243 / 893
日常
第二百三十九話 つくしの卵とじ
しおりを挟む
今日はなんだか調子が出ない日だ。
まあ、休みでよかった。借りた漫画もあるし、じっくり読むとしようか。
「ん~……」
ベッドに横になり、ぺらぺらとページをめくる。
「……だめだ」
どうも今日は集中力のない日のようである。
調子が出ない日にもいろいろあって、ただただぐうたらしてしまう日とか、寝こけてしまう日とか、ひたすら本を読みまくる日とかある。
今日は本を読んでも内容が入ってこない。こういうときは無理して読まないに限る。
紙袋に本を戻し、居間に行く。父さんはこたつでパソコンをしていて、その傍らでうめずが尻尾を振り、台所には母さんが立っていた。
なんとなく頭がぼーっとする。とりあえず水分でも取っておこうと、オレンジのパックジュースを持って来てテーブルにつく。
こういうパックジュースにストローを刺すのはなんとなくワクワクする。
百パーセント果汁で酸味が強いが爽やかな甘みもある。
「本は読んだの?」
母さんが台所の掃除をしながらこちらに声をかけてくる。
「いや、今日は……」
「読む気にならない?」
「んー」
「まあ、そういう日もあるよね」
最後の方をすするときはずぞぞぞーっと結構豪快な音がする。
「元気はある?」
「まあ、ある」
「じゃあ手伝って」
「何を」
「ちょっと待ってねー」
片づけを終え、母さんが持ってきたのは新聞紙だった。中に何か包んでいるのかふっくらしている。
「はかま、一緒に取ってくれる?」
新聞紙に包まれていたのはつくしだった。
「あー、つくしね」
「夜、卵とじにしようと思って。食べてくれる?」
「食べる食べる」
小さい頃は見た目と味が苦手だったけど、食べられるようになったんだよなあ。
ちまちま、ちまちまとはかまを取っていく。こういう単純作業は何も考えなくていいから、頭がぼーっとしているときにちょうどいい。
つくしってよく見ればすごい形してるよなあ。漢字で書いたら土筆、だったか。土の筆、確かに筆の形に見えなくもない。先っぽをよく見るとちょっとぞわっとする。この細かい造形、自然にできてんのすげえなあ。
「楽しい?」
「……んー、なんか無心」
「そういう時間が必要なのよ」
テレビの音も聞こえない。聞こえてくるのは手元の作業音と父さんのタイピング音、うめずの呼吸音ぐらいか。
のどかだなあ。こんなふうな時間を過ごせるのは贅沢だよなあ。
「はい、ありがとう」
すっかりはかまがとれたつくしの山を母さんは台所に持っていく。なんか手が青臭い。手ぇ洗うか。
「これから何すんの」
「あく抜き」
「ふーん……」
なんとなく気になるのでそのまま作業をのぞき込む。
お湯を沸かして重曹を溶かし、つくしを入れて煮ていく。
「つくしだけじゃ足りないもんね。他に何か食べたいものある?」
「うーん……」
「鶏? 豚? それとも魚とか?」
「焼き魚食べたい」
「じゃあ鮭を焼こうか。冷凍があるはず」
それとみそ汁でいいかな、と母さんは鍋を軽くかきまぜた。
煮たらお湯を捨て、水にさらす。しばらくさらしたらギュッと水気を絞って、あく抜きは終わりらしい。皿に移して冷蔵庫に入れた。
「みそ汁の具はなめこでいいかな?」
「いいよー」
「じゃあ晩ご飯はそれでいいね。決まり」
母さんは冷蔵庫の扉を閉じ、時計を確認した。
「うん、もうちょっとして作ろう。それまでいったん休憩」
「なんか飲む?」
「うーん、紅茶あったよね。それ飲みたいなあ」
「分かった」
電気ケトルにペットボトルの水を入れ、スイッチを入れる。
ふと床が温かいことに気が付いて、外に視線を向けた。すっかり春、とまではいかないが、ずいぶん日差しに力が満ちてきたように思う。
