267 / 893
日常
番外編 山下晃のつまみ食い①
しおりを挟む
バイト先の本屋はこの町に二か所ある。その本屋単体の店舗と、ショッピングセンター内にある店舗である。
基本、俺がバイトしてるのは前者なのだが、まあ、ヘルプに入ることもある。
『おはよう、山下君』
今朝、バイトに行こうと準備をしていたら店長から電話がかかってきた。
「おはようございます。どうしました?」
『向こうの店舗の手が足りないらしくて。悪いんだが、行ってくれるかい?』
「あー、いいですよ。分かりました」
おそらく体調不良とか急用とかいう理由で休みが重なったのだろう。よくあることだ。
『すまないね。いつも』
「いえ、大丈夫です!」
こんなことでいちいち怒っていては身が持たない。それに、俺も急に休むことが全くないわけではない。
あ、そうだ。昼飯はなんか弁当でも買おうかな。
「お品物、お預かりしまーす……あ、幸輔」
「よう」
レジにやってきたのは顔なじみだった。高校から何かとつるんでいて、大学も同じだ。
「今日はバイト休み?」
「ああ。晃は今日、こっちなんだな」
「ヘルプで入ってんの。あ、袋いる?」
「いや、いいかな」
スタンプカードにスタンプを押し、日付を入れて返す。
「じゃ、また」
「おう。ありがとうございました~」
平日ではあるが買い物客は多い。しかし本屋に立ち寄るのはそのうちの何人かで、立ち寄っても買い物をせず立ち去る人もいる。
たいていは食料品コーナーに用事があるんだろうしなあ。
「山下君、お昼行っといで」
「はーい。お先です」
昼飯はそれこそ食料品コーナーで買った中華弁当だ。からあげみたいなのを甘辛いたれであえたおかずと山盛りご飯。野菜はわずかなのでサラダも別に買うことにした。
「ふー」
休憩用の部屋までの通り――いわゆるバックヤードは薄暗く、いつどんな時でもひんやりとしている。休憩室は従業員共用なので結構広いが、日当たりも悪く蛍光灯の明かりはほの暗い。山積みの在庫、壊れた備品、なんともさみしい雰囲気だ。
パートのおばちゃんたちがうわさ話に花を咲かせるテーブルから離れた場所に座る。
「えーっと……」
マナーモードにしていたスマホを見る。スマホゲームからの通知の他、ニュースとかの通知があるばかりで誰かからの連絡とかはない。とりあえずゲームを開く。
自動で周回をしている間に飯を食う。
中華弁当は種類が結構あるけど、一番これがうまいんだよな。がっつりメニューだし、肉だし、何より甘辛い味で米が進む。
家での勉強が主で、遊びに行くことも少なく、バイト先と自宅の往復が主な外出。
刺激といえばゲームのイベントか、こっちのヘルプで入ったときに食う弁当かといったところだ。
「んん~……」
しばらくはバイトも立て込んでるし、レポートも仕上げなければならない。
「酒飲みてぇ……」
そんなつぶやきはおばちゃんたちの笑い声にかき消されたのだった。
あと一時間で午後五時。バイト終了の時間だ。
この時間は人が多いか少ないか結構差があるが、今日は少ないようだった。
「今日はありがとねー」
レジでこまごまと片づけをしていると、こっちの店舗のリーダーが声をかけて来た。ずいぶん長く勤めているようで、本のタイトルを聞いただけで在庫も配置も瞬時に分かるらしい。
「あーいえ。大丈夫ですよー」
「二人も急に来られないって言うからねえ、来てくれて助かったよー」
リーダーは児童書の方へ片付けに行った。あそこは日に何回も片付けに行かないと無秩序状態になる。
「で、なんでお前はついてきたんだ、咲良」
「えー暇じゃん」
「お前の都合なんざ知らん」
そんな会話をしながら、高校生二人が来た。一人は黒髪短髪で目つきが鋭く、もう一人はふわっとした茶髪でのほほんとしていた。
「でもさー、同じ店ならないんじゃねーの?」
「いや、向こうになくてこっちにあるってことはよくあることだ」
ああ、向こうの店舗に行ってなかった本を探しに来たわけね。確かに面積的にはこっちの方が広いし、在庫も多い。逆に向こうの店舗にしかないのもあるんだけど。
「あ、あった」
黒髪の少年は嬉しそうに笑った。その表情は年相応というか、幼い印象だ。しかし、すぐに取り繕うようにして表情を引き締めるとレジにやってきた。
「お願いします」
「はーい、お預かりします」
黒髪の少年が会計をしている間、もう一人の少年はポスターを眺めていた。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」
少年は律儀にお辞儀をして、一緒に来ていた少年に声をかけ連れ立って帰って行った。
こっちのヘルプに入ったときは、帰りにドーナツを買って帰る。今食う分と、家に持って帰って食う分である。
有名チェーン店のドーナツ屋が出入り口付近にある。自分で取って買う形式で結構楽しい。
期間限定のやつも気になるけど、やっぱいつも通りのチョコがけが食いたい。買うのはいつもチョコレート率が高いんだよなあ。それか生クリームたっぷりのやつか、砂糖がけのやつ。
「いただきまーす」
帰る前に腹ごしらえだ。従業員専用の駐輪場から見えるのは田んぼと、ちらほらとある住宅、そして山々。
これを見ながら食うドーナツはなんとなくうまい気がする。
頑張ったーって気分になるというか、この時間だけは何も考えてない。
「はー、うま」
飲み物も買えばよかったかな、と思うのもいつものことだ。
まあ、なんだかんだいって、いつも通りが繰り返されるっていいことだよな。忘れがちだけど、そういう今に感謝しないとなあ。
さあ、帰ろう。いつも通り。
