一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二十六話 ごほうびアイス

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 文化祭の準備も本格化してきた。今日は午後から授業がなく、委員会や部活ごとに分かれて準備を進める。特に所属してないやつらは、大掃除に駆り出されるらしい。

「一条君、井上君、朝比奈君、ちょっといいか」

 図書館内を掃除していたら漆原先生に呼ばれた。

 今年は館内も開放するらしいので、飾りつけなんかが忙しいのだ。漆原先生は何やら資料を見ながら言った。

「これから買い出しに行かなきゃいけないんだが、ついてきてくれないか」

「いいっすよ~、喜んで!」

 咲良はそわそわと掃除道具を片付ける。

「何買うんですか?」

「飾りつけとかだな。それと、ポンプ」

「ポンプ?」

 聞き返せば、先生はジェスチャーをしながら言った。

「風船に空気入れるやつだよ」

「ああー」

 ということは、これから風船の準備もしないといけないというわけだ。

 骨が折れそうだ。



 制服のまま授業時間中に先生の車で買い出しに行く、というのはなんだか非日常的で面白い。

 たどり着いた先は百円ショップだ。

「なんだ、百円じゃない商品もあるんだ」

「今はいろいろあるもんなあ」

「あ、見てよこれ。似合う?」

 と、咲良が首からかけているのはハイビスカスの首飾りだ。

「似合うなお前」

「着ぐるみに合うかな~」

 ハイビスカスを身に着けたウサギか。

 なかなか斬新でいいんじゃないか。

「じゃあ、春都は黄色で、朝比奈はピンクな」

「俺たちも着けるのか」

「百円ショップって、いろいろ売ってんだな……初めて来た」

 興味深そうに店内を眺める朝比奈である。

「ほれ、お前たち。買い出し頼むぞ」

 先生に渡されたメモ通り、飾りや必要な備品をそろえていく。思いのほかかさばるので、三人でも手が足りないと思うぐらいだ。

 学校に帰りついたら早速、風船の準備である。

「当日までに、できるだけ作ろう」

「はーい」

 ポンプで風船に空気を入れるのは、なかなかの重労働である。腕が筋肉痛になりそうだ。

「ねえ、なんでこんな風船あんの?」

「知らない」

「ねー、これめっちゃ疲れるんだけど~」

 他の学年のやつらが口々に言っているのを聞いて、咲良がほくそ笑む。

「その理由を知っているのは俺らだけ」

「なんとなく優越感あるな」

 と、朝比奈も手際よく風船を膨らませながらいうものだから、つい、笑ってしまう。なんとなくいたたまれない気分だったが、どうでもよくなってしまった。

「なあ、三人で競争しようぜ。誰が一番早く風船を膨らませられるか」

 ワクワクした様子で咲良が言う。

「えー、それ疲れるやつ」

「やだ」

 朝比奈と揃って拒否するが、咲良はあきらめた様子でもなく「まーまー、いいじゃないの」と勝手に話を進める。

「みんな同じ数、手元に残ってんじゃん。競争するにはうってつけだろ」

「口より手を動かせ」

「薄情な」

 あれこれ言い合いをしながらやっていると、詰め所で黙々と作業をしていた先生が出てきた。

「よーし、お前ら。そろそろ時間もあれだし、区切りのいいところで帰ってくれていいぞー」

 時計を見ればもうすでに下校時間になっている。確か今日はこのまま下校してよかったんだった。「案外夢中になるもんだねー」と口々に皆話しているところに、先生は言った。

「それと、帰りがけに食堂に寄るといい。いいものを用意しているぞ~」

 含みのあるその言葉に、図書館がざわつく。

 三人、目配せをし、手元にある風船を見て、誰も何も言っていないのに、競うようにして風船を膨らませたのだった。



 結局、最後の方に帰ることになってしまったが、先生の言葉がなければもうちょっと遅くなっていたかもしれない。

「お、来たな。着ぐるみ三人衆」

「石上先生」

 食堂には発泡スチロールの箱を持った石上先生がいた。

「なんか漆原先生が食堂に行ってみろって言ってたんすけど、なんか知ってます?」

「これだよ、これ」

 先生は箱のふたを開け、中身を見せた。そこにあるのは、そこそこお高いカップアイスであった。

「頑張ったご褒美だと。買い出しに行ったときに買ってたみたいだぞ」

「え、いつの間に」

 気づかなかった。

 味はいろいろあったらしいが、最後なのでバニラしか残っていない。いやいや、十分だろう、これは。

「ここで食って帰れよ」

「はーい」

 木製の平たいスプーンをもらい、席に着く。

「いただきます」

 ふたを開け、ビニールをはがす。おお、バニラビーンズが見える。高いアイスならではの見た目だな。

 ほんのり溶けかかっているので食べやすそうだ。

 くちどけはなめらかで、濃いミルクの風味とバニラの香りが高級感を醸し出す。じめっとした気候なので、この冷たさと甘さがなんともありがたい。

 すっかり溶けてしまったところはシェイクみたいでもある。

 まだしっかりかたまっているところは、少し噛んで、舌の上でじんわりと溶かし、味わう。口の中がだんだん冷たくなっていくので溶けづらくなっている気がする。それはそれで、鋭い冷たさが味わえていいのだ。

「静かだな、お前ら」

 石上先生の笑いを含んだ声にハッとする。

 ちょっと高級なアイスを目の前にすると、つい、黙って食べてしまうのは何だろう。それに、学校で先生がおごってくれるアイスって、なんか特別な感じがするのだ。

 しっかり味わうとしよう。

 しかし……アイスとは、儚い食べものだなあ。



「ごちそうさまでした」

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