古い酒蔵、土産物の店など均整の取れた区画が整備されている。

 しかしそこから一本裏道に入れば、セピア色の似合う景色が広がっている。

 日差しがあるとはいえ雨上がりということもあって、さみしさが増していた。狭い路地に古い店舗が並び、俺が小さいころはまだ営業していた総菜店も今はシャッターが固く閉ざされ、色褪せたトルソーがちらりと見える洋品店もあった。

 そしてこの催事の時には駐車場を提供していたスーパーもずいぶん前に閉店し、外階段はひどくさびて、店内には役目を終えた陳列棚が無秩序に置かれている。その駐車場に車を停め、じいちゃんは「到着」とつぶやいた。

「さっぶ」

 車から降りれば、外の冷たさが身に染みる。

 神社の敷地はさほど広くはない。しかしとても心地よい風が吹く場所だった。

 境内ではお手伝いの人たちがそろいの紺の法被を着て、ドラム缶で火を焚いて暖をとっていた。立ち並ぶ屋台、熊手やお守りを売っているところ。平時とは明らかに違うであろう光景だ。

 お参りをして、じいちゃんとばあちゃんが熊手を買っている間、色々と考えを巡らせる。

 境内の外にも屋台があったなあ、たい焼きとたこ焼きだったか。昼飯まだ食ってねえし。子どもの頃にはイカ焼きを買ってもらったっけ。

「あれ?」

 薪が燃える音と風の音の合間に、よく通る声が聞こえてきた。

「春都じゃん」

「……勇樹か」

 鳥居をくぐってやってきたのは勇樹だった。

「まさか会うとはなあ。一人? それとも誰かと来た?」

「じいちゃんとばあちゃんが一緒。熊手買うのに並んでるから、待ってる」

「あー、あの辺通り道狭いもんな」

 しかし勇樹と会うとは。そう思って勇樹を見ると、口を開く前に勇樹が笑って言った。

「俺んち、近くなんだよな」

「あ、そーなん」

「そ。だから毎年来てんの。春都は?」

「俺も毎年着いてきてる」

「じゃあ、知らないうちにすれ違ってたかもな」

 じいちゃんとばあちゃんはまだ来ない。たいていの人たちが熊手とか宝船とか買ってくからなあ。人が多いんだろう。

 にしても腹減った。

「なに。なんか元気ないじゃん」

 勇樹に言われ、白い息を吐きだしながら答える。

「腹減った」

「昼飯まだなん?」

「んー。何食おうかなーって。屋台でなんか買うかな。たこ焼きとか」

「ああ、それなら」

 勇樹は境内の外を指して言った。

「あっちの屋台のがうまいぞ。毎年出てるし、五百円で結構な数入ってる」

「お、まじ?」

 屋台で食い物を買うというのはコンビニとかスーパーで買うのに比べて当たりはずれの差がある気がする。だからこそ、こうやって教えてもらえるのはありがたい。

 勇樹とはそれから一言二言話して別れた。

 ちょうど勇樹が立ち去ってから、じいちゃんとばあちゃんが来た。手には白いビニール袋に入った熊手があった。



「私たちはもう食べてきてるから、春都の分だけ買おうか」

「え、いいよ。自分で出す」

「いいのいいの」

 その素早さはいったいどこから来るのだろうか。ばあちゃんはそそくさと屋台に向かうと、一パックだけたこ焼きを買ってきてくれた。

「はい」

「……ありがとう」

「外は寒いし、帰りながら食えばいい」

 後部座席に乗り込み、エンジンがかかるとともにパックを開いた。

「いただきます」

 透明のパックの中には小ぶりのたこ焼きが十五個入っていた。

 熱々だ。長めの竹串二本で持ち上げ、少し冷まして食べる。青のりの香りとかつお節の風味が強い。

 ぷわんとした生地が口の中でとろけるようだ。キャベツや紅しょうがは少なめで、たこも小さいがおいしい。

 うま味がジュワッと染み出す。出汁はしっかり効いているようだ。

「どう?」

「おいしい」

「そりゃよかった」

 寒い中で食うからってのもあるだろう。寒さは、温かいものをさらにおいしくしてくれる。

 まあ、暖かい中で食ってもうまいもんはうまいんだけどな。

「あつっ」

「火傷しないように食べなさい」

 ばあちゃんがそう言って笑う。

 たっぷりかかったソースをしっかり絡めて食べる。ちょっと冷めたのはほろっと崩れるようで、また違ったおいしさがあるというものだ。

 たくさんあると思ったたこ焼きだが、あっという間に食べきってしまう。

 おいしかったな。



「ごちそうさまでした」
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