つくしも食べられるし、確かに春は近づいているのだなあ。ぼんやりそう思うと、少し心が浮き立った。
じゅうじゅうパチパチと魚の脂がはじける音、ほんの少し焦げたような味噌の香り、甘辛い湯気。なんだか朝ご飯のようでもあり、確かに夜ご飯の雰囲気でもあるこの感じが好きだなあ。
「お、つくしだ」
テーブルに並んだ皿を見て父さんが嬉しそうに言った。
「もうそんな季節なんだな」
「そう。春都が手伝ってくれたの」
「お、いいじゃないか」
「はかま取っただけだよ……」
季節のものがテーブルに並んでいるのは確かにうれしい。
「いただきます」
まずは鮭から食べようかな。
ほくっと身をほぐし、口に含む。程よい塩気と鮭のうま味がふわっと広がる。これはやっぱりご飯が合うなあ。皮目もちょっと焦げを落として食べる。マヨネーズをつけて食うのが好きだ。
で、つくし。
噛みしめればはっきりと現れる苦み。一瞬「むっ」となるが食べ進めていけば甘辛いジュワッとした味付けと卵のまろやかさがにじみだしてきて、おいしいと思えるようになる。
大量に食えるものではないが、いいご飯のおかずだ。
なめこのみそ汁はほんのりトロッとしている。プチプチとした食感のなめこと刻まれたシャキトロッとしたネギの風味がおいしい。
「つくし、うまいなあ」
「ほんと。やっぱり季節のものっていいね」
もう一口、つくしを食べてみる。
今度は卵を多めに。うん、俺はこれぐらいのバランスが好きだなあ。ご飯にのっけて食べると、少し冷めたつくしの風味がふうわりと程よく香る。
そういやばあちゃんもよく作ってくれるよなあ、この時期。
しゃき、じゃきとした食感と苦みを味わいながら思う。おいしいと思えるものが増えるって、幸せだなあ。
「ごちそうさまでした」
まあ、休みでよかった。借りた漫画もあるし、じっくり読むとしようか。
「ん~……」
ベッドに横になり、ぺらぺらとページをめくる。
「……だめだ」
どうも今日は集中力のない日のようである。
調子が出ない日にもいろいろあって、ただただぐうたらしてしまう日とか、寝こけてしまう日とか、ひたすら本を読みまくる日とかある。
今日は本を読んでも内容が入ってこない。こういうときは無理して読まないに限る。
紙袋に本を戻し、居間に行く。父さんはこたつでパソコンをしていて、その傍らでうめずが尻尾を振り、台所には母さんが立っていた。
なんとなく頭がぼーっとする。とりあえず水分でも取っておこうと、オレンジのパックジュースを持って来てテーブルにつく。
こういうパックジュースにストローを刺すのはなんとなくワクワクする。
百パーセント果汁で酸味が強いが爽やかな甘みもある。
「本は読んだの?」
母さんが台所の掃除をしながらこちらに声をかけてくる。
「いや、今日は……」
「読む気にならない?」
「んー」
「まあ、そういう日もあるよね」
最後の方をすするときはずぞぞぞーっと結構豪快な音がする。
「元気はある?」
「まあ、ある」
「じゃあ手伝って」
「何を」
「ちょっと待ってねー」
片づけを終え、母さんが持ってきたのは新聞紙だった。中に何か包んでいるのかふっくらしている。
「はかま、一緒に取ってくれる?」
新聞紙に包まれていたのはつくしだった。
「あー、つくしね」
「夜、卵とじにしようと思って。食べてくれる?」
「食べる食べる」
小さい頃は見た目と味が苦手だったけど、食べられるようになったんだよなあ。
ちまちま、ちまちまとはかまを取っていく。こういう単純作業は何も考えなくていいから、頭がぼーっとしているときにちょうどいい。
