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日常
第二百三十二話 クリームコロッケ
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「あ」
食堂に入ってすぐ、咲良が誰かを見つけたようだった。
「あれ、石上先生じゃね?」
「ん? あ、ほんとだ。珍しい」
窓際の目立たないところ、すみっこに座っていたのは石上先生だった。この時間にいるっていうのは珍しい気がする。
先生たちが食堂で飯を食っていると、その周辺だけなんとなく人が少なくなっている。近寄りがたい、という気持ちは分からないでもない。しかしそこにいる先生がよく知っている先生なら座ることができ、むしろ誰も寄り付かない特等席ともいえる。
まあ、生徒人気の高い先生となると人だかりができるのだが。少なくとも石上先生にはその心配はない。
「こんにちはー」
人懐っこい笑みを浮かべて咲良が近づく。石上先生は顔を上げて「おお」と言った。
「君たちか」
「今日は昼飯、遅いんすね」
「まあな。いろいろあるんだ」
先生は牛丼を頼んでいたようだった。
「牛丼いいっすねー。ま、俺はかつ丼にしますけど」
今日のみそ汁は何かなー、と言いながら咲良は食券の列に並んだ。俺は弁当持参なのでそのまま、先生の斜め向かいの席に着く。
「一条君は弁当か」
「はい。いつも咲良に付き合わされています」
「大変だなあ、君も」
「なんか慣れちゃいました」
石上先生は牛丼に紅しょうがをのせる。結構な量だが、気持ちは分からないでもない。
「なー聞いて。おばちゃんがカツ、ちょっとおまけしてくれたー」
そう嬉しそうに言いながら、咲良が席に戻ってきた。咲良は俺の向かい、先生の隣に座る。さて、それじゃあ俺も弁当を開けよう。
「切れ端が余ったからあげるって。ラッキー」
「よかったな」
今日はささみチーズカツとほうれん草のおかか和え、赤いたこさんウインナーと卵焼きだ。ご飯には卵のふりかけがかかっている。
「いただきます」
ささみの淡白な味にはチーズがよく合う。匂いが強め、ということはないのだが、チーズのうま味はしっかり分かる。
「先生、いつもはパンだけとかでしょ? たまに見ますよ。移動教室の途中とかで、二、三時間目の合間とか」
カツをハフハフとほおばりながら咲良が聞く。ほうれん草のおかか和えは結構好きなメニューだ。冷えたのがうまい。ほうれん草の青さとかつお節の香ばしさがなんとも言えないうま味を染み出す。
「見られていたのか。いつの間に」
「たまにっすけど」
「まあ、できるだけ人が少ない時間帯に来るな」
と、咲良主導で話をしていたら「おや」と頭上から声が降ってきた。
「珍しい組み合わせだな」
声の主は漆原先生だった。
「漆原先生も食堂来ることあるんすね」
「たまにはなあ」
漆原先生は石上先生の向かいの席に座った。こうして、大人二人生徒二人というなんとも珍しい構図ができたわけだが、空腹を満たしに来た他の生徒たちは目もくれない。
「先生は何を頼んで……」
漆原先生はうどんを頼んでいたようだった。かけうどん一杯。
「えっ、少なっ」
「足りるんですか?」
純粋に疑問に思って聞けば、漆原先生は平然と微笑んだ。
「十分だ」
「えー、大盛りでご飯もセットにした方がいいっすよ」
「こいつ、昔からこんなだぞ」
そう言うのは石上先生だ。
「妙に省エネなんだ。口は回るくせに」
「一言余計だ。それを言うならお前は、大食らいの大酒飲みだろう。口数は少ないくせに」
はたから見ればヒヤッとするような言葉のやり取りだが、二人は気に留める様子もない。まあ、表情を見れば悪意はないというのがよく分かる。
「石上先生大食いなんすか。酒も?」
「まあ、そうかなあ。自分じゃよく分からん」
「じゃあテレビとかで見る大食いメニューとか完食できるんすか?」
「それはどうだろうな……」
咲良の問いに、石上先生は苦笑し、漆原先生はくっくっと肩を震わせて笑った。
「ああいう大食いメニューってちょっとあこがれるんですよねー」