「ごちそうさま」
基本、俺がバイトしてるのは前者なのだが、まあ、ヘルプに入ることもある。
『おはよう、山下君』
今朝、バイトに行こうと準備をしていたら店長から電話がかかってきた。
「おはようございます。どうしました?」
『向こうの店舗の手が足りないらしくて。悪いんだが、行ってくれるかい?』
「あー、いいですよ。分かりました」
おそらく体調不良とか急用とかいう理由で休みが重なったのだろう。よくあることだ。
『すまないね。いつも』
「いえ、大丈夫です!」
こんなことでいちいち怒っていては身が持たない。それに、俺も急に休むことが全くないわけではない。
あ、そうだ。昼飯はなんか弁当でも買おうかな。
「お品物、お預かりしまーす……あ、幸輔」
「よう」
レジにやってきたのは顔なじみだった。高校から何かとつるんでいて、大学も同じだ。
「今日はバイト休み?」
「ああ。晃は今日、こっちなんだな」
「ヘルプで入ってんの。あ、袋いる?」
「いや、いいかな」
スタンプカードにスタンプを押し、日付を入れて返す。
「じゃ、また」
「おう。ありがとうございました~」
平日ではあるが買い物客は多い。しかし本屋に立ち寄るのはそのうちの何人かで、立ち寄っても買い物をせず立ち去る人もいる。
たいていは食料品コーナーに用事があるんだろうしなあ。
「山下君、お昼行っといで」
「はーい。お先です」
昼飯はそれこそ食料品コーナーで買った中華弁当だ。からあげみたいなのを甘辛いたれであえたおかずと山盛りご飯。野菜はわずかなのでサラダも別に買うことにした。
「ふー」
休憩用の部屋までの通り――いわゆるバックヤードは薄暗く、いつどんな時でもひんやりとしている。休憩室は従業員共用なので結構広いが、日当たりも悪く蛍光灯の明かりはほの暗い。山積みの在庫、壊れた備品、なんともさみしい雰囲気だ。
パートのおばちゃんたちがうわさ話に花を咲かせるテーブルから離れた場所に座る。
「えーっと……」
マナーモードにしていたスマホを見る。スマホゲームからの通知の他、ニュースとかの通知があるばかりで誰かからの連絡とかはない。とりあえずゲームを開く。
自動で周回をしている間に飯を食う。
中華弁当は種類が結構あるけど、一番これがうまいんだよな。がっつりメニューだし、肉だし、何より甘辛い味で米が進む。
家での勉強が主で、遊びに行くことも少なく、バイト先と自宅の往復が主な外出。
刺激といえばゲームのイベントか、こっちのヘルプで入ったときに食う弁当かといったところだ。
「んん~……」
しばらくはバイトも立て込んでるし、レポートも仕上げなければならない。
「酒飲みてぇ……」
そんなつぶやきはおばちゃんたちの笑い声にかき消されたのだった。
あと一時間で午後五時。バイト終了の時間だ。
この時間は人が多いか少ないか結構差があるが、今日は少ないようだった。
「今日はありがとねー」
レジでこまごまと片づけをしていると、こっちの店舗のリーダーが声をかけて来た。ずいぶん長く勤めているようで、本のタイトルを聞いただけで在庫も配置も瞬時に分かるらしい。
「あーいえ。大丈夫ですよー」
「二人も急に来られないって言うからねえ、来てくれて助かったよー」
リーダーは児童書の方へ片付けに行った。あそこは日に何回も片付けに行かないと無秩序状態になる。
「で、なんでお前はついてきたんだ、咲良」
「えー暇じゃん」
「お前の都合なんざ知らん」
そんな会話をしながら、高校生二人が来た。一人は黒髪短髪で目つきが鋭く、もう一人はふわっとした茶髪でのほほんとしていた。
「でもさー、同じ店ならないんじゃねーの?」
「いや、向こうになくてこっちにあるってことはよくあることだ」
ああ、向こうの店舗に行ってなかった本を探しに来たわけね。確かに面積的にはこっちの方が広いし、在庫も多い。逆に向こうの店舗にしかないのもあるんだけど。
「あ、あった」
黒髪の少年は嬉しそうに笑った。その表情は年相応というか、幼い印象だ。しかし、すぐに取り繕うようにして表情を引き締めるとレジにやってきた。
「お願いします」
「はーい、お預かりします」
黒髪の少年が会計をしている間、もう一人の少年はポスターを眺めていた。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」
少年は律儀にお辞儀をして、一緒に来ていた少年に声をかけ連れ立って帰って行った。
こっちのヘルプに入ったときは、帰りにドーナツを買って帰る。今食う分と、家に持って帰って食う分である。
有名チェーン店のドーナツ屋が出入り口付近にある。自分で取って買う形式で結構楽しい。
期間限定のやつも気になるけど、やっぱいつも通りのチョコがけが食いたい。買うのはいつもチョコレート率が高いんだよなあ。それか生クリームたっぷりのやつか、砂糖がけのやつ。
「いただきまーす」
帰る前に腹ごしらえだ。従業員専用の駐輪場から見えるのは田んぼと、ちらほらとある住宅、そして山々。
これを見ながら食うドーナツはなんとなくうまい気がする。
頑張ったーって気分になるというか、この時間だけは何も考えてない。
「はー、うま」
飲み物も買えばよかったかな、と思うのもいつものことだ。
まあ、なんだかんだいって、いつも通りが繰り返されるっていいことだよな。忘れがちだけど、そういう今に感謝しないとなあ。
さあ、帰ろう。いつも通り。
「ごちそうさま」
13
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる