一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
346 / 893
日常

第三百三十三話 カレーうどん

しおりを挟む
 いつもより遅く目覚めた朝。朝飯はカレーを温めればいいし、急ぎでやらなきゃいけないこともないし、別にいいやとごろごろしていたらこんな時間になってしまった。

「ふぁ~あ……ねむ」

「わうっ」

「おー、おはよう。うめず」

 珍しくうめずは洗面所までついて来た。身支度を整える間、足元をうろついたりしゃがんでみたりしている。顔を洗っているときにじゃれついてきたのはちょっとヒヤッとした。前のめりに倒れそうになった。

「あ、らっきょうがない」

 カレーを温めながら冷蔵庫を確認する。いや、正確にいえばあるのだが、瓶から出さなきゃいけないんだよなあ。ちょっと手間だ。

「いいや、なくても」

 十分うまいし。

 ご飯をよそって、カレーをかけて……おや、微妙に余ったな。昼まで食えそうだ。冷やしてまた冷蔵庫に入れとこう。

「いただきます」

 二日目のカレーは味が凝縮されたように感じる。湿気の多い今の時季には特に気を付けなきゃいけないけど、うまいんだよなあ。

 醤油をかけてよりコク深く。

「今日は何すっかなあ……」

 とりあえず、うめずの散歩がてら買い物にでも行くか。

 しばらく騒がしい毎日だったし、一人での時間のつぶし方を思い出さないとなあ。

「ごちそうさまでした」



 晴れてはいるが、ひと雨きそうな雰囲気だ。早々に帰った方がいいかなあ、これは。

 でもこういう空って嫌いじゃないんだ。ちょっとそわそわする。光と影のコントラストがくっきりとした空は、これから何か始まりそうな気配をたたえている。

 まあ、何か特別なことがあるわけでもないんだけど。

 夜更けにぱらっと降ったらしい雨が染みこむアスファルト。まだよく乾いていないらしく、ふわふわと雨の匂いがしてくる。うめずは天気なんか関係ないというように、楽し気に歩みを進めていた。

「あー、なんか今日眠いな……」

 ずっとまぶたが重いというか、体が重い。疲れてんのかなあ。

 うめずが少し歩調を緩め、こちらを振り返りながら進む。

「前見て歩かないと危ないぞ」

「わうぅ」

 器用に歩くもんだ。尻尾が少し足に当たってくすぐったい。ほのかなぬくもりを感じるうめずの毛並みは、雲間から差し込む太陽の光を受けてきらきらしていた。

 本格的な梅雨は目の前、って感じだな。

 うめずにはスーパーの外で待っていてもらおう。こういう時はちゃんと大人しくしてくれるのでありがたい。

 さて、とりあえず調味料類を買っておこう。今日は安いんだ。

 マヨネーズにケチャップ、ポン酢、酢、ドレッシング。すぐなくなるんだ、こういうのは。よく使うから当然か。

 魚とかもうまそうだ。お、鮭きれい。買っておくとしよう。サバもいいなあ。冷凍だし、買っておくか。雨が降ると買い物に出るのが億劫なんだ。

 あ、漬物も買っておこう。

 冷蔵庫にちょっとあると朝飯の時とかに便利なんだよ。たくあんとか。漬物といっていいのかは分からんが、紅しょうがもいい。マヨネーズで和えるのもよし、そのまま食うのも良しである。

 そういえば、朝でご飯食べきってしまってたんだよな。

 帰って炊くのもなあ。パンでも買って帰ろうかな。カレーにも合うだろうし。食パンか、フランスパンでいいか。

「ありゃ、ない」

 いつも買っているパンが売り切れている。あとはちょっとお高めのパンか、菓子パンしかない。うーん、どうしたもんかなあ。

 カレーに合う炭水化物か。

「そうだ」

 あれがあるじゃないか。うどんだ。

 カレーうどんにしよう、そうしよう。



 さて、うどんにするならカレールーにちょっと手を加えないとな。

 ひんやり冷えたルーを加熱しながら、白だしを薄めたものを注ぎ入れる。よくなじませたら、ほら、いい香りがしてきた。

 スパイシーなカレーらしさはそのままに、出汁の奥深さも加わって、ややマイルドになった香りだ。これはたまんないな。それに、こうやって出汁を入れれば、余すことなくカレーを堪能できるし、洗い物もちょっと楽になる。洗う時、鍋に張り付いたカレーを落とすの、結構大変なんだ。

 うどんは茹でる。二玉も買ってきてしまった。腹減ってたんだ。

 茹でたら丼に入れて、上からカレーをかける。そんでねぎを散らして……おお、いいじゃないか。なんかちょっとワクワクしてきたぞ。

「あ、そうだ」

 紅しょうがも出すか、せっかくだし。

 おうおう、すげー豪華な食卓じゃないか。

「いただきます」

 麺をほぐして、カレーとなじませる。

 跳ねないように気を付けながら、すする。ん、これこれ、この味。モチモチの麺にスパイスの効いた、野菜と肉のうま味が染み出したカレー。うまいなあ。

 出汁が濃すぎず、かといって薄すぎず、辛味とよく合っているのだ。

 少しさらっとしたルーもいいものである。これをご飯にかけてもいいだろうな。今度やってみよう。

 そうだ、忘れてた。紅しょうがもあったんだな。

 こってりとしたうま味の合間に、紅しょうがのさわやかさがちょうどいい。カレーうどんと合わせるのはどうかな。

 お、これはいい。らっきょうよりも辛くなくて、爽やかさが格段にアップする。食感の違いもいい。うまいな、これ。カレーには紅しょうがも合うのか。新発見だ。

 ほぼ溶け切った具材もいい。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。鶏肉は原型をとどめてはいるが、ほろっほろのとろっとろである。

「ん?」

 一生懸命食べていたら、足元にうめずがやってきて、丸まった。眠っているわけではないらしいが、ずいぶんくつろいでいるな。

 うん、そうだな。

 何もせずのんびりするのもいいものである。散歩もしたし、あとは……昼寝でもしようかな。今日は回復に努めるとしよう。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...