つくしってよく見ればすごい形してるよなあ。漢字で書いたら土筆、だったか。土の筆、確かに筆の形に見えなくもない。先っぽをよく見るとちょっとぞわっとする。この細かい造形、自然にできてんのすげえなあ。
「楽しい?」
「……んー、なんか無心」
「そういう時間が必要なのよ」
テレビの音も聞こえない。聞こえてくるのは手元の作業音と父さんのタイピング音、うめずの呼吸音ぐらいか。
のどかだなあ。こんなふうな時間を過ごせるのは贅沢だよなあ。
「はい、ありがとう」
すっかりはかまがとれたつくしの山を母さんは台所に持っていく。なんか手が青臭い。手ぇ洗うか。
「これから何すんの」
「あく抜き」
「ふーん……」
なんとなく気になるのでそのまま作業をのぞき込む。
お湯を沸かして重曹を溶かし、つくしを入れて煮ていく。
「つくしだけじゃ足りないもんね。他に何か食べたいものある?」
「うーん……」
「鶏? 豚? それとも魚とか?」
「焼き魚食べたい」
「じゃあ鮭を焼こうか。冷凍があるはず」
それとみそ汁でいいかな、と母さんは鍋を軽くかきまぜた。
煮たらお湯を捨て、水にさらす。しばらくさらしたらギュッと水気を絞って、あく抜きは終わりらしい。皿に移して冷蔵庫に入れた。
「みそ汁の具はなめこでいいかな?」
「いいよー」
「じゃあ晩ご飯はそれでいいね。決まり」
母さんは冷蔵庫の扉を閉じ、時計を確認した。
「うん、もうちょっとして作ろう。それまでいったん休憩」
「なんか飲む?」
「うーん、紅茶あったよね。それ飲みたいなあ」
「分かった」
電気ケトルにペットボトルの水を入れ、スイッチを入れる。
ふと床が温かいことに気が付いて、外に視線を向けた。すっかり春、とまではいかないが、ずいぶん日差しに力が満ちてきたように思う。
つくしも食べられるし、確かに春は近づいているのだなあ。ぼんやりそう思うと、少し心が浮き立った。
じゅうじゅうパチパチと魚の脂がはじける音、ほんの少し焦げたような味噌の香り、甘辛い湯気。なんだか朝ご飯のようでもあり、確かに夜ご飯の雰囲気でもあるこの感じが好きだなあ。
「お、つくしだ」
テーブルに並んだ皿を見て父さんが嬉しそうに言った。
「もうそんな季節なんだな」
「そう。春都が手伝ってくれたの」
「お、いいじゃないか」
「はかま取っただけだよ……」
季節のものがテーブルに並んでいるのは確かにうれしい。
「いただきます」
まずは鮭から食べようかな。
ほくっと身をほぐし、口に含む。程よい塩気と鮭のうま味がふわっと広がる。これはやっぱりご飯が合うなあ。皮目もちょっと焦げを落として食べる。マヨネーズをつけて食うのが好きだ。
で、つくし。
噛みしめればはっきりと現れる苦み。一瞬「むっ」となるが食べ進めていけば甘辛いジュワッとした味付けと卵のまろやかさがにじみだしてきて、おいしいと思えるようになる。
大量に食えるものではないが、いいご飯のおかずだ。
なめこのみそ汁はほんのりトロッとしている。プチプチとした食感のなめこと刻まれたシャキトロッとしたネギの風味がおいしい。
「つくし、うまいなあ」
「ほんと。やっぱり季節のものっていいね」
もう一口、つくしを食べてみる。
今度は卵を多めに。うん、俺はこれぐらいのバランスが好きだなあ。ご飯にのっけて食べると、少し冷めたつくしの風味がふうわりと程よく香る。
そういやばあちゃんもよく作ってくれるよなあ、この時期。
しゃき、じゃきとした食感と苦みを味わいながら思う。おいしいと思えるものが増えるって、幸せだなあ。
「ごちそうさまでした」
14
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる