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日常
第二百二十四話 ジャーマンポテト
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家に誰かいると思いながら、一人で散歩をするのもいい。
たまにはうめずのペースに振り回されずに歩くのもいいものだ。というか、今日はうめずも家でゆっくりしていたかったらしい。俺が出掛ける準備をしても全くそわそわしていなかった。
「昼ごはん準備して待ってるね」
母さんのその言葉に心躍らせながら歩く町は、曇天でもすがすがしく見えた。
冬の曇天はなんとなく気持ちが沈む、というか体に重くのしかかってくるようだが、時と場合によっては気持ちよく思えるものだ。
要は自分次第、というわけなんだなあ。
小学校の裏を通る。裏門も表門も人通りに大差はないが、表門の方は現役で使ってあることもあって桜の木がたくさん植えられている。一方で裏門の方は二、三本しか植わっていない。
しかしここは穴場だ。手入れはされているらしいがあまり剪定されていない桜の木の枝はこれでもかと伸び、手に触れられる位置にある。花が咲けばたいそうきれいで、桜吹雪が美しいのだ。
「まあ、まだ気の早い話か」
そっと枝に触れる。
先の方はすぐにでも折れてしまいそうだ。茶色く、かたく、本当に花など咲くのだろうかと思うが、時期が来れば、ちゃんと咲く。
不思議なものだよなあ。いつもながらにそう思う。
これまたひとけのない住宅街を歩き、堅牢で冷ややかな印象の団地を横目に大通りに出る。車の往来はそこまで多くない。
少し遠回りをしようと右に行く。
「雑草すげえ」
歩道は少し高くなっているのだが、道路と歩道の間、その隙間や側溝から名も知らぬ雑草がぼうぼうと生えている。あ、これは知ってる。猫じゃらし。エノコログサだったか。
これの先っぽだけちぎり、軽く握って指を震わせるように動かせば、それが生き物のように動く。上から出てきたり、下から出てきたり。本当に何かしらの生き物を手に握っているような気すらしてくる。なんか愛着沸く。
ひとしきり遊んだら草むらに投げ入れる。持って帰られるよりこいつも気分がいいだろう。いや、ちぎられた時点でもう気分は悪いだろうか。
笹舟とか花冠を器用に作ってるやつもいたなあ。
俺は手が緑色になって雑草臭くなるだけで作れなかったけど。花冠って、あれ、どういう仕組みになってんだろう。
もっぱら俺は図鑑で花や草の名前を調べていた。知っていることが一つ増えるたび、誇らしい気持ちになったものだ。
このまままっすぐ帰ろうかとも思ったがちょっと遠回りをしていこう。
遠回りといっても大したことではない。田畑の広がる道を行き、折り返すだけだ。たまに散歩中の犬と飼い主とすれ違うこともある。柴犬率が高い。
「思ったより寒くないな」
突き刺さるような寒風が来ると想像していたのだがそうでもない。ちゃんと季節はめぐっているのだなあと思う。
でも来週は雪が降るとか。こないだも降るっていって、結局降らなかったんだけどな。
帰り道の途中には公園がある。小学生の頃はここで持久走大会があっていたし、中学が近くにあるから、体育の授業やスケッチ大会なんかでしょっちゅう使っていた。
最近は寄り付いてないなあ。でも、これ以上歩くのはちょっとしんどいし、日曜の昼近くとあってか利用者も多い。また今度にしよう。
さて、今日の昼飯は何だろうか。
ずいぶんジャガイモがあることだし、やっぱジャガイモ使った料理かな。グラタン、フライドポテト、ジャガバター、マッシュポテト、ハッシュドポテト。イモは何気に、いろんな料理に化ける。
「腹減ったなあ……」
さて、それじゃ、とっとと帰ろうか。
「ただいまー」
「おかえり」
外がそこまで寒く無かったとはいえ、暖かい室内は心地いい。
「結構歩いたねー」
台所で料理をしていた母さんがそう言って笑った。
「そうかな」
「一時間ぐらい」
ありゃ、そんなに。
「外は寒くなかったか?」
こたつでパソコンをしていた父さんが聞いてくる。
「うん、あんまり」
「そうか」
「廊下の方が寒い」
「はは、それは分かるなあ」
うめずは窓際で外を眺めていたが、パタパタとしっぽを振りながら俺に近づいてきた。
「わふっ」
「おー、ただいま」
「そろそろご飯できるよー。春都、テーブル準備して」
「はーい」
さて、今日の飯は何だ。
「これは……」
ジャガイモとベーコン、玉ねぎを塩コショウで炒めた……なんか名前があったはずだ。
「なんだっけ」
「ジャーマンポテト」
そう、それだ。
「いただきます」
薄切りのジャガイモはほろほろしていてちょっとつまみづらい。
ほろ、ほくっとした食感に、濃い目の塩コショウがよく合う。ジャガイモ自体のうま味もあっておいしい。
ベーコンの塩気もいい。ウインナーも好きだけど、ベーコンの脂身と香ばしさも好きだ。
玉ねぎはほのかに甘い。
材料はコロッケと同じようなものなのに、味わいは全然違う。ジャーマンポテトはイモ感がすごい気がする。たぶん、ソースとか合うだろうなあ。
「何かあった?」
夢中で食べていると、母さんがそう聞いてきた。
「何が?」
「散歩。何か見つけたかなーと」
「ああ……」
味に集中しながら記憶をたどる。
「桜のつぼみ、見つけた」
「あら、そう」
「まだかたそうだったけど、ちゃんとあったよ」
パンパンに膨れてるってわけではなかったけど、つぼみはしっかり枝についていた。冷え込む日はあるけど、ちゃんと春が来ている証拠だ。
春は春でうまいもんがあるんだよな。楽しみだなあ。
「ごちそうさまでした」
たまにはうめずのペースに振り回されずに歩くのもいいものだ。というか、今日はうめずも家でゆっくりしていたかったらしい。俺が出掛ける準備をしても全くそわそわしていなかった。
「昼ごはん準備して待ってるね」
母さんのその言葉に心躍らせながら歩く町は、曇天でもすがすがしく見えた。
冬の曇天はなんとなく気持ちが沈む、というか体に重くのしかかってくるようだが、時と場合によっては気持ちよく思えるものだ。
要は自分次第、というわけなんだなあ。
小学校の裏を通る。裏門も表門も人通りに大差はないが、表門の方は現役で使ってあることもあって桜の木がたくさん植えられている。一方で裏門の方は二、三本しか植わっていない。
しかしここは穴場だ。手入れはされているらしいがあまり剪定されていない桜の木の枝はこれでもかと伸び、手に触れられる位置にある。花が咲けばたいそうきれいで、桜吹雪が美しいのだ。
「まあ、まだ気の早い話か」
そっと枝に触れる。
先の方はすぐにでも折れてしまいそうだ。茶色く、かたく、本当に花など咲くのだろうかと思うが、時期が来れば、ちゃんと咲く。
不思議なものだよなあ。いつもながらにそう思う。
これまたひとけのない住宅街を歩き、堅牢で冷ややかな印象の団地を横目に大通りに出る。車の往来はそこまで多くない。
少し遠回りをしようと右に行く。
「雑草すげえ」
歩道は少し高くなっているのだが、道路と歩道の間、その隙間や側溝から名も知らぬ雑草がぼうぼうと生えている。あ、これは知ってる。猫じゃらし。エノコログサだったか。
これの先っぽだけちぎり、軽く握って指を震わせるように動かせば、それが生き物のように動く。上から出てきたり、下から出てきたり。本当に何かしらの生き物を手に握っているような気すらしてくる。なんか愛着沸く。
ひとしきり遊んだら草むらに投げ入れる。持って帰られるよりこいつも気分がいいだろう。いや、ちぎられた時点でもう気分は悪いだろうか。
笹舟とか花冠を器用に作ってるやつもいたなあ。
俺は手が緑色になって雑草臭くなるだけで作れなかったけど。花冠って、あれ、どういう仕組みになってんだろう。
もっぱら俺は図鑑で花や草の名前を調べていた。知っていることが一つ増えるたび、誇らしい気持ちになったものだ。
このまままっすぐ帰ろうかとも思ったがちょっと遠回りをしていこう。
遠回りといっても大したことではない。田畑の広がる道を行き、折り返すだけだ。たまに散歩中の犬と飼い主とすれ違うこともある。柴犬率が高い。
「思ったより寒くないな」
突き刺さるような寒風が来ると想像していたのだがそうでもない。ちゃんと季節はめぐっているのだなあと思う。
でも来週は雪が降るとか。こないだも降るっていって、結局降らなかったんだけどな。
帰り道の途中には公園がある。小学生の頃はここで持久走大会があっていたし、中学が近くにあるから、体育の授業やスケッチ大会なんかでしょっちゅう使っていた。
最近は寄り付いてないなあ。でも、これ以上歩くのはちょっとしんどいし、日曜の昼近くとあってか利用者も多い。また今度にしよう。
さて、今日の昼飯は何だろうか。
ずいぶんジャガイモがあることだし、やっぱジャガイモ使った料理かな。グラタン、フライドポテト、ジャガバター、マッシュポテト、ハッシュドポテト。イモは何気に、いろんな料理に化ける。
「腹減ったなあ……」
さて、それじゃ、とっとと帰ろうか。
「ただいまー」
「おかえり」
外がそこまで寒く無かったとはいえ、暖かい室内は心地いい。
「結構歩いたねー」
台所で料理をしていた母さんがそう言って笑った。
「そうかな」
「一時間ぐらい」
ありゃ、そんなに。
「外は寒くなかったか?」
こたつでパソコンをしていた父さんが聞いてくる。
「うん、あんまり」
「そうか」
「廊下の方が寒い」
「はは、それは分かるなあ」
うめずは窓際で外を眺めていたが、パタパタとしっぽを振りながら俺に近づいてきた。
「わふっ」
「おー、ただいま」
「そろそろご飯できるよー。春都、テーブル準備して」
「はーい」
さて、今日の飯は何だ。
「これは……」
ジャガイモとベーコン、玉ねぎを塩コショウで炒めた……なんか名前があったはずだ。
「なんだっけ」
「ジャーマンポテト」
そう、それだ。
「いただきます」
薄切りのジャガイモはほろほろしていてちょっとつまみづらい。
ほろ、ほくっとした食感に、濃い目の塩コショウがよく合う。ジャガイモ自体のうま味もあっておいしい。
ベーコンの塩気もいい。ウインナーも好きだけど、ベーコンの脂身と香ばしさも好きだ。
玉ねぎはほのかに甘い。
材料はコロッケと同じようなものなのに、味わいは全然違う。ジャーマンポテトはイモ感がすごい気がする。たぶん、ソースとか合うだろうなあ。
「何かあった?」
夢中で食べていると、母さんがそう聞いてきた。
「何が?」
「散歩。何か見つけたかなーと」
「ああ……」
味に集中しながら記憶をたどる。
「桜のつぼみ、見つけた」
「あら、そう」
「まだかたそうだったけど、ちゃんとあったよ」
パンパンに膨れてるってわけではなかったけど、つぼみはしっかり枝についていた。冷え込む日はあるけど、ちゃんと春が来ている証拠だ。
春は春でうまいもんがあるんだよな。楽しみだなあ。
「ごちそうさまでした」
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