「量にもよるな。内容も大事だ」
「揚げ物とかどうです?」
「揚げ物か……後がきついだろうな……」
山盛りの揚げ物って、やっぱ魅力的だよなあ。
つーか揚げ物自体がいいんだよ。揚げている音から元気が出る。今日の晩飯、何かなあ。
話している声が聞こえないぐらい激しい、油のはねる音。揚げる方からしてみればなんとも手間で、後片付けも大変なんだけど、いいんだよ、あの音。
今日のご飯は揚げ物だった。なんと嬉しい。しかも手作りのクリームコロッケと来たもんだ。
ホワイトソースにマカロニ、ニンジン、玉ねぎといういわゆるグラタンの中身を揚げたものだ。おいしいんだよな、これ。自分じゃまず作んないけど。
「いただきます」
こんがりと色づいた衣、重みがあるようでない、箸を入れた触感、立ち上る熱々の湯気、とろりとした中身。うまいに決まってる。
やけどしないように冷まして食べる。
まったりとした牛乳のコクにマカロニの食感、小麦の風味、たまらん。ここにパン粉の香ばしさが加わればもう、口の中が幸せでいっぱいだ。
ニンジンのほのかな風味、玉ねぎの甘味もまたいい仕事をしている。
「タルタルつける?」
「つける」
「はい」
母さんからタルタルソースを受け取り、コロッケにたっぷりかける。
ソースが冷えている分、ちょっと食べやすくなる。コロッケがまろやかなのでタルタルの酸味が際立つようだ。これはこれでうまい。
少し時間が経ったクリームコロッケはほんのりとした温かさなので、ガブッと食いつくことができる。口の中で一気に広がるまろやかさがたまらない。マカロニの食感と、ホワイトソースの風味がものすごくおいしい。少し醤油をかければ和風っぽくなって、また違ったおいしさを楽しむことができる。
これをご飯で追いかける。ああ、ご飯が進むことこの上ない。弁当に入ってるのもいいんだけど、やっぱ熱々っておいしいよな。
うちで作った揚げものなら、いくらでも食べられる気がする。
決して大食いではない俺だが、うちの飯で大食いチャレンジするとなったら、誰にも負ける気はしないなあ。
「ごちそうさまでした」
食堂に入ってすぐ、咲良が誰かを見つけたようだった。
「あれ、石上先生じゃね?」
「ん? あ、ほんとだ。珍しい」
窓際の目立たないところ、すみっこに座っていたのは石上先生だった。この時間にいるっていうのは珍しい気がする。
先生たちが食堂で飯を食っていると、その周辺だけなんとなく人が少なくなっている。近寄りがたい、という気持ちは分からないでもない。しかしそこにいる先生がよく知っている先生なら座ることができ、むしろ誰も寄り付かない特等席ともいえる。
まあ、生徒人気の高い先生となると人だかりができるのだが。少なくとも石上先生にはその心配はない。
「こんにちはー」
人懐っこい笑みを浮かべて咲良が近づく。石上先生は顔を上げて「おお」と言った。
「君たちか」
「今日は昼飯、遅いんすね」
「まあな。いろいろあるんだ」
先生は牛丼を頼んでいたようだった。
「牛丼いいっすねー。ま、俺はかつ丼にしますけど」
今日のみそ汁は何かなー、と言いながら咲良は食券の列に並んだ。俺は弁当持参なのでそのまま、先生の斜め向かいの席に着く。
「一条君は弁当か」
「はい。いつも咲良に付き合わされています」
「大変だなあ、君も」
「なんか慣れちゃいました」
石上先生は牛丼に紅しょうがをのせる。結構な量だが、気持ちは分からないでもない。
「なー聞いて。おばちゃんがカツ、ちょっとおまけしてくれたー」
そう嬉しそうに言いながら、咲良が席に戻ってきた。咲良は俺の向かい、先生の隣に座る。さて、それじゃあ俺も弁当を開けよう。
「切れ端が余ったからあげるって。ラッキー」
「よかったな」
今日はささみチーズカツとほうれん草のおかか和え、赤いたこさんウインナーと卵焼きだ。ご飯には卵のふりかけがかかっている。
「いただきます」
ささみの淡白な味にはチーズがよく合う。匂いが強め、ということはないのだが、チーズのうま味はしっかり分かる。
「先生、いつもはパンだけとかでしょ? たまに見ますよ。移動教室の途中とかで、二、三時間目の合間とか」
カツをハフハフとほおばりながら咲良が聞く。ほうれん草のおかか和えは結構好きなメニューだ。冷えたのがうまい。ほうれん草の青さとかつお節の香ばしさがなんとも言えないうま味を染み出す。
「見られていたのか。いつの間に」
「たまにっすけど」
「まあ、できるだけ人が少ない時間帯に来るな」
と、咲良主導で話をしていたら「おや」と頭上から声が降ってきた。
「珍しい組み合わせだな」
声の主は漆原先生だった。
「漆原先生も食堂来ることあるんすね」
「たまにはなあ」
漆原先生は石上先生の向かいの席に座った。こうして、大人二人生徒二人というなんとも珍しい構図ができたわけだが、空腹を満たしに来た他の生徒たちは目もくれない。
「先生は何を頼んで……」
漆原先生はうどんを頼んでいたようだった。かけうどん一杯。
「えっ、少なっ」
「足りるんですか?」
純粋に疑問に思って聞けば、漆原先生は平然と微笑んだ。
「十分だ」
「えー、大盛りでご飯もセットにした方がいいっすよ」
「こいつ、昔からこんなだぞ」
そう言うのは石上先生だ。
「妙に省エネなんだ。口は回るくせに」
「一言余計だ。それを言うならお前は、大食らいの大酒飲みだろう。口数は少ないくせに」
はたから見ればヒヤッとするような言葉のやり取りだが、二人は気に留める様子もない。まあ、表情を見れば悪意はないというのがよく分かる。
「石上先生大食いなんすか。酒も?」
「まあ、そうかなあ。自分じゃよく分からん」
「じゃあテレビとかで見る大食いメニューとか完食できるんすか?」
「それはどうだろうな……」
咲良の問いに、石上先生は苦笑し、漆原先生はくっくっと肩を震わせて笑った。
「ああいう大食いメニューってちょっとあこがれるんですよねー」
「量にもよるな。内容も大事だ」
「揚げ物とかどうです?」
「揚げ物か……後がきついだろうな……」
山盛りの揚げ物って、やっぱ魅力的だよなあ。
つーか揚げ物自体がいいんだよ。揚げている音から元気が出る。今日の晩飯、何かなあ。
話している声が聞こえないぐらい激しい、油のはねる音。揚げる方からしてみればなんとも手間で、後片付けも大変なんだけど、いいんだよ、あの音。
今日のご飯は揚げ物だった。なんと嬉しい。しかも手作りのクリームコロッケと来たもんだ。
ホワイトソースにマカロニ、ニンジン、玉ねぎといういわゆるグラタンの中身を揚げたものだ。おいしいんだよな、これ。自分じゃまず作んないけど。
「いただきます」
こんがりと色づいた衣、重みがあるようでない、箸を入れた触感、立ち上る熱々の湯気、とろりとした中身。うまいに決まってる。
やけどしないように冷まして食べる。
まったりとした牛乳のコクにマカロニの食感、小麦の風味、たまらん。ここにパン粉の香ばしさが加わればもう、口の中が幸せでいっぱいだ。
ニンジンのほのかな風味、玉ねぎの甘味もまたいい仕事をしている。
「タルタルつける?」
「つける」
「はい」
母さんからタルタルソースを受け取り、コロッケにたっぷりかける。
ソースが冷えている分、ちょっと食べやすくなる。コロッケがまろやかなのでタルタルの酸味が際立つようだ。これはこれでうまい。
少し時間が経ったクリームコロッケはほんのりとした温かさなので、ガブッと食いつくことができる。口の中で一気に広がるまろやかさがたまらない。マカロニの食感と、ホワイトソースの風味がものすごくおいしい。少し醤油をかければ和風っぽくなって、また違ったおいしさを楽しむことができる。
これをご飯で追いかける。ああ、ご飯が進むことこの上ない。弁当に入ってるのもいいんだけど、やっぱ熱々っておいしいよな。
うちで作った揚げものなら、いくらでも食べられる気がする。
決して大食いではない俺だが、うちの飯で大食いチャレンジするとなったら、誰にも負ける気はしないなあ。
「ごちそうさまでした」
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