一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二十九話 回転寿司

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「いやー、終わったなあ」

 図書館の片付けをしながら、漆原先生がしみじみと言う。

 西日がうっすらと差し込む図書館の中はひっそりとしていて、行事後独特の空気で満たされている。遠く離れた喧騒の熱、その余韻が残り、ゆっくりと夕焼けに溶け込むように引いていく感じ。

「あ、風船。少ししぼんでる」

 パンパンに膨らませたはずの風船がなんかしわっとしている。手に吸い付くような感じだ。

 自然と空気って抜けてくんだなあ。

「うおっ」

 突然の破裂音。音がした方を振り返れば、咲良が呆然と立ち尽くしていた。手には原形をとどめていない風船の残骸が二色あった。

「割れた」

「テープで張り付けていたからだろうな」

「面倒だからって、二ついっぺんに取るから……」

 呆れたように言いながら、朝比奈はそーっと風船を取る。

「ああ、そこまで片づけたらもう帰っていいぞ」

 漆原先生は割れた風船を咲良から受け取るとそう言った。

「疲れただろう。今日はゆっくり休め」

「でも、片付けずいぶんかかりそうですよ」

「石上を呼ぶさ。それでも手が足りんときは、また平日にでも片付けよう」

 事務室は事務室で忙しそうだったがなあ。

 まあ、確かに今日はくたびれた。お言葉に甘えて、帰らせてもらうとしよう。



 家に帰るとなんだか賑やかだった。

「あれ、来てたの」

 居間には父さんと母さん、じいちゃんとばあちゃんがいた。

「おかえりー」

「ただいま。どしたの、みんな揃って」

「今からご飯食べに行こうと思ってね。ほら、準備して」

 と、母さんは急かすように俺を部屋に押しやった。帰宅早々、慌ただしいことだ。

 なんでも、文化祭を頑張ったから、お疲れ様会ということらしい。

「どこ行くの?」

「回転寿司。最近行ってないでしょう?」

 おお、それなら、緩い格好していこうかな。

 たらふく食べてやるぜ。



 ちょうど混む前だったみたいで、すんなりとテーブル席に通された。レール前に座れたのでラッキーだ。

「さー、何食べようか」

 回っている寿司も魅力的だが、タッチパネルで頼まないとないような品も気になるところである。やっぱり炙りとか、揚げ物とか、食べたいよなあ。

「イカげそのからあげとか頼んでいい?」

「どんどん頼みなさい」

 そう頼もしく言ってくれるのはばあちゃんだ。今日のスポンサーらしい。

 じいちゃんと父さんに頼まれて、とりあえずビールを注文する。それと一緒にげそのからあげと……フライドポテトも頼んじゃえ。

 あとは、サーモンの炙りとつぶ貝、生えびにしよう。

「お待たせしました。ビールと、イカげそのからあげ、フライドポテトです」

 こういうサイドメニューは直接持って来てくれるのだ。

「それじゃ、お疲れ様」

 乾杯の音頭は母さんがとる。

「いただきます」

 イカげそのからあげにはレモンをかけて食べる。濃い味付けの衣は揚げたてのサクサクカリカリで、爽やかなレモンの風味がよく合う。イカはこりっこりの歯ごたえ。淡白だがうま味がじゅわりと染み出してくる。

 ポテトも揚げたてだ。塩がほんのり甘い気がする。さくさくのほくほくでうまい。ケチャップをつけるものいいなあ。こういうとこのケチャップって、妙に甘い。

 頼んだ寿司が来るまでは回っている寿司を取って食べる。どれにしようかなあ……っていうか、悩んでる間はない。回るスピードは緩やかだが、うかうかしているとあっという間に通り過ぎてしまう。

 よし、とりあえずタイ。醤油はとろりとしたもので、少し甘めなんだ。

 淡白な身はいい歯ごたえで、つんとしたワサビの辛さと、醤油の甘味がよく合う。

「春都。あれとって」

「これ?」

「うん、ありがとう」

 レールのすぐ近くの席は自由に注文もできるし寿司も取れるが、少々仕事量が多い。まあ、いい席に座ってるんだから、これくらいはな。イカの皿を取って父さんに渡す。

 次は……えび。これはボイルしてあるやつだな。プリプリで、ぎゅっと今見が凝縮しているようだ。

 マヨコーンやかっぱ巻きもいいものだ。プチプチはじけるコーンの甘味とまろやかなマヨネーズが、酢飯とのりによく合うのである。かっぱ巻きはみずみずしく、まぶされたゴマがいい風味だ。

 そして、回転寿司とは、粉っぽい緑茶がよく合うのである。

「お、きたよー」

 頼んでいた寿司が来た。別のレールで、新幹線を模した乗り物に乗ってやってくる。皿を取って、座席に備え付けられているボタンを押したら、颯爽と帰って行った。

 サーモンの炙り、つぶ貝、生えび!

 炙りはほんのりとまだ温かい。添えてあるレモンの切れ端がうれしいなあ。醤油につけて、一口。ネタがめっちゃはみ出すな。

 とろける食感、かと思いきやちゃんとした歯ごたえもあって、醤油に負けないサーモンそのものの甘味と風味がおいしい。レモンが合わさると実に爽やかだ。脂がのってるから、レモンがいい働きをするのである。

 つぶ貝はとにかく食感がいい。噛めばジュワッとうま味を含んだ汁、いや、出汁というべきか、とにかく水分があふれ出してきていい。

 生えびはずっしりしているなあ。

 ボイルしたものとは違い、どこかとろりとした口当たりだ。もちろん、プリプリの食感もちゃんとある。凝縮されているというよりも、ぶわっと広がるうま味と香りがいいんだ。尻尾のところもちゃんと食べる。

 そうそう。みそ汁も食べたかったんだ。頼もう。

 みそ汁の具はアサリだ。貝のうま味がギュッとつまったみそ汁はほっとする。貝自体も噛めばじわじわとおいしさが染み出してきていい。

「春都、他には何も頼まないのか」

 ひとしきり寿司を平らげたところでじいちゃんが聞く。

「うーん……甘いの、頼んでいい?」

「頼め頼め。金なら出す」

 うわ、一度言ってみたいセリフだな、それ。

 えーっと、それじゃあ……チョコケーキにしよう。冷凍らしく、芯の方がまだちょっとかたい。しかしそこもシャリシャリとした食感でうまいものだ。

 溶けているところもひんやりとしていて、クリームの甘味とチョコレートのコクがいい塩梅だ。スポンジの主張が少ないのがいい。

「あー食った」

「よく食べたねえ」

 向かいに座る父さんが感心したように言う。

「おいしかった?」

 母さんに聞かれ、当然、首を縦に振る。

 満足というほかないだろう、これは。

 あー、頑張っといてよかった。



「ごちそうさまでした」

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